・ 幸せな日 ・ 

 


『これでしばらくはもつかな・・・』

結界の印を結んだ後、カカシは心の中で呟く。
そして、力尽きたかのように、その場に倒れこんだ―――





全く、ドジったものだと思う。
いや、想定外の事が重なったのは確かだが、自分の焦りがこの事態を招く結果になったのも、否定できない。

『自分の誕生日までに帰りたいから焦って・・・って、子供かってーの』

自嘲的に笑う。
今日は、自分の誕生日。
いままでは気にも留めなかったその日を、今年に限って、カカシは指折り数えて待ちわびていた。
何故かと言うと、誕生日を一緒に祝ってくれる人が出来たからだ。

『あーあ、惜しい事しちゃった。今日こそキメるつもりだったんだけーどね』

おもわず、溜息。
今日の誕生日・・・付き合いだしたばかりの恋人が祝ってくれる筈だった。

『帰還が遅れてるから・・・イルカ先生、心配してるだろうなー』

今までただの顔見知りだった彼を、意識しだしたのはいつからだったろうか?
好ましい人物だとは思ってはいたが・・・同性。
しかも、彼は生真面目で朗らかで男らしい・・・色気などとは無縁の人と思っていたので、とても自分の恋愛対象になるとは思っていなかったのだが。

だが、人生何があるのか分からぬもので。

その後色々あって・・・いつの間にかお互い意識しあうようになり、ついひと月前に『恋人』という位置に落ち着いた。
その彼が、この任務に出る前に言ったのだ。
『カカシさん、9月15日が誕生日なんですね!是非お祝いさせてください!』と。
家に招いて、手料理でもてなしてくれると言う彼に、俺は色めきたった。

―――だって、彼の家に呼ばれたのだ。

実は・・・『恋人』として付き合おうとお互い了承して、その場でキスは奪ったものの、未だ体を重ねるまでには至っていない。
任務で俺が里をちょくちょく空ける所為もあるが・・・それ以上に『なかなかそっちの雰囲気にもっていけない』というところが大きい。
一応努力はしているのだが、彼は恋愛経験が少ないらしくそっち方面は奥手で・・・しかも、男は初めてのようでなかなかガードが固く、はぐらかされてキスから先に進めないでいた。
俺としても、彼は今までの体だけの恋人と違い、出来れば生涯を共にしたいとまで思っているので、無理強いもできず・・・今まで『あくまで紳士的』に振舞ってきたのだが。
でも、お互いいい歳をした大人同士。そろそろ次の段階に進んでもいいんじゃないかと思っていたところだったのだ。
仕掛けるタイミングを伺っていた時に、その申し出。・・・興奮するなって方が、無理だ。
『絶対伺います!!』と、約束した次の日にこの任務を言い渡され・・・でも、誕生日までには余裕で帰ってこれる仕事と思っていたので、何の心配もなく里を出た。
―――それなのに。

『ったく、諜報したの誰よ。情報間違いだらけじゃないの!』

先に潜入して調べた者の連絡が間違いだらけて、たちまち窮地に陥った。
それでも何とかしのいで任務を達成し、満身創痍ながら帰途に着いたのだが―――。
泣きっ面に蜂と言うか、なんというか・・・そんな時に限り、バッタリと別の敵に遭遇した。

何の面識もなく、別に因縁もない相手だが・・・悲しいかな、自分はそんな連中にも名が売れている。
焦らず遠回りでも別の安全なルートを行けば良かったなどと後悔しても、後の祭り。
始まってしまった戦闘に―――『討ち取って名を上げたいなんて、そんな理由で殺されて堪るものか』と、傷ついた体で必死に反撃。

