「どうした?借りてきた猫みたいに、縮こまって?」


ロイは、エドの方を振り返って、首を傾げて見せた。

「・・・・・誰が、縮こまってますます小さくなったってぇぇぇ?!」

そう返したエドだったが、彼の怒鳴り声には、いつものような迫力はない。
悟られたくなくて、精一杯虚勢をはっていたのだが、うまく行かなかったようだ。
それは、ロイに指摘された通り、『縮こまっている』からにほかならない。
そんなエドを見て、ロイはクスリと余裕の笑みを浮かべた。

「・・・・・なにも、とって食いはしないから、とりあえず座りたまえよ?」
「・・・・・・・」

エドは、少し迷ったあと、ソファーにドッカと座り、足を組んだ。
だが、まだそわそわと落ち着かない様子である。

『ちきしょー!!!アルの奴・・・・・!!』

心の中では、最愛のはずの弟への罵声を叫んでいた―――



『シンデレラの夜』・番外A・・・・『しんじらんない!!』・前編



ロイと両思いになった後、その日のうちにとって返してアルのいるセントラルに帰ったエドだったが、
アルの爆弾発言(なんと、アルに彼女がいたと言う事実!!しかも、自分にとっても幼馴染ときた!!)により、翌日には彼女に会いに行く為、また東方行きの列車に乗る羽目になった。
いくら旅なれているからとはいえ、こう乗りごごちの良くない一般車両での移動が続くのは、
かなり、体に負担を与える。
列車の揺れと共に、うとうとと、つい睡魔が襲ってきた。

「兄さん、眠いの?・・・着いたら起してあげるから、少し眠りなよ?」
「ああ、そうすっかな。リゼンブールまではかなり時間かかるし・・・頼む」
「うん、ゆっくり寝てね?」
なんだかいつも以上に弟の声が優しげに聞こえるのは、気のせいだろうか?

『やっぱり、会いにいけるのが嬉しいんだろうなぁ・・・・・・』

胸中複雑なものがあるが、兄としてここは暖かく見守るべきだろう。
リゼンブールまで帰るのは、距離が距離だけに骨が折れるが、仕方ない。
これも、可愛い弟のため!!
激しくブラコンな兄はそう思いつつ、重くなってきた瞼を閉じる。

・・・・・まさか、その最愛の弟に、嵌められるとも知らずに。



******



「兄さん、着いたよ!早く下りて!!」

寝ぼけた頭に、突然響く弟の声。
エドは慌てて起き上がった。
「早く下りて!!もう発車しちゃうよ!」
グイグイと背中を押されて、ホームに降り立つ。
いまだハッキリしない頭でぼーっと辺りを見回すと・・・

聞こえてくる、ざわめきと、行き交う沢山の人々。

「・・・・・・・・・あれ?」

リゼンブールは、片田舎の小さい村である。
駅ももちろん小さくて、こんなに賑わう事など、ある訳がない。
不審げにもう一度辺りを注意深く見渡すと、見慣れた風景。
嫌な予感と共に、看板を見上げると、そこには『イーストシティ』の文字。

「おいっ、アル!!ここはリゼンブールじゃ・・・・・」

そう怒鳴りながら振り向いたのは、丁度ドアが閉まったときだった。
車掌の笛と共に、汽車はゆっくりとホームを出発する。
しばし呆然としていたエドの頭が、やっと覚醒した。

「ちょ!!まっ・・・!!」
慌てて、追いかけて飛び乗ろうと一歩足を踏み出した時、不意に肩を掴まれた。
驚いて振り向くと、目に飛び込んできたのは見慣れた『青』
恐る恐るその顔を見上げると。

