「うわっ!?」


何の前触れもなく、滑った。
大げさではなく、体が宙に浮くのを感じる・・・
次に来る衝撃に備え、エドは目を瞑った―――――




・ 痣 ・ 




昼はいい天気だったため、前日に積もった雪がどんどん溶けて水になった。
しかし、夕刻に急激に冷えてきて・・・溶けた水は今度は氷となる。
ゆえに今の道路は積雪より怖い、カチンコチンに凍ったアイスバーンになった。
それはわかってはいたのだが・・・昼間溶けきって蒸発し乾いている部分もあるので、少々油断をしてしまったのだ。

『ああ、ついてねぇ・・・・・』

いてぇだろうなぁ・・・。
そう顔を顰めたエドだったが―――体に伝わった衝撃は硬くもなく、痛みもない。
代わりに、後頭部と背中を柔らかくて温かいものが支えている。
目を開けると―――そこには、見なれた・・・エセくさい笑顔。


「君は何をやるにも大胆だねぇ?」


今の転びっぷりはそれはもう、みごとだったよ?
―――ニヤニヤと笑いながらそんな嫌味を言うロイに、エドはムッと顔を顰めて、支えた手を振り払うようにして立ちあがった。

「なんでこんなとこいるんだよ!」
「市内の視察だよ」
「はぁ?この夕暮れにわざわざ!?・・・・・単に、サボリに出た帰り道なんだろ」
「恩人に対して、随分な言い草じゃないか?」
「助けてくれなんて言ってねぇ!」
「相変わらず素直じゃないねぇ・・・」

やれやれ・・・と首を横に振ってから、ロイは『でも』と付け足した。

「でもまぁ、君に頼まれなくても絶対助けるけれどね?」
「・・・・・なんだよ『正義感が強いから』とか、いうんじゃねぇだろうな?」

胡散臭そうに眉を寄せてみせると、あっさりと否定された。

「違うよ。そうじゃなくて―――君が痣を作りそうなのに、私が只見ているなんて出来る訳ないだろう?」
「大佐・・・・・」

真剣に見つめてくるその瞳に・・・エドは肩の力を抜いて、見つめ返した。

からかわれたり、嫌味を言われたり。
そのたび反発して暴言を吐いたりはしているが、二人は―――――実は『恋人』だ。

彼のからかいの中に愛しさが混ざっていることも
彼の嫌味の中にオレを心配する気持ちが混ざっているのも気付いてる。
――――それでも、それに素直に答える事ができないでいる。


『どうせガキだよ・・・・・ちくしょう!』


愛しさが垣間見える視線に、エドは内心で悪態をつきながら、赤らんだ顔を逸らした。
どうやったって今の自分には好意を100%表して、可愛く甘えるなんて芸当、出来そうもない。
それでも、やっぱり礼くらいは言うべきか・・・そう思った時、ロイがエドの両肩にそっと手を添えた。

「君が氷なんかのせいで、痣を作るのは耐えられないよ」
「・・・・・大佐」
「そうだろう!?氷ごときが君の肌に痣などつけていい筈がない!!」
「・・・・・・・・・・・・は?」

途中まで感動していたエドだったが・・・どうにもロイの科白がおかしい気がする。
聞き返そうと顔を上げると、目の前まで迫った黒い瞳がにっこりと笑った。


「君の肌に痣をつけていいのは、私だけだよ」


しかも、君の白い肌に似合うのは醜い赤紫の痣などではなく、バラの花びらのような『赤い痣』に決まってる!
―――ロイは力を込めてそう言うと、またにこりと笑った。



「久々に帰ってきたんだし、早速今夜辺りつけたいんだが、どうだろう?」



そう言って色気の混じった視線を寄越すロイに、エドはあっけにとられたようにポカンとし―――
次に、真っ赤になってふるふると震え出した。

そして――――エドは当然のごとく、拳を振り上げた。



******



夜、ロイの自宅にて―――
ロイは、折角久しぶりの逢瀬なのに本ばかり読みふけって、こちらを見ようともしない恋人に声をかけた。

「なぁ、鋼の・・・」
「・・・なんだよ?」
「君に似合うのは赤紫の痣ではなく、花びらのように赤い痣だといったがね・・・」
「ああ」
「私に似合うのも、花びらの痣だとは思わんかね?」

そう言ってみると、エドはパタンと本を閉じてこちらを振向いてにっこりと笑った。



「おもわねぇv」



にっこり笑っているのに、目が怖い・・・・・。
『それ、アンタにすっげー似合ってるから』
そう冷たく言ってロイの顔を指差して、再び本の虫となるエドに―――
ロイはヒリヒリする頬を手で撫でながら、ため息をついた。


『それでも君には花びらの痣が似合うから・・・』


やっぱり、つけてやらないとな。
懲りない男は、挽回のチャンスを虎視眈々と狙いながら、本を読む恋人の横顔を見つめるのだった――――






車を運転中、前方を歩いていた歩行者が転びそうになって肝を冷やしました・・・;
この時期、車を運転するのも歩くのも、恐ろしいです〜(涙)
怖い思いをしたのに、こんな話に変換してる私って・・・やっぱり腐れてます(苦笑)


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