君の存在・・・B『自覚』

 
「大佐」

呼びかけてみても、返事がない。

「大佐!」

先ほどよりもう少し強めによびかけると、やっとゆらりと、頭をあげた。

「いったい、どうなさったのですか?」
「・・・・・・・」

またもや、返ってこない返事に、リザ・ホークアイ中尉は、密かにため息をついた。



東方司令部大佐 ロイ・マスタングは、朝から頭を抱えて苦悩していた。
仕事も手につかず、呼びかけにも上の空で、ひたすら顔に苦悶の表情を浮かべている。
いつものサボリなら一喝して終わりにするところだが・・・
今回は、どうも様子が違う上司に、さすがのリザも手を焼いていた。

ちなみに、ロイが頭を抱えているのは、今日だけではない。
今日で、3日目なのである。
最初は心配もしたものの、どうにも埒が開かないので、だんだん鬱陶しくなってきた。
さすがに、3日もこれだと、通常業務にも支障をきたしてきている。
特に大きな事件も無い為、何とかなってはいるが、それもそろそろ限界である。
彼のデスクの上には、未処理の書類が所狭しと並べられ、もう崩れそうなのだ。

『そろそろ、浮上してもらわないと、困るわね・・・』
リザは意を決め、確証はないものの、多分この事態に関係があると踏んだ人物の名前を出してみた。

「・・・先日、エドワード君と食事に行ったそうですね?」

とたん、ビクッとロイの肩が揺れる。
どうやら、エドワードがらみなのは、間違いがなさそうだ。

「何か、ありました?」
「まだ、何もしていないっ!!!」

急に大声を出したロイに、リザは珍しくポーカーフェイスを崩して、目を見開いた。
一方のロイは、叫んだあと 『しまった!』 という顔をして、また頭を抱えなおした・・・

「つまり・・・」
リザは片手を顎に当て、少し思案しながら口を開く。

「まだ、なんにもしてないけれど 『しようとしちゃった』 わけですか?」
「だぁぁぁ〜!!!」

流石、東方司令部一の切れ者、ホークアイ中尉。
ズバリな一言に、ロイは頭をブンブンと振り・・・・・そして、撃沈した。

「何となく、エドワード君がらみな気はしていましたけど・・・」
リザの言葉に、のろのろとロイは頭を上げた。
「・・・・・・君は、なんで食事に行ったのを知っているんだ?」
「副官として、大佐の行動はなるべく把握するように心がけていますので」
また、ポーカーフェイスに戻ったリザは、サラリとそう答えた。
「君って・・・本当に有能だよ、中尉」
「お褒めに預かりまして」
力なく発したロイの言葉に、リザは綺麗に一礼した。

「ところで・・・あまり、驚いていないようだが・・・」

バレてしまっては、今更隠しても仕方がない。
観念してそう聞いてみると、意外な答えが返ってきた。
「少し、予想がついていましたので」
「・・・何?」
ロイは驚いて、もう一度リザを見あげる。

「ご自分では気付いていらっしゃらないようですが」

そう言って、リザもロイの顔を見つめた。
「大佐のエドワード君への態度は、他の人のそれとは違っていましたので・・・」
「そう・・・なのか?」
驚きと共に、そう呟く。

リザは 『最初はあの兄弟には特別なのかと思っていましたが』 と、前置きしてから続けた。
「どうやらエドワード君だけのようでしたので」
「そう・・・・か」
ロイは、ため息を付くと、椅子にもたれかかるようにして、やっと上半身を起した。

「この頃・・・自分自身の行動に困惑する事が多くてね・・・」

椅子を回転させ、窓の外に目をやりながら、ロイは呟くように告白した。
「それが、どうも鋼のに関係しているのは、薄々気付いてはいたんだが・・・」
認めたくなくて、知らず知らずに押し込めていた思い。

