追いつ追われつ

 
「なぁ・・・待てって!!」

小走りで進みながら、そう言う小柄な赤いコートの少年に、みんなの視線が集まる。
軍・司令部内を我が物顔で歩く子供。
一見、不自然なようだが、彼はこれでも国家錬金術師。
しかも、『鋼の錬金術師』といえば、軍部内の人間でその名を知らないものはいない位有名人である。
だが、ここではよく見知った存在なので、普段はこんなに注目の的になっているわけではない。
・・・しかし、今の彼は思いっきり、皆の注目を浴びていた。

いや・・・『彼』ではない。『彼ら』というべきか。

彼の数歩前には、大またで足早に歩く男。
ここの司令官、『焔の錬金術師』ロイ・マスタング。その人である。
彼らは、最年少国家錬金術師と、彼を推挙しその後見もしている人物、といった間柄だ。
そのため、この2人が並んで歩くのはなんら珍しいことではない。
しかし、今の彼らの間には、異様な緊張感が漂っているのだ。

しかも・・・いつもとは反対なのである。

怒りをあらわに床を踏み鳴らして歩く『鋼の錬金術師』エドワード・エルリック。
『鋼の!待ちたまえ!!』と、それを追いかける『焔の錬金術師』ロイ・マスタング。
それならば、日常茶飯事な光景なので、それほど驚くことではない。
しかし、今は・・・

「なぁ、大佐!!・・・オレが悪かったって・・・」
「・・・・・・・・」

困ったように、謝りながらロイの機嫌を伺うエドと、
お気に入りの彼が必死な様子で話し掛けていると言うのに、無視しつづけるロイ。
・・・・という、かなり珍しい光景が繰り広げられているのだ。

「大佐、どうしちゃったんでしょう?」
フュリーは、オロオロと呟く。
「興味深い光景ですな」
いつもの口調でファルマンが続ける。
「エドの奴、なにやらかしたんだぁ?」
無精ひげを撫でながら、ブレダは首を傾げ。
「とりあえず・・・雨降らないといいな。オレ、今日洗濯物干してきちゃったんだよ」
いつもながらの飄々とした雰囲気で、ハボックは吸っていたタバコの煙を吐き出した。

そんな外野の呟きは目にもとまらないようで、2人は玄関口へと向かう。

「大佐、今日はもうお帰りですか?」
その光景を見守っていたリザ・ホークアイ中尉が、ロイに声を掛ける。
「ああ。今日の分の決済書類はデスクに置いてある。・・・かまわないだろう?」
「はい、それでしたらかまいません。ご苦労様でした」
歩く速度も緩めずに、そう言ってさっさと出て行くロイを、リザは一礼して見送る。
「兄さん、どうするの?」
リザと一緒にいたアルフォンスは、心配そうに兄に声を掛けるが
「ちょっと、大佐と話があるから!アルは宿に帰っててくれ」
エドはアルにそう言うと、ロイの後を追いかけて出て行ってしまった。

「いったい、どうしちゃったんだろう・・・大丈夫かなぁ?」

それを見送りながら、アルはため息をつく。
「仲が良いほどケンカするのよ・・・心配ないわ」
リザは安心させるように、アルフォンスに微笑んだ。



「大佐、待てってば!!」
ロイは用意されていた車の後部座席に乗り込む。
運転手がそのドアを閉じる前に、エドも隣に滑り込んだ。
閉めていいものか戸惑っている運転手に、ロイはかまわず発進するように、合図を送る。
そして車はロイの家に向かって走り出したのだが・・・・・・

車中の会話も一方的なものだった。
呼びかけるエド。
無言のまま、こちらを見ようともしないロイ。

短気なエドは、だんだんムカついてきていた。
『なんだよ!オレがこんなに謝ってるってのに!!』
だんだん、怒りがたまってくる。
『だいたい、心が狭すぎるんだよ、大佐はっ!!!』
ほとんど、逆切れ状態で爆発しそうになった時、車は屋敷の前で止まった。
ドアが開けられると、さっさと降りて玄関に向かうロイ。
車の中で、それを腕組みしながら、イライラと見つめていたエドだったが・・・

「・・・・くそっ」

吐き捨てるようにそう呟くと、走ってその後を追い、玄関の扉に手を掛けた。
中に入り、廊下を進んでいくロイの後を追いかける。
「大佐ってば!!」
相変わらず、返事はない。
2人きりになったらもしかして・・・そう思っていたのだが、違ったようだ。

「大人気ないぞ!!」
そう言ってみても、無反応。

「もう、オレ知らない!!このまんま、旅に出ちゃうぞ?!」
いつもなら、ここであっちが折れるのに、今日は効果なし。
そのまんま寝室に入リ、ドアを閉めてしまうロイ。

「なんだよっ!!!」
ドアの前で、エドはそう吐き捨てた。
「大佐の、馬鹿、女たらし、無能!!!」
やけくそで、罵倒してみたが、室内は静まりかえったままだ。
「本当に、帰るからな!」
そう叫んで、廊下を引き返していくエド。

