・ 好きと言えない ・ 

 


コンコン。
病室のドアが遠慮がちにノックされる。そして、静かにドアが開けられた。

「失礼します…あの、カカシ先生?」

小さく声を掛けながら入室してきたのは、イルカ。だが、返事は返って来ず、心配げに眉を寄せて枕元に近づく。
―――そこには、目を閉じているカカシ。
彼の顔をじっと見つめていたイルカだったが…やがてホッとしたように息をついた。
息は規則正しく、チャクラも安定している。これは意識がないというより、傷の具合が落ちついて眠っているのだろうと推測して、イルカは表情を緩めた。
そして、ベットサイドのテーブルに見舞いに持ってきた果物の籠を置き、寝ているカカシに向かって深々と頭を下げる。
「カカシ先生。ナルトが大変ご迷惑をお掛けして、すみませんでした」
小さな声で謝罪の言葉を述べる。
実は―――少し前に、教え子のナルトが泣きながらイルカの元を訪ねてきた。
理由を聞くと…任務中、ナルトを庇ってカカシが怪我をしてしまったという。
傷を負ったが、カカシは間髪入れずに敵を返り討ちにした。だが…その後、すぐに倒れてしまったのだという。
敵はもう倒した後なので、なんとか子供達三人でカカシを里に連れかえって病院に運んだが…枕もとで目を開けぬカカシに叫んでいたら、『病院では静かに!』と、看護婦に追い出されてしまったらしい。
『オレのせいだってばよ…』
落ちこむナルトを、『代わりに様子を見てきてやるから』となだめ、イルカはここに来た。

「ナルトを守ってくださってありがとうございました。…早く良くなりますように」

こんな事を言ったら、以前ぶつかった時のように『もうアナタの生徒ではない』と言われるかもしれないが。
それでも、やっぱりナルトは自分の可愛い教え子で…守ってくれたカカシに感謝せずにはいられない。
イルカはもう一度頭を下げて、出ていこうと踵を返した。が――――
「う……」
「カカシ先生!?」
「つ……ここは?」
「木の葉病院です……あ、まだ起きちゃいけませんよ!」
頭を片手で押さえながら上体を起こそうとしているカカシを、慌てて支えると、ゆっくりと瞳を開けたカカシと、イルカの瞳が合った。
そのまま、ボーッとこちらを見つめるカカシ…明らかに、様子がおかしい。
イルカは不安になりながらも、優しく言葉をかけた。
「カカシ先生、まだ横になっていらして下さい。今、先生を呼んで来ますから」
医者を呼ぼうと一歩踏み出したのだが…それを遮る様に、腕を掴まれた。
驚いて振向くと…そこには未だぼんやりとした顔でイルカの腕を掴んだまま、こちらを見つめるカカシがいた。
「カカシ先生?」
「…見舞いに、来てくれたんですか?」
「え?あ…はい。ナルトにあなたが怪我されたと聞いて」
「心配、してくれたの?」
「もちろんですよ。あなたは大事な方ですし」
なんたって、里の誇るトップレベルの上忍で、ナルトの上忍師だ。里にとってもナルトにとっても、とても大切な人だ。
そう思いつつ微笑むと、何故かカカシは顔を赤らめて。
―――そして、ふわりと微笑んだ。

「嬉しいです…」

「え?」
両手をぎゅっと握られて、そんなことを言われ、イルカは固まった。
見ると、カカシはニコニコと微笑んでいる。―――これは、もしかして。
『雪解け…って、ことか?』
実は、中忍試験をめぐってのいざこざ辺りから、二人はギクシャクしていた。
元々別に親しくはなかったが、カカシがナルトの上忍師になってからは、会えば一言二言会話をするくらいにはなっていた。だが、あの時イルカがカカシに噛みついて以来、二人の間はよそよそしくなり…あれから一度も会話をしていない状態だったのだ。
あの後、イルカは『自分も悪かった』と反省したのだが、接点も少ないのでなかなか謝れずにいた。
『もしや、カカシ先生も同じような思いをしていたのかもしれない…』
ナルトに泣きつかれて来た見舞だったが、それがこんなところで功を奏するとは。イルカはそう思いつつ、カカシに笑いかけた。
「カカシ先生…俺、ずっと――――うわっ!?」
ずっと謝りたかったんです。あの時はすみませんでした。
―――そう続けようと思ったイルカの言葉は、途中で途切れた。
何故なら、急に腕を引かれたと思ったら、カカシに抱きすくめられていたからだ。
「カ、カカッ…っ!?」
驚いて、カカシの腕の中で身をよじり、彼を見上げる。
すると…

「愛してます、イルカ先生」

耳元に、有り得ない言葉を吹き込まれ、あまつさえ、そのままに耳に口付けられ―――イルカはとうとう悲鳴を上げた。
「ひ、ひいいい〜〜〜〜〜っ」
「イルカ、どうした!?」
 その声に慌てて入室してきたのは誰あろう、丁度見舞いにと病室に向かっていた火影様だった。
 里長がこちらを見つめている。イルカも里長を見つめている。
 そんな中、カカシだけはイルカを抱きしめたまま、幸せそうにうっとりと目を瞑っていた―――




術にかかり、愛を囁くカカシを世話する事になったイルカのお話。


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