「・・・食事をした日に、とうとう自覚なされたわけですか?」

感情の抑揚が無い声だが、長い付き合いだ。
興味本位ではなく、彼女が心配してくれているのを、ロイは感じとっていた。

・・・・中尉には、ちゃんと答えるべきなのだろうな・・・・・・・

「あの日、彼と夕食の約束をしたんだが・・・・・」
ロイはそう話しながら、その日の出来事を思い出していた―――



「うっわ〜、スゲェ店!!」

いかにも 『高級』 といった店に案内されたエドは、思わず感嘆の声を上げた。
国家錬金術師になって、それこそ金は十分もっているものの
エドワードはこんな店に入ったことが無かった。
元々、堅苦しいのは嫌いだし、多分、自分のような年齢の者が入る所ではないだろう。

『こいつ、いっつもこんなとこで飯食ってんのか?!』

そんな風に驚いているエドをよそに、ロイは慣れた感じでどんどん進んでいく。
慌てて、エドも小走りでその後に続いた。
店内に入ると、黒いスーツのマネージャ―らしき人が近づいてきて、一礼する。
「マスタング様、お待ちいたしておりました、ご案内いたします」

おそらく、予約を入れていたのだろうが、名乗ら無くても分かる辺り、やはり常連なのだろう。
店の人に案内されていった場所に、またエドは驚く。
一般の客が座っている所とは離れた、個室だった。
大きく取ってある窓の外には、店の手入れされた庭と、木に飾り付けられたイルミネーション。
幻想的な、まさに 『ロマンチック』 といった光景。
その景色を、目を見開いたままボーっと凝視していると、先ほどの黒服がさっと椅子を引いた。

「お嬢様、どうぞこちらのお席へ」
にこやかにそう告げられて、エドは一瞬、瞬きをしてから、キョロキョロと自分の周りを見回した。

「・・・・・・!!」

ハッとしたような顔をしてから、エドはみるみる真っ赤になった。
赤面しながら睨みつけてくる目の前の客に、黒服は助けを求めるように、ロイの方に視線を向ける。
そこには、片手で顔を覆いながら、肩を震わせて笑いをかみ殺しているロイがいた。

「てめぇ・・・・」

睨む先をロイに変え、思わず練成ポーズを取るエド。
それを手で制し、困惑したように2人を見比べる黒服に、ロイは向き直る。

「可愛らしいので、君が間違えるのも無理はないが、一応彼は『男』なんだが?」
「一応って、なんだ!!どっからどうみても、男だろ!!オレはっ」

可愛いとか、言うなぁ〜!!
拳を振り上げそう怒鳴るエドワードに、黒服の男は慌てて頭を下げた。
「し、失礼しました、お客様!!・・・どうぞ、こちらのお席へ」
「そうだ、ここは大声を上げて暴れていい所ではないぞ?」
まずは、座りたまえ。 そう、ロイは自分の向かいの席を指し示す。
エドはそんなロイと、すまなそうな顔の黒服を見比べ、しぶしぶながら席についた。
さすがのエドも、こんな所で暴れるのはまずいと思ったらしい。
・・・単に、腹が減ってるだけかもしれないが(笑)

「本当に、失礼致しました」
「いいよ、もう。・・・どうせ、大佐が連れてくるのはいっつも女だから、そう思ったんだろ?」
「はは、そう言えば、男を連れてくるのは初めてだな。光栄に思いたまえ、鋼の?」
ロイの『鋼の』という言葉に、黒服は目を瞬かせて、エドを見つめた。

「鋼・・・?もしや、こちらが高名な『鋼の錬金術師』様ですか?!」
驚いたように、あらためてエドを見つめる黒服に、ロイは面白そうに笑った。
「驚いたかい?・・・彼は、二つ名のイメージとは、かなり違うからな」
ロイの言葉に頷いた後、彼はにこやかにエドの方を振りむいた。
「・・・噂の天才錬金術師様にお会いできて、光栄でございます」
感服したように一礼する彼に、エドの機嫌も少しは上向いた。
ハプニングはあったものの、そうして、やっと二人の晩餐は始まった。