「大佐のバカヤロー!」
ズンズン床を踏み鳴らしながら、進む。
「そんなに怒んなくってもいいじゃんかっ」
眉間には、盛大に皺がよっている。
「・・・確かに、今回はちょっとオレが悪かったかもしんないけどっ」
ぎゅっと手を握り締める。
「・・・・・でも、オレが同じことされたら・・・・」
エドは、ピタリと立ち止まる。

『やっぱ・・・・・怒る・・・・かもな』

俯いて、心の中でそう呟く。
「・・・・・・」
無言のまま、エドは走ってロイの寝室に引き返した。

恐る恐る、ドアを開けてみる。
入り口近くの椅子の上に、コートと軍服の上着を放り投げるようにかけてあるのが見える。
ペットの上に視線を移すと・・・
ロイは軍服のズボンのまま、片手で腕枕をして仰向けに横になっていた。
近寄って、顔を覗き込む。
漆黒の瞳は閉じられていた。
でも、彼が寝ていないのは、何となくわかった。

「ロイ・・・・」
2人きりの時しか呼ばない、ファーストネームで彼を呼ぶ。
「ごめん・・・てば」
彼に背を向けたまま、傍らに腰掛ける。
「怒るなよ・・・・・」
俯いたまま、エドはそう呟く。
その声は、消え入りそうなくらい小さい・・・
それでも帰ってこない返事に、不覚にも涙がこぼれそうになる。
その時―――

ふわり、と体が宙に浮いたような感覚のあと、
視界が変わり、部屋の天上が見えた。
体の上には、のしかかる重みと、心地良い体温。

「確かに君の言う通り、大人気ないな・・・」

耳元で囁かれる声に、やっとエドは仰向けに押し倒されたことに気が付いた。
普段なら、ここでひとしきり怒鳴りながら抵抗する所だが・・・
今はやっと声を聞けたことにホッとして、そんな気もおきない。

「ロイ・・・ごめん。そんなんじゃ・・・ないから、絶対」
「ああ、わかっているよ」
「それじゃあ、もう怒ってない・・・?」

ベットに伏せられている顔を、こちらを向かせるように、手を添えて動かすと・・・

「!?」

そこにあったロイの顔は。
怒った顔でも
拗ねた顔でも
機嫌が直って微笑む顔でもなく

満面の笑み。

肘を立て、ロイは上体を少し起してエドを上から見下ろすような体勢になると、彼の頬を撫でる。

「じゃあ、そろそろ仲直りをしようか?」

嬉しくて仕方ないといった笑顔で、軽く唇に触れてくるロイ。
そこには、さっきまでの機嫌の悪さは、微塵も残っていなくて・・・
それはまるで、最初から怒ってなかったような・・・?
エドは、呆然としてその顔を見詰めていたが、ハッと我にかえった。

「は・・・・」
「は?」
小さく呟いたエドの言葉を、楽しそうに聞き返してくる、ロイ。

「はめやがったな〜〜〜〜〜〜〜?!」

途端飛んでくるパンチを、ロイは片手で受け止める。

「人聞きに悪い、私が何をしたというんだね?」
あっという間に、機械鎧の腕を押さえつけて、キスの雨を降らせてくるロイ。
それを、生身の左手で押し返しながら、エドは額に怒りマークを浮かべて抗議する。
「最初から、怒ってなかったんだろ?!」
怒っていると見せかけて、誘導して・・・・・・・
結局の所、体よく『お持ち帰りされた』のにやっと気付いたエドは、怒り心頭といった感じで怒鳴る。

「そんなことはない」
クックッと意地悪く笑っている
「ただ・・・・・・・
珍しく君のほうから誘ってくれたのに、いつまでも機嫌を損ねているわけにはいかないだろう?」
カァッとエドの顔が赤くなる
「誰も、誘ってなんかないだろっ!!!」
アンタに誘導されただけだ!そう喚き散らすエド。
それに、余裕の笑みを返しながら「そんなつもりはなかったんだが?」などと、すっとぼけるロイ。

「家を訪ねてきて、寝室に入り込み、ベットに腰を降ろす。どう考えても、誘ってるとしか思えないが?」
しかも、全部、君自らの行動だろう?
そう、首をかしげるような仕草で、意地悪く指摘される。

「うっ・・・・」

確かにその通りなので、思わずエドは言葉に詰まってしまう。
「そりゃ、そうかもだけど・・・でも・・・・」
「いいから、もう黙りたまえ。・・・折角仲直りに来たのに、ケンカするのも馬鹿らしいだろう?」

誰が怒らせてるんだ、誰がっ!!!