だが・・・何とか勝ったが、チャクラが底をついてしまった。

とても里まで帰れない。
けれど、こんな所に『写輪眼のカカシ』が動けもせずねっころがってたら、また命が危うくなる。
そこで―――忍犬達を呼び出してこの洞穴まで何とか運んでもらい、里に知らせに走ってもらった。
洞穴の周りに木の葉の額宛をした者だけが通れる結界を張ったところで、完全にチャクラは切れた。
だが、とりあえず当面の身の安全は確保できたし、後は里から救援が来るのを待つだけなのだが・・・。

『どう考えても、間に合わないよねぇ』

忍犬の足を持ってしても、里に着くのは、早くて明日の朝。
それから救援がここに来るのに、一日。
俺を見つけて搬送に、また一日・・・到底、間に合わない。

『だって、俺の誕生日、今日だもんねぇ』

ああ・・・あの人が用意した、心づくしの祝いの膳を無駄にしてしまった。
もちろん、俺の食後の桃色計画も、泡と消えた・・・・・・。
そして、何より―――

『今日、あの人に会えないなんて・・・』

特別とも思わなかったこの日。
でも、あの人が祝ってくれると言ってから、特別な気がしてきて。
父と母が生をくれたこの日に、あの人と過ごせるのが、ものすごく特別だと思い始めた。
だから―――すごく、今日の日が楽しみだったのだ。

『ツイてないな・・・それとも、日ごろの行いの所為なの?』

確かに俺の人生は、反省・後悔ばかりだが・・・まさか、今日の日にあの人の顔さえ見れないなんて。
だが、今更何を言っても仕方ないし、正直何かを考えているだけでも辛い・・・ここは意識を閉じて、使うエネルギーを最小限にして、救援を待とう。
溜息をついて―――とうとう、倒れたままの姿で目を閉じた。


「・・・シさん、カカシさん!」


自分を呼ぶ声に、落ちそうな意識を浮上させる。

『救援?・・・今、目を閉じたばかりの気がしたけど』

いや、多分意識が落ちて・・・気付かぬうちに時間がたったのだ。
丸一日以上眠って、今救援隊が着いたのかと、ぼんやり意識を浮上させて目を開けて。
そして―――目を見開いた。

「イ、イルカ先生!?」

目の前で、心配そうな顔のイルカ先生が見下ろしている。
イルカ先生が救援隊?それとも・・・・・・。

「もしや・・・天国?」

神様が哀れんで、イルカ先生の姿の天使を寄越してくれたとか?
そう考えつつ聞くと、イルカ先生は目を見開き・・・その後、怒鳴った。

「馬鹿っ!!!」

その大音量に、動かない体を僅かに竦ませる。
この大声、間違いなく・・・。

「ホンモノのイルカ先生だぁね・・・」
「当たり前です!俺の顔を見誤るなんて、上忍失格ですよ!」

泣きそうな顔をしながらまたそう怒鳴って、傷の手当をしていくイルカ先生に・・・本当にイルカ先生が迎えにきてくれたんだと分かって、嬉しくなった。

「・・・そこは、上忍失格じゃなくて、恋人失格って言う所でしょーよ?」
「うるさい!怪我人は黙ってなさい!!」
「は〜い」

イルカ先生はてきぱきと応急処置をしてくれて、医療忍術で出来るだけ傷を塞いで、そして俺を背負って里に向かい歩き出した。
この世で一番愛しく安心できる温もりに体を預け、謝罪をする。

「心配掛けてすみませんでした」
「・・・本当ですよ」
「ごめんなさい・・・料理も無駄にさせちゃいましたね」
「料理?」
「え・・・誕生日に手料理、ご馳走してくれるっていいましたよね?もう誕生日過ぎちゃったから・・・俺、食べられなかったでしょ?」

え?違うの?
それとも、手料理って・・・朦朧とした中で見た、俺の妄想だった?
混乱していると、イルカは顔を曇らせて言った。

「まだ混乱されてるんですね・・・カカシさん、誕生日は過ぎてませんよ?今日が9月15日です」
「えっ・・・・・・・だって、助けに来たってことは、忍犬達の知らせが里に着いたってことでしょ?」