「やぁ、鋼の」
「!!!」

まさか!!
急いで、列車を見ると、上半身を窓の外に出して、手を振る弟の姿があった。

「あ・・・・・・・・」
「あ?」
「アルの奴〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」

ホームに、エドワードの絶叫が響き渡ったのであった。



******



その後、逃げ出そうとするが、簡単に押さえ込まれて担ぎ上げられて駅を出た。
散々暴れたがどうにもならず、仕方なく降参することに。

「デートしよう?」

ロイの言葉に、蒼ざめるものの・・・その内容は、自分に合わせてくれたもので。

カフェで甘いものを食べて、まずは落ち着き。
ある書店の、『お得意様しか通さない』という古書を扱う奥の間に案内されて、レア物3冊GET!
錬金術談議をしながら何気なく歩いていると思っていたら、おなかの減る頃に着いたのは、落ち着いた感じのレストラン。
前に連れて行ってもらった所より庶民的な雰囲気なそこの料理は、とても自分の口に合って美味しかった。
「もう一軒連れて行きたいところがあるんだが?」
そう言うロイに、満腹でいい気分になっていたことも手伝って、素直に用意されていた車に乗った。
旅の話などをしながらふと気付いたら、車はロイの家の前に止まっていた。


「オイ・・・・・ここって、アンタの家じゃあ・・・?」
「そうだね」

嵌められたと気付いた時には、時既に遅し。

「そういえば・・・さっき買った本は、ここに届けてもらったから」
早速読みたかったのだろう?さぁ、遠慮せずに入りたまえ?

ニッコリと、ロイはそれはそれは魅力的な笑顔でエドを招きいれたのだった。


そして、冒頭の二人の戻る。



******



『チキショー!!オレとしたことが(涙)』

エドが自分の迂闊さを責めていると、コトリ、とテーブルに何か置かれた。
視線を上げてそれを見ると・・・

「あ・・・!」
「これ、気に入っていただろう?」

置かれたもの。
それは湯気が上がる紅茶のカップと、以前ロイと行ったレストランのショコラケーキだった。

「今日の店のより、ケーキはこちらの方が美味しいと聞いたことがあってね。運ばせておいたんだ」
「・・・・・」

甘いもの苦手なくせに、誰に聞いたんだよ・・・?って言うか、聞かずもがな、か。
どうせ、以前付き合ってたねーちゃんにでも言われたことがある・・・?そう、考えていた時。
「・・・言っておくが、女子職員が食堂で噂をしていたのを聞いただけだから」
今日連れて行ったレストランに、女性といったことはないよ?
そう、苦笑交じりで返される。

「・・・別に、そんな事聞いてねぇ」
見透かされてるし・・・・。
オレって、そんなに顔に出やすいんだろうか?
むうっ、と知らず知らずのうちに口が尖り出す。

「とにかく、食べたらどうだね?お茶が冷めてしまう・・・」
促されて一口。口に入れると、とたんに広がる甘さ。
むっとした気持ちも、さっきまでの緊張もなんだか消えていくようで。
ついつい、夢中で頬ばった。
2個目に手を付け出した時、チラリと視線を上げると、お茶に口をつける大佐が見えた。
優雅な洗練された大人の仕草。少々カチンとくるものがあるが、やはり・・・・・・かっこよかった。

『大佐がもてるの、分かる気がする』

顔とか、地位とか、財力とか。そんなものだけじゃなくて――――

たとえば、オレに合わせてくれたデートコースとか、
ついつい夢中で話してしまうように、さり気なく引き出される会話とか、
緊張をほぐすように、絶妙なタイミングで出される、好物とか、
・・・・・見惚れてしまうような、大人の仕草とか・・・・・・・・・・・。

『ちぇ・・・』

こういう余裕は、年齢の差か?経験の差か?
こんな時は、やっぱり自分は子供で、彼は大人だと思い知らされる。
敵わない・・・なんて思いたくないけど、やっぱり今はまだ・・・・敵わない。

食べる勢いが止まったのを見咎めて、ロイはエドに声をかけた。
「どうした?」
「いや・・・・・別に。あ・・・そういや本は?読むからくれよ・・・」
何となく元気のないエドに、ロイは顔を顰める。
「疲れたかな?このまま本を渡したら、すぐに寝てしまいそうだな・・・・風呂に入ってから、読んだほうがいい」
「・・・・・うん」

