12月24日、クリスマス・イブ―――――
街行く人も皆、どこか楽しそうで、足取りも軽い。
それは、パーティの為だったり、
それに出てくる料理の為だったり、
はたまた―――――もらえる予定のプレゼントの為だったり。
それぞれに、色々な理由があると思う。
そんな浮かれた様子の街中を、やはり浮かれた様子で歩を進める男が一人。
手にはケーキの箱・・・・・・愛する妻の所望の品だ。
結婚した当初はほとんど料理など出来ない妻だったのだが、
持ち前の研究熱心な性格と・・・やはり、天才なのだろう。
作るごとにめきめきと腕を上げ。この頃は本当に美味い食事を用意してくれる。
今日もきっと素晴らしいクリスマスディナーを作って待っていてくれるに違いない。
だが、まだ菓子類は自信が無いようで、ケーキは買ってくるように頼まれたのだ。
甘い物も大好きな妻の為に、彼は懇意にしている高級レストランのシェフに特別に依頼して、
スペシャルなクリスマス・ケーキを作ってもらった。
その店は隠れ家的な雰囲気をウリにしている店なので、表通りから少し入り込まねばならない。
車のまま入るには細い路地なので、大通りに車を待たせて店まで歩いて取りに行って来た。
戻ってきた彼の姿を見て、車にもたれ掛かってタバコをふかしていた男が姿勢を正してドアを開ける。
「待たせたな」
「いえ。・・・・・オレが買って来てもよかったんスけどね?」
「バカモノ。愛するエドワードへの贈り物を一瞬たりとも他人に任せることなどできる訳が無かろう」
「・・・・・・はいはい、さいですか」
当然とばかりにそう言い車に乗り込む上司に、呆れぎみで返事を返し、
『ほんと、メロメロなんスね・・・・・』
などと、心の中で呟きながら――――ハボックはドアを閉めて車を発進させたのだった。
******
『大将にオレからもメリークリスマスを・・・・・』
そう言いながら、降りてついてこようとするハボックを睨みつけて追い返したロイは、
大事そうにケーキの箱を抱えて自宅のドアの前に立って呼び鈴を押した。
エドが迎えに出てくるのを待ちながら、ロイは感慨深げに瞳を閉じる。
例の『約束』をエドと交わして(と言うか、一方的に約束させられて)一週間。
長かった。
ほんと――――――――に、長かった!!
我慢できずに思わず手を出しかけたときもあったが、
そのたびに今の自分にとっては最大級に恐ろしい呪文の言葉を彼が呟くので、それは断念せざるを得なかった。
(ちなみに『り』で始まって『ん』で終る三文字の言葉だが、単語を思い出すのも嫌なので自分で考えてくれ)
唇へのキスさえ許してくれない過酷な状況を耐えに耐え・・・・・
そして、やっと迎えたこの晴れの日!!(ちょっと違う・・・)
昨日までは、魂が抜けててホークアイ大尉に怒られ。
今日は、朝から地に足がついてないほど浮かれていて怒られ。
それでも、業務をこなさねばイブの夜には帰らせない!!と宣言されて、何とか仕事だけは片付けた。
そして、やっとこの日この場に立つ事が出来た。
このドアが開いたら、まずは思いっきり抱きしめて唇を塞いで――――
・・・・・いや、それではこのスペシャルケーキが潰れてしまう。
彼の機嫌が激しく低下してしまうだろうから、それはマズイ。
―――――仕方ない。
もう少しだけ理性を総動員させて、まずは軽くバードキス。
そして、彼の肩を抱いて室内を進み、テーブルにケーキを置いたら、今度こそ心行くまで唇を堪能。
そのまま、そこで押し倒して彼の甘い肌を―――――
・・・・・いや、今日の夕食は力を入れて作っている筈。
それを味わう前に本人を味わってしまったら――――彼は本当に怒ってしまうに違いない。
それは、やはり・・・・・マズイ。
―――色々と思考を巡らせた後、ロイは深くため息を付いた。
『食事を済ますまで、結局キスどまりか・・・・・・理性がもつだろうか?』
しかし、何でこんなに我慢しなければならんのだ!?
何回もらっても嬉しいのだから、別に付加価値などつけなくても良いのに!!
我慢させられたこの代償は大きいぞ、エドワード?