高級店というだけあって、その食事はすばらしいものだった。
ロイがエド好みの食事をオーダーしたせいもあるだろう。
食事が終わる頃には、エドの機嫌はすっかり直っていた。
特別だぞ・・・と一杯だけ進めたワインのお陰もあるのだろうか?
エドはいつになく上機嫌で、旅の話、錬金術の話などをする。

『こうしてゆっくり2人で話をするなど、始めてかも知れないな・・・』

話してみると、確かにこの子供は『天才』だと感じた。
自分も国家錬金術師だから、彼の力量は良く判る。
知識、考察、どれも飛びぬけているが、思いがけない大胆な発想にも目を見張るものがある。
頭の柔らかい子供だからこそ、よけいかもしれない。
錬金術師としても、ただの一対一の人間としても、楽しい会話が続いた。

「エルリック様。これはささやかながら、先ほどのお詫びでございます」
食後のコーヒーと一緒に、エドの前に、この店の人気デザートのショコラケーキが置かれる。

「えっ、いいの?!ラッキー♪」

実は、甘い物も大好きなエドは、満面の笑みで、早速とばかりにそれを頬張る。
その様子を、ロイは優しい笑みを浮かべて見ていた。

『こうしていると、本当に女の子とデートしているようだな・・・』

だが、今までここで食事した女性達より、よっぽどおいしそうに食べる姿は、なんだか微笑ましい。
もっとも、余り上品な食べ方とはいえないが・・・・・・
それを見越して、わざわざ個室を予約したので、特に気にもならない。

「・・・気に入ったかい?」
「ああ、このチョコケーキ、スッごいうまいぞ?!」

大佐も頼んだら?そう言うエドに、『私は遠慮するよ』 と答える。
「あまり、甘いものは得意じゃないんだ。」
そう言うと、エドは 『フ〜ン』 と気のない返事をして、ひたすらケーキを食べ続ける。
『なんだか、エサをやってる気分だな・・・』
どんどん皿の中身を減らしていく姿は、なんとなく小動物を連想させる。

「鋼の」

うあ?と口にケーキをつっこんだまま、エドはロイを見あげる。
「そんなに気に入ったのなら、お土産用にいくつか包んでもらうかい?」
動物が、一生懸命エサを食べる姿が可愛くて、ついつい『いくらでも食べなさい』と、与えてしまう
・・・そんな感覚。

「いいのー?!」

ぱぁっ、と明るく顔を輝かせたエドだったが、すぐ不審そうな顔になる。
「今日の大佐・・・なんだか優しくて、キモチワルイんだけど?」
上目遣いでそう言うエドに苦笑する。
「・・・今日の私は、弱みを握られている身だからね?」
それに、チョコレートケーキごときで『代価』を求めるほど小さい男ではないよ?
そう言うと、エドはベーっと舌をだした。

「アンタは計算高いから、信用ならねぇんだよ!」

酷いな、私ほど誠実な男はいないぞ?
笑いながら、ウエイターを呼び、ケーキを注文する。
アンタは 『誠実』 って言葉をとりちがえてるぞ?
そう可愛い顔で、可愛くない台詞を吐きながら、エドはとうとう、すべての食事を完食した。

「ふわ〜、食った食った!」

満腹、と言った感じのエドに、微笑みかける。
「・・・満足したかい?」
「悔しいけど、美味しかったから、中尉には黙っといてやるよ」
そう、彼はニヤリと笑った。

「それは良かった」
大げさに、ホッとしてみせると、エドはクスクスと笑う。
「また、弱み握って連れてきてもらお―かな?」
「かまわないが・・・金ならいくらでもあるだろうに?」
肩をすくめると、エドは頬を膨らました。
「金あっても、こんなとこ、オレとアルだけで入れないだろー!」
それに、奢ってもらうってのがいいんじゃん!そう偉そうにふんぞり返る。

