「鋼の、これを―――――」
差し出された資料を見て、エドは目を見開いた。
これは前に閲覧を願い出て、断られた資料。
それを、当の断った本人が寄越すとは・・・・・
どう言う事なのか?そんな意味を込めた視線を彼に送る。
「見たかったんだろう?」
いつもの台詞。
彼は、いつもこんな簡単な台詞と共に、重要な物をポンと渡して寄越す。
「そりゃそうだけど・・・・・でも、前にアンタが『ダメ』だって言ったんじゃないか」
「日が経てば情報の価値も変わる。もう君に見せても良くなったと言う事だ」
「あ・・・・・・・そっか」
軍内でも、表に出せる時期があるって事か。
そう納得しつつ、差し出されたものを腕に収めた。
たとえ軍にとっては古い資料になったといえど、まだオレの役には十分にたつ。
思いがけず目当てのものが手に入って、エドは嬉しくなった。
だが・・・・・同時に、胃が痛くなるような気分にも。
何故なら、例のあの言葉を言わなくてはならなくなったからだ。
前回は、なぜか言えなかった言葉。
今回は、ちゃんと言えるだろうか?
エドはひとつ息を吸い込み、口を開いた。
「ありがとう」
ああ、ここまではすんなり言えた。
「大佐、だい」
あ、今日は言えるかも。
月日が経ったせいか?
前回ほど喉につかえるような感覚が少ないことにホッとしつつ、
エドは残りの二文字を続けて声に出そうとする―――――――が。
いままで書類に目を落としたまま言葉を聞いていたロイが、ゆっくりと顔を上げる。
見つめられて少々焦るが・・・このまま続けなくてはと、エドも彼を見つめ口を開く。
すると、言葉を言う直前―――――――――――男はこちらを見つめて微笑んだ。
優しい目で、こちらを見守るように。
だが、男の容貌の為か・・・・・優しげなはずのその微笑にはどこか妖しい艶があって。
エドは急に自分の脈拍が一気に上がった気がして、息を詰まらせる。
顔を赤くして口篭もるエドに、ロイはクスリと笑いを漏らし、問い掛けた。
「どうした?―――まさか、今回も代価をまけろなどというつもりじゃないだろうね?」
「ち、ちがっ・・・・・・今、言うからっ!」
その言葉に焦りつつ、ドキドキとうるさい鼓動を静めるために一つ息を吸い。
そして、もう一度言葉を紡ぎ出す。
「ありがとう。大佐、だい」
そこまで言って、途端に喉に何かがつっかえる。
『なんで・・・・・っ』
この前まで、簡単に言えていたのに?
―――気持ちだけがどんどん焦る。
見ると、男はまだこちらをじっと見つめたまま、言葉を待っている――――――
『言わなくちゃ、でも言葉がでてこないっ』
そう思った時に、ここに来る前にハボックが言っていた言葉を思い出す。
確か、今日は・・・・・そう思った途端エドは思いついた言葉を吐き出した。
「だい・・・・・・・・・・きらいっ!!」
そう言い放った後ロイの方を見ると、彼は驚いたように目を丸くしている。
だが怒っている様子が無い事にホッとしつつ、エドは言葉を続けた。
「びっくりした?」
内心のドキドキを押し隠して、
「ほら・・・・・・今日はさ、エイプリルフールだろ?」
なるべくいつものような不遜な態度に見えるように、わざとニヤリと笑って見せる。
「嘘ついてもいいんだろ?―――だからさ、反対の言葉を言ったんだよ」
アンタの驚く顔見てみたくてさ?
思惑どおりのリアクションで嬉しいぜ。
そう言って舌を出して見せると、ロイはクスクスと笑い出した。
「なるほど、今日はしてやられたな。・・・・・行ってよし」
その言葉にホッとしつつ、エドは資料を持って退室しようとドアを開ける。
片足を廊下に踏み出したとき、後ろから声を掛けられた。
「なぁ、鋼の。『きらい』と言う言葉が『嘘』だということなら・・・・・」
「え?」
「本当は、君は私の事を『好き』だととって良いのかな?」
思わず振り向くと、いつもの人の悪い笑み。
「へっ!?」
「だって、今日は反対の言葉を言う日ではなくて、嘘をつく日だろう?」
その言葉に、エドはハッとする。
苦し紛れに、『嘘をついて良いんだから、反対の言葉を言ったらいい』と思ったけれど、
大佐の言う通り、別に反対の言葉を言う日じゃなくて『嘘をつく日』だから・・・・・
『きらい』って言ったら、『本当は好き』って言っちゃったようなもんなんじゃ?
――――どっと冷や汗が噴出した辺りに、意地悪な男の声が耳に届く。
「知らなかったなぁ、そんなに慕われていたとは」
懐かない、懐かないと、嘆いていたのだが・・・実はもう懐かれていたのか。嬉しいね。
ニヤニヤと笑いながらそう言う男に、エドの顔は今度こそ真っ赤に染まった。
「んなわけあるかっ!!・・・ちょっとエイプリルフールの意味を間違っただけだっ!」
エドはそう叫ぶように言い放つと、ドアも閉めずに駆け出して行ってしまった。
残された男は、クックッと心底可笑しそうにしばらく肩を震わせて笑う。
「少しづつ自覚を促さないとね」
立ち上って進み、開け放されたままのドアに手を伸ばす。
「今度君がこの部屋を訪れる日が、楽しみだな」
ロイのその呟きを最後に、ドアが閉じられた――――――バタンという重い音と共に。