「・・・おかしいとか、おもわねぇのか?」

ソファーに押し倒された格好で、少年はのしかかる男に問いかけた。

「・・・おかしいと、おもうね」

少年の口元をぺロリと舐めながら、男は肯定した。

「なら、やめろよ」

その感触に顔を顰めてから、少年は憮然として言い放つ。

「いやだね」


――――だって、ずっと食べたかったんだ。


男から返ってきたのは、そんな子供じみた答え。
エドは拳を握り締めたが、いつものようにそれを振り上げることなく、握り締めるだけに留めている。
それを眼の端に捕らえて、男は少年に見つからぬようこっそりと笑う。

「君が責任とると言ったんだろう?」
「それは・・・っ!」

少年が反論しようとした時、男はもう一度肉食獣が獲物の味見をするように、ペロリその口元を舐めた。
ふるりと震え、目をぎゅ・・・と瞑る少年に、男は再び唇を近づけ。


「男に二言はよくないね。・・・覚悟を決めたまえ」


耳元に、そう囁いた――――




・ なめんなよ!! ・ 




「よお、エド!いいところに来たな」

司令部を訪れたエドは、ロイの執務室に行く前に側近たちに呼びとめられた。
手招きされて側近達の集う部屋に入室すると丁度休憩時間だったようで、中ではいつもの男メンバーがくつろぎ中。
すすめられるままにイスに座ると、目の前にシフォンケーキと紅茶が置かれた。

「丁度一つあまったんだ。食えよ」
「ラッキー!オレ、腹へって・・・・・」

ウキウキとフォークを持ったエドだったが、ハッとしたように手を止めた。
そのまま動かないエドに、ハボックが訝しげに問いかける。

「どうしたんだ、エド?」
「・・・大佐は食べたのか?これ、大佐のじゃないのか?」
「ん?ああ・・・確かに大佐は食べてないけど」
「ひっ・・・オレ、いらない!!」

まるで恐ろしい物を見るように、ケーキを見ながらフォークを投げだしたエドに、面々は皆首を傾げた。

「どうしたんだよ、エド。大佐に遠慮してくわねぇなんて、お前らしくもねぇ・・・」
「大佐は甘い物嫌いだから、気にする事ないですよ?」
「だ、だって!これ・・・この前来た時大佐の机の上にあったのと同じだ!これ、大佐んちのばあやさんの手作りケーキなんだろ!?」

そう叫ぶエドにますます首を傾げる。

「・・・ばあや?」
「大佐が甘い物嫌いだってのは、オレだって知ってる!でもこれは・・・病床で自分の死期を悟った大佐のばあやさんが、最後に力を振り絞って子供の頃大佐が大好物だったこのケーキを作って送ってくれたんだろ!?」

でも、この前のは食べきっちゃった筈・・・ばあやさん、もちなおしてまた作ってくれたのか!?
そう顔を顰めるエドに、ハボックはあっけにとられながら聞いた。

「・・・なんの話だ?」
「え・・・・?」

思わぬ反応に、エドはきょとんとハボックを見上げた。

「大佐んちにばあやなんていたか?」
「今は一人暮しですが・・・ご実家にいるんでしょうか?」
「でも、今までそんな話聞いた事ないですね」

額を寄せ合って男達はそう次々に口にして。
最後にブレダが話を締めくくった。


「もし本当に大佐に乳母がいたとしても・・・これはその人が作ったもんじゃねぇぞ?」


その言葉を聞いていたエドは、呆然とした声でブレダに問いかけた。

「・・・・・じゃ、誰が・・・・・」
「俺だ」
「は!?」
「この頃菓子作りにはまってなー。うまくできたから司令部にも持ってきたんだよ」

そう言うブレダにしばしエドは固まって。
次に俯いて・・・・・・声を搾り出すようにして聞いた。

「・・・・・一月前にも、このケーキ作ったか?」
「ん?一月前かぁ・・・あ、そういや作ったな、丁度お前が司令部にきた時に!あん時は皆に配っちまってからお前がきたから、お前には食わせてやれなかった筈なのに・・・なんで知ってんだ?」
「大佐にも、配ったか?」
「ああ、そういやあの時は一応大佐にも持っていったんだった」

甘い物嫌いな筈なのに、後で『とてもうまかった』とか言われたっけ。
これ、気に入ったのかな?なら、今回も持っていったほうが良かったか?
――――そう首を傾げるブレダだったが・・・目の前のエドが小刻みに震えているのに気がついた。

「エド?」
「ばあやの形見って・・・」
「え?」
「勝手に食べたのオレだから、責任とれって・・・歯向かう訳にもいかなくて」
「あ?」
「クリームがついてるって・・・そのクリームの味だけでもっていうから、我慢して・・・・・・・・・・・・・・舐め・・・」
「は?」

益々首を傾げていると、目の前の子供は・・・・・・とうとう、吼えた。



「あの、クソ大佐〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」



そのまま部屋を飛び出していったエドを、男達は呆然と見つめる。

「・・・なにが、どうなったんだ?」
「よくわからんが、前回大佐にからかわれたようだな」
「そのようですねぇ・・・・・」
「大佐、大人気ないです・・・」

そろってため息をつく、面々だった――――



******



駆けこんだ先は、もちろん執務室。


「ナメんなよ、このクソ大佐〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「・・・・・・・・・今日はまだ舐めていないが?」


そうだな・・・しばらくぶりに、また舐めたいな。
――――ロイはそう言って、ニヤリと笑った。




その後、執務室からはエドの罵声と、ロイの楽しげな笑い声と。
そして―――――物が壊れるような音が、しばらく響いていたらしい。




えっと・・・エドがロイにだまくらかされて、なめられちゃったお話でした(笑)
恋人以前の二人で。
ちなみにケーキはプレーンなシフォンケーキ。生クリームが添えてありますv


MEMO帳へ