「なるほど、確かに子供だけでは入れてもらえないかもな?」
意地悪く笑うと、すぐさま額に青筋が浮かぶ。
「子供って、言うな!!」
テーブルに両手をついて、こちらに身を乗り出して怒るエドの顔を見てみると・・・・・
口元に、チョコレートがべったりと付いている。

やっぱり、子供じゃないか・・・

「すまんすまん、君は 『立派な大人』 だったな?」
ロイはそう手をひらひらと振ってあしらってから、ニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。

「しかし 『立派な大人』 が、口元にチョコレートクリームを付けているのは、どうかと思うが?」
「え?・・・・付いてる?!」
エドは、途端に顔を赤くして、手で口元をぐいぐいと拭う。
しかし、付いてる方とは反対側ばかり拭っているので、肝心のチョコレートは取れていない。

「鋼の、そこじゃない」
ロイは立ち上がり、自分も片手をテーブルについて身を乗り出す。
そして、空いている右手の親指の腹で、エドの口元のチョコレートを拭った。

「あ・・・さんきゅ・・・」

ちょっと悔しそうな顔をして、恥ずかしそうに頬を染めてこちらを見るエド。
その顔を見た途端、ロイは自分の胸の奥底の方が、疼くような、妙な感覚に襲われた。
とっさに、視線を逸らして下の方を向くと、そこには自分の右手。
その親指には、さっきエドの口元を拭った時のチョコレートが付いていた。
無意識に、自分の口元にそれを引き寄せ、舐める。

・・・甘い・・・・

そう、ボーっと考えながら、もう一度エドの方を見ると・・・
顔を真っ赤にしながら、口をパクパクさせている彼がいた。

「?どうした、鋼の?」
「あ、アンタ・・・なめっ・・・・!!」

どうやら、自分の口元から拭ったチョコを、舐められてしまったのが衝撃的だったようだ。
あらためて、指摘されると、自分の行動はちょっと不可解だったか?と思ったが・・・
舐めてしまったものはどうしようもない。
少々、開き直って、椅子に掛けなおした。

「さっきのケーキはやっぱり美味しそうだったな、と思い直してね」
一呼吸おき、ニヤリと笑ってみせる。

「味見だ」

エドはまた赤くなって、怒鳴りだす。

「食べたかったら、頼めばいいだろっ!!」
「そんなに、怒らなくてもいいだろう?・・・直接舐めたわけでもあるまいし?」
「直・・・?あ、アホかっ!!」

ますます、頭から湯気を出して怒るエドを尻目に、ウェイターを呼び、会計を済ませて立ち上がる。

「さあ、そろそろ出よう。・・・君が、私の気に入りの店を壊してしまう前にね?」
「いったい、誰が怒らせてるんだよ、誰がっ!!」
ははは、と楽しそうに笑うロイと、まだまだ怒りが収まりそうにないエドワード。
それでも、やはり店内で騒ぐのはどうかと思ったらしく、エドは大人しくロイの後をついて店を出た。

店の外には、もう呼んであったらしく、黒塗りの車が止まっていた。
運転手は、ロイの姿を見つけると、サッと後部座席のドアを開ける。

「さて、宿はどこだい?送っていこう」

もう11時近い。
子供を一人で帰すには、少々遅い時間だ。
『・・・・・・まぁ、大人しくどうにかされる子供ではないが』
彼の方に向き直ると、エドは少し呆けた顔をした後、口を大きく開けた。

「あ〜〜〜!!!」

急に大声を出したエドに、ロイは驚いて身を引く。

「ど、どうしたんだ?急に・・・」
「宿、取るの忘れてた・・・・」
「何?!」

エドは、頭を抱えて、その場にしゃがみこんだ。

「・・・今日、こっち付いて、すぐに大佐に会っただろ?」

司令部に寄る途中に宿をとっていこうと思っていたのだが・・・
大佐に会って、何となくそのまま司令部に向かってしまった。
『後でいいや』 と思っているうちに、資料を読みふけっていて、すっかり忘れてしまっていたのだ。