湯を張っといてやろう。そう言ってロイは部屋を出て行く。
1人になって、少しホッとして残りのケーキを平らげる。
確かに、少し疲れた。
近頃、色々有りすぎたし、セントラルとイーストを何度も往復したし・・・

それに、やっぱり気持ちがまだ、落ち着かない。

ここ何日間かで、自分と大佐の関係が変化した。
自分の大佐への気持ちを自覚し。
大佐の自分への気持ちも分かって。
そして・・・・・2人の思いを確かめ合って。

『すぐにセントラルにもどったから、実感が湧くのは後から少しづつだと思っていたのに・・・』

何の心構えもなく、再会させられて
デートなどと称されて、いろいろ連れまわされて
そして2人きり。
意識するなと言う方が無理で・・・しかも、どうしていいやら分からない。
ため息を吐いた時、ロイが戻ってきて用意が出来たと告げられた。
『とにかく・・・風呂にでも入って少し落ち着くか』
エドは、ノロノロと腰を上げたのだった。



久々にゆっくりと髪と体を洗い、湯船に浸かる。
いつもは安宿の狭い湯船だ。それでもマシな方で、シャワーさえ浴びれない時も多々ある。
こんなに手足を伸ばして入るのは、本当に久々で・・・とても気持ちが良かった。
たっぷり時間をかけて入ってからあがると、いつの間にか自分が今まで着ていた服が無くなっている。
代わりにおいてあったのは、清潔な白いバスローブ。

「何、コレ?」

洗濯までするつもりか、あの男は?!
再会してから、あれやこれや世話を焼く男に少し呆れつつ、仕方ないのでそれを着る。
当然ながらそれはだぶだぶに大きくて、少しむっとしながらふと、顔をあげた。
脱衣所の洗面台の鏡に、自分の姿が映し出されている。
『ちっ、やっぱりだぶだぶ・・・・・・』
そこまで、考えてエドは息を呑んだ。
鏡に映るのは、濡れた髪のままで、バスローブを纏う自分。

ちょっとまて。

ここは、仮にも思いを通わせあった男の家で。
そこで、風呂を借りて、この格好って、まるで・・・・・


ボボボッ!!


そう音がするんじゃないかというくらいの勢いでエドは赤くなった。
これはなんだか、とってもまずいんじゃないだろうか?
この後の展開を想像して、真っ赤になる。

いや・・・でも・・・・まてよ?

思いが通じ合ったのは、つい数日前。
つまり、恋人らしきものになったは、ついこの間なのだ。
女に困ってないあの男が、そんなにがっついたりするだろうか?
・・・・・・大体、男同士なんだし?
こんな機械鎧の手足なのを知っててそんな事したいと思うか?というのも、甚だ疑問だ。
それに、認めるのは悔しいけど、どう考えても自分は子供だし?
色気もなんにもないんだし、いきなりそんな事には・・・・・・・
そう思ったとき、背後から声がかかる。

「ふむ、そうしていると、なかなか色っぽいな?」
「うわぁっ!!」

いつの間にきてたんだ?!つーか、い、色っぽいって・・・?!
『オレに色気なんかあるわけなーーーーーーーーい!!(半泣き)』
エドはあわあわと慌てながら、バスローブの前をかきあわせた。

「は、入ってくんな、馬鹿!!」
「酷いな。なかなか上がってこないから、湯あたりでもしてるのかと心配してきたのに?」
「そんな心配、いらん!!」
「そうか。では・・・・」

そのまま脱衣所に入ってくるロイに、エドは思わず後ずさる。
エドの動揺を気付かないように、ロイは自分のシャツのボタンを外し始めた。
それを見て、顔面蒼白になるエド。

「な、なにしてんだ・・・・・・?」
「うん?服を着ていたら風呂に入れないだろう?・・・次は私がバスを使いたいんだが、何か問題でも?」
「あ、いや。そっか・・・」
ホッとした様子のエドに、ロイはクスリと笑った。

「本、読むのだろう?ここを出て右に進んで突き当たりの部屋だ。そこで寛ぎながら読むといい」
「あ・・・さんきゅ」
短く礼を言って、そそくさと出て行く後姿を見て、ロイはもう一度クスリと笑った。



