・ おまけの小話/壱 ・ ――鬼と花――

 



見つめあい、会話をする二人―――。
やがて利吉の手が伸び、秀作を大事そうに胸に抱いた。
・・・利吉の顔に、穏やかな微笑みが浮かぶ。

抱き合う二人・・・そこから少し離れた木陰に佇む二つの影があった。
気配を完全に断っていたその二つの影は、それから間もなくそっと木陰から消えた――。





それから少しして。
先ほど利吉達を窺っていた影―――伝蔵と半助は、二人並んで職員長屋へ向かい歩いていた。
もう気配を消す必要もないのだが、二人の間には会話も無く、ただ押し黙って歩いている。
二人の間に漂う、妙な沈黙。
・・・それを破ったのは、伝蔵の溜息だった。

「はぁ・・・」

隣から聞こえたそれに、半助は苦笑しつつ口を開く。

「やっぱり・・・父親としては、複雑ですよねぇ?」
「・・・別に。そんなことはありませんよ」
「今、隣からでっかい溜息が聞こえましたけど?」
「そりゃ、土井先生の聞き違いでしょう」

あくまでも認めない伝蔵にまた苦笑しつつ、半助は前を向いたままポツリと言った。

「誤算もありましたが・・・何より、利吉君が元に戻ってよかったですね」
「・・・ええ。本当に馬鹿息子でハラハラさせられましたがね」


なんであれ、息子が帰ってきた・・・小松田君には、本当に感謝しとります。


空を見上げるようにして、伝蔵はそう呟く。
内心は複雑だろうが・・・呟かれた小さな呟きが、今の正直な気持ちなのだろうと半助は思った。
でも、それは一瞬のことで・・・伝蔵はすぐに茶化すような声色で、言葉を付け足す。

「それにしても―――鬼退治させた上に馬鹿息子に目をつけられて・・・正直、わたしゃ小松田君には申し訳ない気持ちでいっぱいですよ」

『彼の親御さんに合わす顔がない』と言って溜息を吐く伝蔵を、半助は『まぁまぁ』と宥めた。
色恋は当事者同士の事・・・親が憂いても、どうしようもない。

「・・・それにしても、意外な特技があったんですねぇ、小松田君」
「今回のことがなければ、本人も気がつかなかったでしょうなぁ」
「あ、でも・・・前にくの一教室の子が言ってましたよ。『風邪でもないのに妙にダルイ時は、小松田さんをハグすると治る』とかなんとか?一時期そんな噂が流れて、小松田君が女の子達に抱きつかれてアワアワしてましたねぇ」
「そりゃ、役得ですなぁ・・・でも、そこからの展開はなかったようですな。彼が生徒と付き合っているなど、聞いたこともないし」
「そりゃそうですよ、小松田君ですから。慌ててたのも最初だけで、後は囲まれても触られてもあんまり動じなくなって、そのうち女友達のようにくの一教室の子達に馴染んでましたから」
「それは・・・もしや、利吉の試練はこれからってことですかなぁ」

女の子に抱きつかれてそれなら、あやつに勝算なぞあるかどうか・・・。

「今は少し意識されているように見えても、それこそ馴染んで気にしなくなるんじゃ?」 「・・・ハハハ」

そんなことは・・・と言おうとした半助だったが、全くの杞憂とは言い切れない気がして、乾いた笑いを返した。
小松田秀作と言う男は、単純に見えて意外に底知れない何かがある。

「ま、その辺は腕しだいってとこですか。・・・アンタのいうとおり、少なくとも親父が気を揉むことじゃありますまい」

伝蔵はそう言って、肩を竦めた。
とりあえずその話はそこで終わって、再び職員長屋目指して歩いていた二人だったが。
長屋が見えてきた辺りで、半助はふと思い立って伝蔵に話しかけた。

「そういえば・・・お聞きしたかったんですが」
「なんです?」
「ほら、先日来た・・・奥様の親戚筋の方だという女性の事ですが」
「ああ・・・彼女が何か?」
「何で、あの人だったんです?」

彼女を手配したと言った時の、伝蔵の自信満々な様子が気になっていた。
『すでに目が釘付け』やら『奴の好みは心得ている』などと言っていたから、美しい人だろうなぁとは予想していて・・・実際、顔を見て驚いて目が釘付けだったし、美しい人ではあったが。

『あそこまで母親に面差しが似ている相手だと、流石に手を出しにくいんじゃあ・・・?てゆうか、アレは『奴の好み』じゃなくて、『アンタの好み』なんじゃ!?』

そう心の中でツッコミを入れながらお伺いを立てると、伝蔵は『ああ・・・』と言った後、顔を曇らせた。

「奴の好みは絶対母親みたいなタイプだと思ったんだが・・・小松田君がタイプだったとすると、真反対だったということですかな?」


五つくらいまでは、『大きくなったら母上と結婚する!』と言ってきかなかったんだが。


おかしいな?と首を傾げる伝蔵に、半助は思わずずっこける。

「土井先生?」
「んな、子供の頃の話で・・・・・・」
「しかし・・・本当に毎日のようにそう言ってたんですぞ!?私が家内に近寄ると『父上は母上に触っちゃダメ!』とかライバル心剥き出しで向かってくるし、親を叩くわ蹴るわで手を焼いて・・・」

そりゃもういつか取られるんじゃないかと思うような勢いで・・・。
そう弁明する伝蔵に、『だから、それは子供の頃の話でしょ・・・利吉君、もう十八ですよ?』と溜息混じりに指摘する。
確かに『男の子の初恋が母親』って言うのは定石だが、普通それを大人になってまで引きずったりしない。
しかも、『似たタイプ』くらいならともかく、『顔までそっくり』って・・・どんなマザコン息子だ。

『でも・・・』

あんなに自信満々だったのは、小さい頃の利吉の発言云々の他にも・・・この人自身が自分の妻を『至上最高のいい女』と思っているってことではなかろうか?

「山田先生」
「・・・なんですかな」

少々バツが悪そうに返事を返す伝蔵に、半助は呆れ半分・からかい半分に言った。

「山田先生が奥様を愛しておられるというのはよーくわかりましたから、たまには家に帰られたらどうです?」

子供達のことは何とかなりますって。・・・本当はお帰りになりたいんでしょう?
そう言って苦笑すると、伝蔵はギョッとしたような顔をして。
―――次に、少々ムッとした顔で怒鳴るように言い返してきた。

「・・・余計なお世話ですよ!」

・・・その顔は僅かに赤い。
それをおかしそうに眺めていた半助だったが・・・そのうち、『アンタこそ人のことなど心配していないで、いい加減良い人を見つけて所帯を持ったらどうです!?』などと小言が始まったので、適当に理由をつけてさっさとそこから退散した。



逃れて、教室へと向かう中・・・
『あの女性を山田先生が選んだ理由を教えたら、利吉君はどんな顔をするかなぁ』などと想像し、笑う。
おもしろそうだから後で教えてやろうと思いつつ、廊下を進む半助だった―――。




あの親戚筋の女性を山田先生が選んだ訳を書いてみました。(笑)
うちの土井先生は、普段は苦労性で優しい良い先生ですが・・・利吉がらみだとどうもからかいモードになるようです。(苦笑)
ちなみにうちの三男がこんなでした。流石に『お母さんと結婚する』は言わなくなりましたが、
9歳のいまでも旦那が私に近づくと蹴りを入れに飛んできます(笑)


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