いくら俺の忍犬が優秀だからって、その日のうちに里に着く訳ないし、着いたとしても救援隊を案内してくるのにまた一日かかるのだ。
計算が合わないと首を捻ると、イルカは苦笑した。

「ああ、忍犬達には途中であったので、そのまま里に知らせに行くようお願いしました・・・俺は、忍犬達が到着する前に、単独で出てきたんです」
「ええっ!?」
「帰還の日になってもあなたが帰って来ないので心配していたんですが、誕生日をすごく楽しみにしてたから、それまでには帰ってくると思ってたんです。でも、前日になっても帰って来ないし、不安になっていたところに、あなたに渡された情報が間違っていたと聞いて・・・」

つまり、帰還が遅いのを里でも心配していて、その上事前に渡された情報が間違っていたのも気がついたのだという。
だが、任務完了の式は届いていたので、帰還が遅れてはいるが、もう少し待ってみるというのが里の判断だったらしい。

「でも、胸騒ぎがして・・・火影様に頼んで俺一人単独で出てきました」
「イルカ先生・・・」

胸騒ぎがしただなんて・・・まだ付き合いは浅いけれど、二人は繋がっているという感じがしてうれしい。

「それにしても・・・良くそんな事、通りましたね?三代目はアナタに甘いけど、任務となれば違うでしょう?」

忍一人が『胸騒ぎ』と進言したところで、すぐに捜索など出してはくれないだろう。
しかも、帰還が遅れているとはいえ、そう長い日数ではないし。
そう思って首を傾げると、イルカはなぜか不機嫌な顔で言った。

「俺一人が騒いだところで、行かせてはくれなかったでしょうけどね?俺の発言に同意してくれる人がいたので、火影様も『もしや』と思われたようですよ?」
「え?同意って・・・誰?っていうか、アナタよく俺の居場所が・・・」
「カカシ・・・いいかげん、気付かんか」

折角助けに来てやったのに、無視するんじゃない。
不機嫌な声が下の方から聞こえて、カカシは首を動かして・・・・・・冷汗を垂らし始めた。

「あ、あれ・・・?パックン、いたの?偶然だね〜」
「・・・偶然パックンがこんな所にいる訳がないでしょう?俺が頼んで、カカシさんのところまで案内してもらったんです」
「そ、そうですか・・・」
「ちなみに、俺の胸騒ぎに彼が同意してくれたので、火影様も俺が先行して単独で出ることを許してくれたんです。・・・ところで」

パックン、何で俺に張り付いてたんですか?

問いかける口調だが、その理由を悟っているだろう事が分かる冷えた口調に、冷や汗が湧く。
実は―――恋人になってみたら、自分が任務の時に彼を一人にするのが心配になってしまい、パックンに陰ながら護衛するよう頼んでおいたのだ。

「ええっと・・・」

嫌な汗を掻きながら口ごもって、結局黙り込んでしまった俺に、イルカ先生はチロリと冷たい視線を寄越してから、諦めたように溜息を吐いた。

「俺・・・そんなに信用ないですか?浮気性ではないつもりですけど?」
「いえっ、そんな!アナタが浮気するなんて、思ってないです・・・」
「じゃあ、なぜですか?」
「付き合い始めてから気がついたんですケド・・・アナタ、自分が思っているよりモテるんです」

だから、俺のいない間にアナタに想いを寄せる奴が無理矢理・・・とか想像したら、心配になっちゃって・・・。
ポツリと、そう打ち明ける。
カカシとしては、真剣に打ち明けたのだが・・・速攻、笑い飛ばされた。

「思い過ごしです!イチャパラの読みすぎですよ。俺がモテるわけないじゃないですか?まぁ・・・そんなんじゃないですけど、結果的に今回は助かりました。実は、酔っ払いの上忍に絡まれたとこ、パックンに助けてもらったんで」