「君は、旅慣れているんじゃなかったのか?」
少々、呆れ顔でそういうロイに、さすがのエドもきまりが悪そうだ。
「うっ、うっさい!・・・いつもは、アルがやってくれてるから・・・・」
小さくなっていく語尾に、ロイはやれやれといった仕草をしてみせる。
「弟君も、苦労してるようだな?」
「悪かったなっ、愚兄で!!・・・でも、どうしよう・・・」

野宿には向かないこの季節。
空を見上げると、雪までちらついてきている。
まさに、泣きっ面に蜂状態である。

『こんな時間に、宿とれるかな?とりあえず、いつも利用しているあそこに行ってみよう。』

もし、ダメだったら、あっちこっちうろつくより、司令部の仮眠室を借りようか・・・?
そう思って、ロイの方を見あげた時だった。

「仕方ないな。今日はうちに泊まりなさい」

思いがけない、大佐の言葉に、エドは少々面食らう。
「えっ?大佐の家?・・・いいの?」
「本宅はセントラルだからね、こちらのは少々狭いが、君のサイズならなんとか大丈夫だろう?」
「誰が、豆粒ドチビかっ!!!」
「そんなこと、一言も言ってないじゃないか?」
腕を振り上げて怒るエドを、笑ってかわし、車に乗り込む。

「どうした?乗りたまえ」
「あ・・・うん。じゃあよろしく」
そして、2人はロイ・マスタング宅へと向かった。




「・・・・・どこが、狭いんだよ」

ロイの家に着いたエドは、思わずそう呟いた。
高級住宅街に並ぶその家は、『大佐』の地位に相応しく、豪華な造りだった。

「突っ立ってないで、座りたまえよ」
ソファーをを指し示すと、ロイはコートを脱ぎつつ、右の指を パチン と鳴らす。
とたん、暖炉や燭台に火が点る。
「横着してんなぁ」
「便利だろう?」
暖炉に火を入れると、部屋は少しづつ暖まってくる。

「使用人とか、いないの?」
「昼は屋敷の管理に来てもらっているがね・・・夜は帰ってもらっている」

大体、ここに帰って来るのは、寝る時ぐらいだ。
お茶ぐらいなら、自分で入れられるしね。 ロイはそう笑った。

「何か入れよう。 鋼の、君は何が・・・・コラ!」

エドの方を振り返ると、彼は高級洋酒が並ぶサイドボードを物色中だった。
「こんなにあるんだもん、いいじゃんかー!ケチッ!!」
ほっぺを膨らませて抗議するエドに、少々呆れつつ、たしなめる。
「君は、未成年だろう?」
「さっき、ワイン飲ませたじゃないか!」
「あれは、食事をより美味しくする為にだ。それに、1杯きりの約束だろう?」
なおも食い下がる彼を『ダメだ』と、一蹴する。

「・・・結構、頭硬いのな、大佐」

チェッと舌を鳴らし、エドはサイドボードから離れる。
「いつもは、アルがうるさくてそんな機会ないから、今日ぐらい良いかと思ったのに」
いまだ、ブツブツ言っているエドに、苦笑する。
「アルコールで背が伸びなくなったら、どうするんだ?」
そう、彼にとっての殺し文句を言うと、ピタリとエドは黙りこんだ。

大人ぶりたい年頃の彼だ。興味があるのだろう。
かといって、積極的に子供に酒など勧める気にはならない。
自分が同じ年頃の時は、寄宿舎で友達と隠れて飲んでいた気がするが・・・・・・
この際、それは棚の上にでも置いておく。

お湯を沸かし、熱い紅茶入れてをエドの前に置くてやる。
つまらなそうなエドを横目で見て、ため息をつくと、ロイはサイドボードに向かった。
そこから、一本のブランデーを取り出す。

「今日は、これで我慢したまえ」

ポトンと数滴、紅茶の中に垂らす。

「いい香り・・・」

途端に広がる芳醇な香りに、エドはニッコリと笑った。

「あ、さっきのケーキ!あれ、食べていい?」
「まだ、食べるのかい?」
少々呆れ顔で、ロイは答えるが、
「紅茶が出てきたら、ケーキが必要だろー!」
などと、食べる気満々のようなので、皿とフォークを持ってきてやる。

