東方司令部の執務室。
今日は、そこには珍しく、のんびりとした穏やかな空気が流れていた。



『バレンタイン・ディ』



いつもなら忙しく仕事をこなしている面々が、今日はなんだか皆、のんびりしている。
理由は2つ。
1つは、この頃大きい事件もなく、割合と暇な事。
もう一つは、東方司令部のお目付け役、ホークアイ中尉が非番の為である。
休憩時間には少し早いはずなのだが、大佐の『疲れた』の一言で、もうティタイムが始まっていた。

「大佐、どうぞ」

フュリーはそう言うと、大佐のデスクに紅茶が入ったカップを置いた。
「ああ、すまない」
ロイは短く礼を言うと、そのカップに口をつける。
中尉が居ないので、今日はフュリー曹長が皆にお茶を配って回っていた。
ロイも専用執務室ではなく、今日はこの部屋に居座っている。
もっとも、仕事をしているというよりは、中尉が居ない事をいいことに、サボりまくりだったが。

「あ、そういえば!オレ、大佐に聞きたいことがあったんス!」

フュリーからカップを受け取りながら、ハボックが口を開いた。
その声に、ロイは椅子を回して、ハボックの方を向く。
「何だ?」
「大佐の好みのチョコレートって、どんなのですか?」
思いがけない質問に、ロイは顔を顰めた。

「・・・チョコレート?」

「はい。・・・明日、バレンタインでしょ?」
その答えを聞いて、ロイはますます顔を顰める。
「言っておくが・・・お前からは、いらんぞ?」
「安心してください、オレじゃないですって。女性職員達から質問攻めなんスよ、この頃」
今年もこのデスクがチョコの山になりそうっすねー。
ハボックは、羨ましげにそう言った。

毎年この時期になると、ロイの周りはチョコの山で埋め尽くされる。
顔よし、スタイルよし、おまけに金や地位もある!・・・の、マスタング大佐は、
このイベントにめっぽう強い。
いつもこの時期、チョコの山に埋もれて余裕の笑みを浮かべながら
「困ったな、どうやって持って帰ろうか?」
などと、ちっとも困ってないような口調で言うのを聞いていると、
正直怒りさえ沸いてくるハボックである。
自分になかなか彼女が出来ないのは、この人の側にいるからなんじゃ?とさえ疑ってしまう。

「独り占めしないで、こっちにもまわして下さいよ〜」

少々情けない声で、そう言ってみたハボックだったが・・・

「ああ、かまわん。もっていきたまえ・・・」
「へ?」

気の抜けるようなロイの返事に、ハボックは、持っていたカップを落としそうになり、慌てて持ち直した。
確か、毎年こんな会話をしているが、いつもはと言うと・・・・・
『仕方なかろう?お嬢様方が是非私にと言うんだから。お前ももっと男を磨くんだな?』
などと、憎ったらしい台詞を返してくる来る大佐である。
それなのに、今年は興味なさげな、どうでもいいと言った風な返事。

ハボックは改めて、ロイの顔をまじまじと見つめた。
なんだか、落ち込んだような、覇気の無い顔。
中尉がいないせいで、だらけているだけだと思っていたのだが、違ったのか?
そんな風に疑問に思いながらも、とりあえず最初の質問に戻る。

「・・・・・ところで、さっきの質問のお答えは?」
「質問?」

忘れてしまったらしく、ボーッとしながらこちらを見るロイ。
「だから、好みのチョコレートっすよ!」
「ああ・・・それか・・・・」
ロイはカップを置くと、少し考えてから口を開く。

「・・・・・ピーナッツ・チョコレート」

その答えに、ハボックと、何気に2人の会話を聞いていた一同は、目を丸くした。
「・・・なんか、意外ですね」
『なぁ?』ハボックは他の面々の方に振ると、皆も、うんうんと頷く。
アーモンドならともかく、ピーナッツ?
何となく、大佐のイメージじゃない気がする。

「大佐の事だから、『洋酒入り』とか『高級洋菓子店の』とか、言うと思ってましたよ?」

もしくは、『女性の愛がこもっているなら、どれでも』とか?
茶化すように、そんなふうに言ってみたのだが、ロイの反応はイマイチだ。
まだ、紅茶のカップを持ったまま、ボーッとしている。
肩透かしを食らって、ハボックが戸惑っていると、唐突にロイは口を開いた。

「・・・・・好きなんだ」
「は?・・・そんなに、ピーナッツチョコが?ナッツ類好きでしたっけ?」

「豆が、入ってるから」

―――シーン・・・・・―――

一同、揃って押し黙った。
心の中では『そっちの意味かよ!!!』とか、つっこんではいたが。(笑)
ロイのいう『豆』とは、ピーナッツの事ではなく、その言葉から連想できるあの少年の事だろう。