それで、パックンが俺に張り付いているのが分かったんですけどねー。
軽い感じでそう言うイルカに、カカシはギョッとして聞き返した。

「だ、大丈夫だったんですか!?」
「ええ。パックンが出てきて、威嚇してくれて・・・その上忍の方も、パックンがあなたの忍犬だと知っていたみたいで、酔いが醒めたようですよ?慌ててどこかに行ってしまいました」

結局、あなたに助けてもらったってことかもしれませんね。
そう言って、あははと笑うイルカを見つつ、カカシはチラリとパックンに視線を送る。
瞳で問いかけると、重々しく頷くパックン。
それを見て、カカシ溜息をついた。

『全然思い過ごしじゃないじゃないの・・・』

脱力するカカシの気持ちも知らず、イルカはその時の上忍の慌てぶりを思い出したのか、おかしそうにひとしきり笑ってから―――笑いを収めて、言った。

「結果的に助けられたとはいえ、その時はあなたに対して腹が立ったんですけど・・・でも、今はそれに感謝してます」


パックンが俺の側にいてくれたお陰で、あなたを早く見つける事が出来たから―――


心底安堵したようにそう言うイルカに、彼がどのくらい自分の事を心配していたかが分かって・・・。
カカシは、申し訳ないと思いながらも、頬が緩むのを抑えられなかった。

『アナタが俺の事を想ってくれてる・・・それだけで、こんなに幸せな気持ちになれる』

なんて幸せな誕生日だろうと彼の背中でニヤけていると、彼が言った。

「あなたを探しに出たので、今日は誕生日の料理を何も用意してないんですけど・・・里に帰ってあなたの怪我が治ったら、改めてお祝いしましょうね!」

でも、これだけは今日言わせてくださいと―――首を回してこちらを振り返る。



「誕生日おめでとうございます、カカシさん!」



太陽のような彼の笑顔が眩しくて、目を細めながら答えた。

「ありがとうございます・・・・・・最高の誕生日です」

そう、感極まりながら言うと。
『これくらいで何言ってんですか!退院したら、ご馳走食べてうまい酒飲んで、もっと幸せな誕生日にしましょうね!』と、微笑まれた。

おぶわれて帰還なんて、情けない姿ではあるけれど
ツイてないと、凹んでいたけれど
いっぱい怪我もして、チャクラも残ってないけど
―――それでも、イルカ先生が側にいてくれるだけで、本当に幸せに思える。

「イルカ先生ってすごいなぁ・・・」
「え?何がですか?」
「んと・・・全部です」
「持ち上げたって、何も出ませんよー?せいぜい、誕生会の酒のつまみが一品増えるくらいです」
「やった!秋刀魚の塩焼きお願いします!!」
「誕生日も秋刀魚なんですかぁ?」

呆れたように言いながらも、必ず作ると約束した彼に、ますます幸せになる。
こんな幸せなのに、死んでる場合じゃない。
里に帰ったらとっとと怪我を治して、『もっと幸せな誕生日』を堪能させてもらおうと、頬を緩めるカカシだった―――。









「ところで、もう忍犬つけたりしないでくださいよ?俺、VIPでもなんでもないんですから」
「はーい」
「その返事、微妙に不安なんですけど・・・」
「それより、誕生会の事なんですけど」
「・・・話、逸らしましたね?」
「もちろん、泊めてくれるんですよね?」

そう聞くと、彼の首筋が真っ赤に染まった。

「・・・・・・はい。汚いところですが、よろしければ」

今度こそ、はぐらかされる事はないらしい。
本当に最高の誕生祝いになるのを確信して、緩んだ頬が戻らないカカシだった。






滑り込みセーフ!の、カカ誕2010でございます♪
カカシさん、お誕生日おめでとう〜〜〜〜〜〜!!!

でも・・・この後、カカシは「怪我人がニヤニヤしない!」と怒られます(笑)


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