『この小さい体のどこに、こんなに入るんだろう?』
食事後とは思えないエドの食べっぷりに、少々驚きつつ、紅茶片手にその姿をしばし眺める。
瞬く間に、ケーキを食べつくしそうになったエドワードだったが、ふと何かに気付いたように手を止めた。

「どうした?」
ロイが訝しげに問うと、エドは最後の一切れのケーキをフォークに突き刺し、こちらに向ける。

「大佐も食べたかったんだよな?ごめん、これしか残ってないけど」
どうやら、あの時 『美味しそうだった』 と言ったのを、間に受けているようだ。
「はは、気にしなくていい。食べたまえ」
「そっちこそ、遠慮すんなって!・・・元々、アンタの金なんだからさ?」

特別に、オレが食べさせてやるよ?そう言って、エドはニッコリ笑った。

「はい大佐、あ〜ん、して?」
「・・・・・・・・・・」

さっき、口元から拭ったチョコを舐めたら、真っ赤になったくせに・・・・
同じフォークでの間接キスはかまわないんだろうか?

・・・・間接キス?!

とたん、なんだか心臓の鼓動が早まった気がする。
『ばかか、思春期の少年でもあるまいし!』
速攻、頭の中に浮かんだことを、打ち消した。
もう一度、エドを見ると、 『早く早く!』 といった感じで、フォークを揺らしている。
急かされて、顔を近づけ、ケーキを頬張る。

「・・・・うまい」
「だろー?」

チョコが口の中に融けていく。
心地よい甘さが、口の中に広がっていった・・・

「疲れたときはさ、甘いもの取るといいんだよ?」
「?」
「大佐、この頃なんか疲れたような顔してるぜ?」

そんな顔ばっかしてると、早く老け込んじゃうぜ?そう、茶化してよこす。
確かに、この頃 『疲れているのでは?』 と問われることが多い気がする。
仕事はいつも通りだし、自分ではそんなつもりはないのだが?

「気にかけてくれるのかい?」
「べ、別にそんなんじゃ・・・・でも、さ」
ぶんぶんと手を振り、否定するエドだったが、ふいに止めて俯いた。

「覇気のない顔って・・・なんだか、アンタらしくないじゃん?」

大佐はさ、やっぱり 『嫌味な位、自信満々』 じゃないと、こっちの調子が狂うんだよ。
そう言って照れくさそうに笑う、彼の笑顔がなんだか眩しい。
この子供が、自分のことを心配してくれているのが、何でこんなに嬉しいのか?
また、不可解な感情だと思いつつ、顔が緩むのを止められない。

何で、この子供に、こんなに惹きつけられてしまうのだろう?
子供なんて、苦手だったはずだ。
そして、目の前にいる彼は、確かに頭は大人よりいいかもしれないが、間違いなく子供である。
それでも惹きつけられてしまうのは、彼が背負っているものの重さを知っているからだろうか?

―――助けてやりたい―――

その小さな背に圧し掛かるものを、少しでも取り除いてやりたい。
そして、この腕の中に抱きしめて、休ませてやれたら・・・・

『抱きしめて・・・?』

途端、体温が一気に上がるのを感じて、狼狽した。
私は、いったい何を考えて?!
確かに彼は子供だが、抱きしめて庇護してやるような年ではないハズだ!
頭の中の事を否定しつつ、チラと彼の方に目をやると・・・
エドはうとうとと、ソファーで居眠りをし始めている。

『ホラ、やっぱり子供だ』

いつもの射るような瞳が閉じられたその顔は、あどけない子供のそれに戻っている。
少しホッとしつつ、その寝顔をしばし眺める。
『毛布を持ってこようか?それとも、このまま寝室に連れて行こうか?』
そう考えていた時、その体が ズルリ と背もたれから滑り落ちる。
ロイは、慌てて駆け寄り、腕を伸ばした。