鋼の錬金術師 エドワード・エルリック。

ロイがこの頃いれあげている少年である。
これで、大佐が落ち込んでいる意味が何となくわかった。
エドワードはれっきとした『男』である上、今の所、大佐の片思いである。
そんな彼がバレンタインにチョコレートをくれるなんて事、まず、ありえないだろう。
それはそれとして、バレンタインはいつもどうり女性と楽しめばいいのだろうが・・・
どうやら、『本命』が出来てから、興味がなくなってしまったらしい。

「・・・くれないだろうな・・・」
そんな風にボソリとつぶやいているロイに、一同は去年までの仕打ちも忘れ、涙を誘われる。
女たらしの異名を持つ焔の大佐が、まさに、形無し状態である。
今までモテまくっていたのだから、一人くらい落ちなくっていいだろうとは思いつつ、
今までに無い哀れな姿に、ついほだされ、同情してしまう。
どうやら東方司令部の面々は、何だかんだいいながらこの大佐に甘いらしい(笑)
ファルマン・ブレダ・フュリー・ハボックの4人は、口々に慰めの言葉を口にする。

「大佐、まだ一日あるじゃないですか?」
「そうです、諦めちゃいけませんぜ?」
「大佐のお気持ちは、きっと伝わりますよ!」
「思い切って、押し倒してみますか?」

最後のハボックの言葉に、ロイがビクッと反応する・・・
まるでスローモーションのように、ゆっくりとこちらを振り返る。
その、鋭い眼差しに、一同は思わず身を引いた。

「す、すいません!ちょっと言い過ぎました!」
ハボックは冷や汗を垂らしながら謝るが、ロイの表情は変わらない。

―――こ、怖い・・・!!―――

皆、半泣きになりながらも、どうする事もできず・・・ビクビクと振るえていると、大佐が口を開いた。

「・・・そうだな」
「・・・・はい?」
「もうそろそろ、いいかもな?」


「「「「!!!」」」」


ロイの言葉の意味を把握した一同は、一気に青ざめる。

「ふふ、そうだな、その通りだ!!」
ははは!と笑い出す大佐は、先ほどよりも、とてつもなく怖い。

「手をこまねいているなど、私らしくもない。今まで、どうかしていたのだ!!」

ヒィィィ――――――!!!!

一同、身を寄せて震え上がるが、なおもロイは思いつめたように、ブツブツと呟いている。
自分達が煽ってしまったと気付き、後悔するも、後の祭りだ。

「ハボック少尉がいけないんですよ!あんなこと言うからっ!!」
「冗談だったんだって!!!」
「どうする、大佐、その気だぜ?!」
「エドワードくん・・・可哀想です!!」

皆、額を寄せ合って小声で相談してみるものの、いい案は浮かばない。
大体、こうなってしまった大佐を止めるすべなど、自分達は持ち合わせていないのだ。
中尉がいれば、一発銃声が響いて、事は収まるかもしれないが・・・自分達では無理だ。
返り討ちにされて、燃やされるのがオチである。
ともかく、バレンタインが終われば、大佐も落ち着くかもしれない・・・
それまで、エドをここに近づけなければいいのだが、彼らは常に旅をしている身、連絡する術がない。
どうか、明日まで彼がここに来ませんように!そう一同は祈るしかなかった。
チラリと大佐の方をのぞき見ると、いまだ壊れたように笑っている。


『エド、本当にごめん!!!!』


一同は心の中で、ひたすらエドワードに謝るのだった。





・・・その頃、エルリック兄弟は、とある駅に居た。

「兄さん、次はどうする?」
「そうだなぁ・・・」

エドワードは少し考える仕草をしてから、顔を上げた。

「いまんとこ有力な情報もないし、一回東部に帰って調べなおすか」
「そうだね。確か、前行った図書館の重要文献、調べ終わってないよね?」
「ああ、軍の資料室も新しいもの入っているかもしれないし、手分けしてあたろう」

アルフォンスが近くにあった時刻表を見あげる。

「あ、次に来る列車、東部行きだよ!」
「本当だ!ラッキー♪ここからなら、明日の昼には着くかな?」
「多分ね。・・・皆、元気かな?」
「元気なんじゃねーの?・・・大佐なんか、きっと元気すぎて色ボケてるぜ?」

あはは、と2人でひとしきり笑った時、列車がホームに滑り込んできた。

「さっ、行こうぜアル!」
「うん!」

自分の予想(色ボケ)が、ちょっと当たってて、しかもそれが自分に向けられているなどつゆ知らず、
エドワードは列車へと乗り込む。
少しして、ゆっくりと列車は進みだした。

この列車は東方司令部の近くの駅に、明日の昼、着く。

           

『バレンタイン・ディ』・・・終わり



エドの運命はいかに?!
続きませんので、あしからず(笑)



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