そう続けるはずだったエドの言葉は、ロイの唇に塞がれて、口を出ることはなかった。




























ベットの上で、だるさに顔を顰めながら、エドは悪態をついていた。

「うそつき」
「ペテン師」
「変態ショタコンオヤジ」

「・・・最後のは違うだろう、エディ・・・」

『少年』ではなく『君だから好き』になったのだから、ショタコンじゃないし。
しかも、まだオヤジ呼ばわりされる年ではないし!
悪びれもせず、そう胸を張るロイを横目でみて、エドはため息を付いた。

「エディって、いうな・・・」
寝返りを打って、彼に背を向ける。
『・・・・・変態ってとこだけ否定してないところをみると、そこは自覚があるのか?』
などと考えて、もう一つため息をつく。

『何で、オレこんな奴好きなんだろうなぁ・・・』
口が裂けても言えない台詞を心の中でつぶやいて、天上を見る。

意地悪で
皮肉屋で
計算高くて
頭もいいから・・・他の大人のように簡単にやりこめることもできない

それでも、いつも自分を気遣ってくれているのがわかるから
意地悪なくせに、奥底の方が優しいのを知っているから
・・・・・・嫌いになんてなれるわけがない
嫌いどころか・・・こんな関係を許してしまうくらい、好きでたまらないのだ

『オレも、大概どうしようもないよな・・・・・』

自分自身に呆れてしまう。
こんなに好きになるなんて、思っていなかった。
意地っ張りな自分でも、認めざるを得ない事実。

「機嫌を直してくれ、エディ・・・悪戯が過ぎたよ。すまなかった」
金髪に口付けながら、謝ってくるが・・・本当に悪いと思っているのか、怪しいものだ。
エドは、フンと鼻を鳴らして、そっぽを向いた。
でも、一つ疑問が頭に浮かび、もう一度体を動かして、ロイを見る。

「なぁ・・・」
「なんだい?」
「ここに連れ込むだけの為だけに、あんな芝居したのか?」

エドの質問に、ロイは面食らったように瞬きをした。
少し黙った後、一言。
「・・・・だって、たまには追われてみたいじゃないか?」

にっこりと、『まさにタラシ!』といった笑顔で微笑まれて、エドは脱力した。

「・・・そんなことで・・・・・」
あんなに悩んだのに、不安だったのに、それはあんまりだろ・・・
怒るよりも、呆れてしまい、さらに脱力。

「・・・嫌われたかと、思っただろ・・・・」

力が抜けたせいで、いつもは絶対に口に出さない台詞が、つい出てしまった。
言い終わってから、ハッと気が付いて、身を硬くする。
でも、いくら待っても『嬉しいよ』だの『愛してる』だのという、こっ恥ずかしい答えは返ってこない。
もちろん、抱きしめられるってこともなくて。

聞こえなかったのかな・・・?

恐る恐る、ロイの顔を覗いてみると・・・
そこには、呆然と固まってしまっている彼が居た。
そんなに驚くことないだろ?!・・・・・・いや、今はそんなことより!!

『今のうちに逃げるか?』
そろり、とベットから抜け出そうとしたのだが・・・
途端、再び圧し掛かってくる重み。

「そんなに、人を煽るものではないよ・・・?」

ロイの顔を見ると・・・・
まさに、とろけるように、甘い笑顔。

「いや、ぜんぜん煽ってないしっ・・・!」

顔を引きつらせながら逃げようとするものの、悲しいかな体格差がありすぎて、どうにもならない。
「ま、まてって!落ち着け、大佐!!」
「ロイだよ、エディvvv」
「今のは、言葉の文っていうか・・・・とにかく、マジ嫌だからな?!」
「わかっているさ、エディ・・・君が私のことを愛しているって事はね!!」
「・・・だからっ、人の話を聞け〜!!!」

『だから、こいつの前で素直になるのは嫌なんだ!!!』

ああ、オレのバカ〜!!!
・・・・・激しく後悔するエドであった。(笑)

次の日、東方司令部には、
怒りもあらわに足を踏み鳴らして歩く『鋼の錬金術師』と
それを追いかける『焔の錬金術師』という
いつもの光景が繰り広げられていた・・・・・そうだ。

『追いつ追われつ』・・・終わり



初、ラブラブ恋人話!(照)
・・・いったい何をしたんでしょうねぇ、エド(笑)
今まであんまり大佐が報われない話ばっか書いてたので、たまにはいい目を見てもらいました!
やっぱりロイには、エドより(恋に関しては)一枚上手でいて欲しいです(^o^)丿
エド目線の話は初めてだったけど、楽しかった♪また、書こうっと。



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