トン、と軽くロイの胸にエドの頭がぶつかる。
とりあえず、ソファーから落ちなくてホッとしつつ、顔をあげると。
そこには、自分の腕の中にすっぽりと収まってしまっている、エドワードがいた。
図らずも、さっきの想像どうりの状況になってしまい、焦る。
が、当のエドワードは、すっかり寝入ってしまったようで、起きる気配がない。

『アルコールが、今ごろ効いて来たのか?』

起さないように、ゆっくりと体勢を変え、横抱きに抱きかかえる。
それでも、エドは起きる様子もなく、スース―と寝息を立てている。

『・・・・・・』

左腕で彼の体を支え、右手で額にかかった髪をよけてやる。
柔らかい感触。手で掬い上げると、さらさらと指の間からこぼれていく。
その感触が余りにも気持ちよくて、三つ編みをほどいて、また指で掬い上げる。
エドワードも気持ちがいいのか、何だかうっとりとした表情をしている。

『綺麗だ・・・・・・』

この髪に、触れてみたかった。
知らずに、同じ金髪の女性に、心がざわついたこともあったが・・・

触れてみて、求めていたのはこの髪だったと思い知る。

蜂蜜のようなしっとりとした、色。
今は閉じられているが、このまぶたが開けば、そこには同じ色の瞳がある。
自分を見据える、蜂蜜色の瞳。
・・・・・この色に、自分は囚われているのか?

今度は、その頬へと手を伸ばす
外を出歩いてばかりだというのに、荒れてもいない。
赤ん坊・・・とまでは行かないけれど、しっとりと水分を含んだ、すべらかな肌。
『そう言えば、出歩いているとはいえ、目的地はいつも図書館だものな』
だから、思ったより日に焼けていないのか?
するりと撫でると、少しくすぐったそうにエドは身をよじった。

『この唇だって・・・』
外にいる時間が多ければ、もっとカサついたり、焼けたりするものだ。
でも、彼がまめに手入れなど、しているわけがない。

それなのに、その唇は艶やかで、柔らかそうだ。

そう思ったとたん、そこから目が離れなくなってしまった。
思わず、ごくりと唾を飲み込む。
ロイは、顔をゆっくりとエドに近づけいき、瞳を閉じる。
そうして、エドのそれに触れようとした、その瞬間。

「たい・・・さ?」

ビクッ、とロイの肩が揺れ、閉じていた目を見開く。
間近にあるエドの顔を見ると・・・
瞼が薄く開かれ、金色の瞳が此方を見つめていた。

「はがね・・・の、起きて・・・?」
「・・・・・・・」

やっと、搾り出した声に、エドは答えない。
ロイは体を起すと、マジマジとまたエドワードを見つめた。
すると、薄く開かれた瞼は、またゆっくりと閉じられ、スース―と寝息が聞こえてきた。
・・・・どうやら、寝ぼけているらしい。

途端、ロイの体から、力が抜け、脱力する。

『起きたんじゃ・・・なかったのか』

ホッとしたと同時に、今しがたの己の行動を、はたと思い出す。
今、私は彼に何を・・・?!
真っ白になりそうな頭を、何とか働かせつつ、今の状況を振り返る。
確か、今自分は、彼にキスをしようとしていた。
確かに、子供におやすみのキスをすることはあるだろう。
だが、この胸の高ぶりは、とてもそんなものではない。
雄として、求めたキス・・・・

・・・・・・私は、彼を・・・・・・?!

そんなことは、ない!
ロイは、頭を振った。
そんなこと、とても認められるわけがない。



―――彼を、愛してしまったなどと―――



『自覚』・・・終わり



大佐、回想長すぎです!!(お前がな・・・)
回想を一話で終わらせるつもりだったのに・・・・・・
終われなかったので、もう少しだけお付きあいください(^_^;)

大佐・・・自宅にエドを連れ込み成功!・・・やれやれ、よかった(笑)



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