******



その部屋は、以前、ここに泊めてもらった時に自分が借りた客用の寝室だった。

ちゃんとベットメイクされたベットに腰をかけ、ガシガシと乱暴に髪をタオルで乾かす。
その後、ベットにごろりと横になった。
一つ息を吐き、サイドテーブルに目をやると、今日自分が購入した本が置いてあった。
一冊を手にとり、横になったまま目を通す。
そのまましばらくパラパラとページを捲っていたエドだったが・・・・・

「〜〜〜〜〜だぁっ!!頭に入らんっ!!」

そう唸ると、枕に顔を埋めた。
いつもなら、本を読み始めると人の声さえ聞こえなくなるエドだったが、今はちっとも集中できない。

『意識し過ぎなんだろう・・・・・なぁ』

ドキドキしてばかりで、前のように接する事が出来ない。
別に一緒にいるのが嫌な訳じゃない。むしろ・・・・・側に居たいと願う自分がいるくらいだ。
だけど、とにかくそわそわと気分が落ち着かないのだ。
大佐が気をそらしてくれてる時はまだ良かったのだが・・・・・・
こんなふうに考え始めるとどうにもならなくなる。
気持ちが通じ合った時は、アルへの罪悪感を感じながらも・・・・・幸せな気分だった。
なのに今は・・・・・・?
エドは、ふうっとため息をついた。

『人を好きになるって・・・・・こんなに居心地が悪いもんなのか?』

昔、ウィンリィに恋愛談議を聞かせられた時の内容とは、ズレがある気がする。
ドキドキ・ふわふわ・そして苦しくなる胸。・・・そこまではあってる。
だが彼女は『逃げ出したくなる』とは言っていなかったような?
・・・本当はそんな気持ちも恋するゆえなのだが、経験のないエドにはどうにも持て余す感情だった。

『ああ、どうすっかな・・・・・』

いつの間にか、なし崩しに泊まることが決定な雰囲気になってしまっている。
だからといって、今から『宿を探す』と出て行くのは、まさに『意識しちゃってます』と言っているようで、それも恥ずかしい気がする。
なにより、宿を探すには遅い時間になってしまっていた。
しかも、服は洗濯されちゃったし。
風呂なんか入ってる場合じゃなかった!さっさと逃げ出せばよかった・・・と思っても、後の祭りだ。
かといって、こんな気持ちでもう一度大佐に会うのは耐えられない気がした。
多分、顔さえまともに見れないかもしれない・・・・・・

『オレ、本当にどうしちゃったんだろう?こんなの・・・オレじゃないよなぁ』

こんなに逃げ腰な自分は自分じゃない気がする。
それに、大佐の方は今までと変わりない態度だったじゃないか?
まぁ・・・少々世話焼きになった気がするが、それ以外は変わらない。
思いを伝え合った時は、性急に何度も求められたキスも、今日は一度もされていなかった。
それどころか、逃げ出そうとした時に担ぎ上げられた以外は、触れられてもいない・・・・・。

やっぱり、自分が意識しすぎなんだ。

そうだよ、そんなに急に関係が変わるわけないじゃないか。
そうだ、絶対そうだ!
大佐が来ても、いつもどうりにドーンと構えて、嫌味でも言ってやればいい。
妙な展開になりそうなら、ガツンとぶん殴ればいいだけだ。
うんうん・・・と自らの考えに頷いた時・・・・

コンコンと扉をノックする音が聞こえた。

「!!!」

先ほどの決意もどこへやら?エドはまたうろたえ出した。



『ど、どうしよう、どうしよう、どうしよう〜〜〜〜〜〜〜〜?!』



『しんじらんない!!』・・・前編



『幸福』と同時進行のロイエドサイドです。
最初は『幸福』の最後にでもサラッと流して書くつもりだったのですが、
『あの2人って、どうなったんだろうなぁ?』と自分が気になったので(笑)ちゃんと書くことに。
例によって長くなったので(苦笑)前後編にわけました。
エド、焦りまくりで、後編に続きます(笑)



  back