「綺麗だね」
眼前に広がる水平線。
そして、その向こうに沈み行く夕日。
寄せては返す、波の音。
――――――――アメストリスではお目にかかれない、夕暮れの海の風景。
「そうですね、閣下。こんな風景は初めてみました」
隣りには愛しい恋人。
あまり場の雰囲気に囚われる彼ではないが、この光景にはさすがに感動したらしい。
だが、感嘆の混じった口調で返事をしつつも、言葉遣いは悲しいかな”仕事モード”。
今の軍服姿の恋人も確かに美しいのだが・・・・・・
こんな風景の前に二人・・・・・となれば、別の格好・口調の方が相応しいだろう?
それを残念に思いつつ、少し突付いてみる。
「私が言ったのは、君の事だよ?」
「は?」
一瞬何の事を言われたのか分からなかったらしく、恋人はきょとんとして。
そして、次に呆れたようにため息を付いてから睨んできた。
「閣下、もっと集中していただけませんか?」
「つれないねぇ」
「今は仕事中です!」
ピシャリと怒られて、肩を竦めてみせる。
だが、折角いい気分なのでもう少し位・・・・・と、恋人の肩を抱き寄せた。
「こんな美しい風景の前で二人きり・・・少しぐらいロマンチックな気分に浸ってもいいじゃないか?」
「閣下・・・・・・・」
私の言葉に脱力したようにうな垂れた恋人は、おもむろに顔を上げると、パンとひとつ手を叩いた。
それを合図に、辺りを包んでいた闇はパチンというスイッチを入れる音と共に消え、
換わりに明るい光がそこら中を照らし出す。
その光に浮かび上がった景色は、浜辺ではなく・・・無機質で簡素な室内で。
「寝ぼけておられるようなので一応言っておきますが、ぜんっぜん、二人きりじゃありませんから」
肩に回された手を叩き落として睨む恋人の後ろの座席には、二人の副官のリザとマリア。
ロイの後には、側近のハボックとブレダ。
もっと後方には、映写機を操作するヒュリー。
部屋の角で明かりのスイッチを入れたのは、ファルマン。
明るくなった部屋の中で、前にあるスクリーンには、未だ美しい海の風景がうっすらと映っている。
――――――つまり、ここは軍部内の色々な映像資料を検分する、映写室で。
先日、国交を得るために隣国を訪問した使節団が持ち帰った映像を
大総統以下、直属の側近達で検分している最中だったのだ。
「なんとか国交を正常化しようと、色々と手を打っている最中です。
両国首脳会談に向けて閣下にもあちらの国の風土をお知り頂きたいと、映写機を回しているのに。
――――――――もう少し真面目にご検分いただけませんか?」
イライラとした口調でそう言う、優秀な部下であり愛しい恋人でもあるエドワード・エルリック少将の
小言を尻目に、大総統=ロイ・マスタングは視線を明後日の方向に向けて、ボソリと呟いた。
「折角、いい気分に浸っていたのになぁ」
ごくごく小声で言ったのだけれど、しっかりと聞こえていたらしく・・・・・エドの眉が釣りあがる。
わなわなと震える肩に、側近達は慌てるが・・・・・時既に遅く。
「いい加減にしろ、この色ボケ大総統〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
どんがらがっしゃーん、と。
室内に眩い練成反応と爆音が響いたのだった――――。
******
女性二人がいた辺りだけ覗き、ぐちゃぐちゃに壊れ散乱した室内。
男共が床に転がる中を、肩を怒らせたエルリック少将が足を踏み鳴らして出て行こうとした時、
後から、こんな状況にも関わらず割とのんびりした口調で声が掛けられた。
「いつか、君を連れて行くよ」
振り返ったエドを、床に尻餅を付いたままのロイが微笑んで見つめていた。
「その時は、こんな軍服など着なくていい『バカンス』として行こう。
もちろんちゃんと二人きり、でね」
・・・それは、難題とされている隣国との国交を必ず繋いで、
誰もが気軽に遊びに行けるほどの友好を結んでみせるという事で――――――
エドは怒らせていた肩をもどし、ロイをじっと見つめた。
「本物の海に君に連れて行くよ――――その時は、場に相応しい色気のある格好をしてくれたまえ」
悪戯っぽくウインクして見せるロイに、
エドは体の力を抜いて、苦笑してみせる。
「水着でも着ろって?でも、男の海水パンツ姿なんて色っぽくもなんともねぇだろ」
肩を竦めるエドに・・・・
ロイは満面の笑顔でウキウキと答えた。
「いや、その時はプライベートビーチを借り切るから、是非ひとつ、生まれたままの姿で――――」
「あほんだらっ!!!(怒)」
走り寄る音と、振り上げられた拳。
やれやれと首を横に振るリザと。
『アンタひと言多いんス』と言った顔で呆れたように見つめるハボック。
その他、青くなる側近達。
ロイもさすがに目を閉じ歯を食いしばって衝撃に備えるが・・・・・
いつまでたっても衝撃は訪れず。
恐る恐る目を開けてみると、目の前には恋人の微笑み。
「エディ?」
「――――いいよ」
「は?」
「アンタの望むとおりにしてやるから―――――――連れて行って?」
「!!」
ロイの額に自分の額を一度こつんと合わせてから、耳元に『約束』と呟いて。
姿勢を戻し両手を合わせると、一瞬にして散乱した部屋を元通りに練成する。
そしてエドはロイをもう一度見つめ、ふわりと微笑んだ。
そのまま唖然とするロイを置いて、エドは踵を返して去っていった。
******
廊下を大またで歩いていたエドだったが、
小走りでマリアが追ってくるのを振り返り、速度を緩めた。
「大サービスですね」
追いついて隣りを歩きながらそう苦笑するマリアに、エドは悪戯っぽく笑う。
「飴と鞭ってね?・・・・・・・・・・・・・あと、嘘も方便?」
ニヤリ、と。子供の時と変わらぬ悪戯っ子のような笑みを浮かべるエドに、
嘘だったんですか?と呆れたようにマリアはため息をついた。
「あんまりつれなくすると拗ねてしまいますよ?」
苦笑するマリアに軽く肩を竦めて見せてから、エドは廊下の窓に目をやる。
そこには海の風景は無いけれど、先ほど見た映像と同じ色の、夕日。
『約束だ――――――――きっと、連れて行ってくれよ?』
心の中でそう呟くと、エドは密やかに微笑んだ。
その後、マスタング大総統が隣国との国交正常化に全力で取り組んだのは、言うまでも無い。(笑)
――――――そして、いつの日かきっと・・・・・夕暮れの渚を、二人で―――――