今日は、君が泣いても許してあげられそうもない。
私がどのくらい君を求めているのか、その身に思い知らせてやろう・・・・・・・!(ふはははは)
・・・・・・ロイの思考がちょーっとヤバイ方向に向いた頃、なかなか開かなかったドアがやっと開いた。
「ロイ、お帰り!!ごめん、ちょっとキッチンにいて手が離せなかったから・・・・・」
ドアが開いた途端、なかなか迎えに出れなかったことを詫びる妻の科白が聞こえた。
ロイの顔は思考にそったヤバイ表情だったのだが、それと同時に何事も無かったかのようにサッと引っ込めた。
(さすが、熟練)
「いや、かまわないよ。ただいま、エ――――」
そこまで言って、ロイは言葉を詰まらせた。
なぜなら・・・・・・エドの姿が、いつもと違っていたからだ。
上は、ふわふわと柔らかそうな毛糸を使ったアイボリーのセーター。
下は、コーデュロイ素材のベージュのスラックス。
彼はあまり柔らかい素材の服を着ることが無く、
ボトムもレザーやデニムなどを穿いている事が多い。
上も綿素材のシャツや、セーターを着てももっと目の粗いざっくりした物や、毛足の短い物。
色だって、黒など・・・比較的濃い色のものが多く、こんな柔らかい色や素材の物を身につけているなど珍しい。
しかも――――今日の髪型はポニーテール。
いつもは三つ編か、低い位置で一つに結ぶだけなのに、
今日は高い位置で結ばれているので・・・服装とも相まって、いつもとかなり印象が違う。
そして・・・普段はゴムで結ばれているだけの所に、ごく細い物ではあるがビロードのリボンが結ばれていた。
「・・・・・・・・・なんだよ」
ロイの反応が何に対してなのかわかっているようで、エドはほんのりと頬を染めて恥ずかしそうにそっぽを向いた。
「いや、すまない―――――あまりにも可愛くて・・・・・・」(心底感動)
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ、いいから、早く入れよっ!!寒いっ」
照れたエドの叫びに、やっと我に返ったロイがシュミレーション通りにバードキスを落として。
そして、今宵の二人きりの宴が始まったのだった。
******
「美味しかった〜vvvさすが、シェフ特製ケーキ!!」
「喜んでもらえたなら良かったよ」
夕食もかなりの量を食べていたのに、
食後にナイフを入れたクリスマスケーキも2カットほど食べたエドは、満足そうに紅茶を飲み干した。
その微笑ましい光景に顔は穏やかに緩むものの・・・やっぱりロイの内の熱い焔は消えていなくて。
エドが紅茶のカップをテーブルに置いたのを合図にして、ロイは隣りに座っていたエドを引き寄せた。
「うわっ!?」
「エド・・・・・食事も終ったし、プレゼントをもらっても良いだろうか?」
「・・・・・っ///」
「言っておくが、これ以上は待てないよ?」
「う・・・・・・・うん。いーよ・・・」
真っ赤になりながらも、健気に頷くエド。
妻の了解も得て、ロイは満面の笑みで彼に口づけを贈る。
甘い唇を存分に堪能してから、次に鎖骨の辺りに顔を埋めた。
――実は、襟ぐりが大きくとってあるデザインのセーターだった為、食事中もそこに触れたくて仕方かったのだ。
そこに漸く唇で触れることが出来て、ロイは満足げに喉を鳴らした。
「先ほどは君が話を逸らしてしまうから聞けなかったが・・・この服は、私の為に?」
彼の前髪を指でよけるようにして覗き込むと、恥ずかしそうに泳ぐ―――視線。
だが、意を決したようで、一つ息を吸うと此方を見つめ返してきた。
「だってさ・・・・・・今日のオレ、プレゼントだろ?」
少しラッピングしようかと思って。
女の人のように綺麗な服とかは着れないけど、
前にアンタが『着せてみたい』って言ってた、柔らかい服、着てみたら喜んでくれるかなぁ・・・と。
―――――そうはにかんだように微笑むエドに、ロイはもう撃沈寸前。
『可愛い・・・・・可愛すぎるっ!』
新妻のあまりの可愛さにクラクラと眩暈がしながらも、ゆっくりとソファーに体を横たえさせる。(その辺、そつがない)
「・・・・・じゃあ、この赤いリボンも、ラッピングなのかい?」
「〜〜〜〜〜〜っ、すっごく恥ずかしかったんだからな!!結ぶ時!!!」
恥らう姿もまた可愛くて、こめかみの辺りに口づけを落としながら耳元に囁いた。
「嬉しいよ、エドワード」
「・・・・・・ホントに?」
「もちろんだとも!!嬉しすぎて――――――――歯止めが効かないかも知れない」
君が一週間も我慢させるからだよ・・・・・覚悟は、いいかい?
あんまり可愛いので、少し意地悪。
そして・・・・・半分(かなり?)本気も込めてそう囁く。
途端に慌てだすだろうと踏んでいたロイだったが―――――
エドは、一瞬呼吸を止めて固まった後、目を閉じて・・・・・・・・・・聖母のようにふわりと笑った。
「いいよ」
「エド?」
「だって・・・・・”オレはアンタのもの”だろ?」
それは、今日くれると約束してくれた、言葉。
ロイは少し目を見開いた後、エドをじっと見つめて・・・・・・・そして、柔らかく笑った。
「・・・・・・・・・・・ありがとう。こんな素敵なクリスマスプレゼントは初めてだよ」
先ほどまでの凶暴な気持ちは消えて、優しい気持ちが心を満たす。
湧き上がるのは、激情よりも・・・・・温かい愛しさ。
「愛してるよ」
「オレも愛してる」
約束していたもう一つの言葉ももらえて、幸せは更に増すばかり。
そして、ロイの指がゆっくりとプレゼントの赤いリボンを解いていった―――――
******
「ん・・・・・・」
次の朝、目を覚ましたエドの目に入ったのは、
愛しげに自分を抱きしめるロイの腕と、
枕もとに置かれたエド宛の赤いリボンがかかったプレゼントの箱。
そして、自分の側で無防備にぐっすりと寝込む、伴侶の顔。
・・・・・・・それは、多分オレだけがもらえる、この男からの極上のプレゼント。
『メリークリスマス、ロイ』
ありがとう、と。
その頬に優しく口づけるエドだった―――――