「あ・・・・・」
「鋼の?」
路地を曲がったところでばったり見知った顔に出くわした。
自分の隣には、女性。
ついさっきまで、近くにあったバーで一緒に飲んでの帰り道。
もう日付が変わってしまった深夜。子供が一人でうろつくに遅すぎる時刻。
何で君がこんな時間にこんな所で?などと、色々問い詰める言葉が頭に浮かぶが・・・
その前に、頭に浮かんだ事―――
『どうせ、呆れたような・・・いや、嫌悪の瞳で見られることだろう』
この子供は自分と女性達との噂を耳にすると、あからさまに嫌悪感を表す。
まだ子供ゆえ、複数の女性達と愛のない戯れを繰り返す自分が汚らわしく見えるのだろう。
・・・・・言わせてもらえば―――――大人には大人の事情があるし。
彼女達も楽しんでいるので、それ自体は誰にも咎められるようなことではないと思っている。
だが、この子供の美しい金の瞳で見下されるのは、ロイとしても少々辛かった。
『マズイところを見られたものだ・・・・・』
噂を耳にしただけでも、あれほどの嫌悪感を示されていたのだ。
実際出くわして、どんな顔をされるのやら。
ロイは一度目を伏せ、内心で大きくため息をついてから――――口を開いた。
「いくら腕に自信があるとはいえ、こんな時間に子供が出歩くのは関心せんな」
『うるせーな』『オレの勝手だろう?』『アンタこそずいぶんとお楽しみだな?』
いろいろな言葉を予想しながら待つが、なかなか答えは返って来ない。
訝しげに顔を上げたロイの瞳に映ったのは――――
嫌悪の表情ではなく
先ほどの、驚いて目を見開いたままの顔でもなく
―――――――何処か、落ちこんだような・・・・・沈んだ表情。
「鋼・・・・・?」
「うん・・・ごめん。もう、帰るから」
「!?」
いつもの彼からは想像できないような科白を言って、
エドはフイと顔をそらすとそのまま走り去ってしまった。
「ロイ、あの子誰なのー?」
「あ?・・・ああ。ちょっと知っている子供なのだが・・・・・」
アルコールの香りをさせて甘えたように聞いてくる連れに、適当な答えを返しながら、
ロイは呆然と彼の後姿を見送ったのだった。
『今宵貴方と一夜の夢を』・・・前編
「まさか・・・・・ホントに出くわすなんてな」
ロイの前から走り去ったエドは、やっと立ち止まった路上でポツリとそう呟いた。
アルが以前拾った猫の里親の家に泊まりに行ってしまったため、今日のエドは一人きり。
それを良い事に本を読みふけっていたのだが、いつもの集中力を発揮してしまい・・・
結局、夕食を食べ損ねてしまった。
普段なら我に返って『腹減った〜!』と騒ぎ出す自分に、
小言を言いながらもアルが確保していた食事を差し出してくれるのだが・・・その弟も今日はいない。
結果、エドはすきっ腹に耐えかねて夜の町に踏み出すはめになった。
普通のレストランはもう閉まっている時間。なら、もう繁華街に行くしかないだろう。
自分は子供なので入れてくれないかもしれないが・・・一軒位、食べ物を分けてくれる店もあるだろう。
なにかテイクアウトさせてもらうつもりで、エドは飲み屋を覗いて歩いた。
追い払われたり、嫌な顔をされたりして三件目。
やっと優しげなおばさんが切り盛りする店にたどり着いたエドは、
同情したおばさんの大サービスを受けて、その場でたらふく夕食を食べさせてもらえた。
帰り際、夜道を心配するおばさんに『大丈夫』と笑って見せ、
ジュースを奢ってくれた常連客のおじさんに手を振り、店を出て一旦宿に足を向けたエドだったが・・・
歩きながら不意に、昼間に聞いた噂を思い出した。
『今日は大佐、デートらしいぜ』
『またかよ、羨ましいなぁ・・・・・』
そう噂していた側近達。
「もしかして、この辺りで飲んでるのかな・・・・・・」
そんな気持ちが沸いて、エドは再び繁華街に足を向けた。
だが、少しうろうろしてみたものの、見当たらない。
そのうち、客待ち中の春を売る少年と勘違いしたおっさんに声までかけられて出して、
仕方なしに、エドは人気のない路地に逃げ込んだ。
一息ついて、エドは自嘲的に笑う。
「見つけてどうするってんだ・・・・・・・・」
気になって夜道をさまよってみたりしたが、
大佐のデート現場を見つけたら――――――――――自分は落ち込むだろう。
何故なら、自分はあの男に恋をしているのだから
叶わぬことだと思っているから告白するつもりも無いが、やはり好きな相手のことは気になって。
彼の名前が出ればついつい耳をそばだてて、噂話も聞き入ってしまう。
だが、聞こえてくるのは美しい女性達との華やかな噂ばかりで、聞くたび眉間に皺が寄る。
噂だけでもあんなに嫌な気持ちになるのに、現物を見てどうするつもりなのかと、自分に呆れた。
だけど――――
「まぁ・・・・・見たら、この気持ちに区切りくらいはつけられるかもしんね―けどな」
エドはそうつぶやいて、その路地から1歩足を踏み出した。
足を踏み出した途端、エドの瞳は驚愕に見開かれる――――
・・・・・・・そこには、ロイと女性が立っていた。
******
「これは・・・・・やっぱり気持ちに区切りをつけろって、天の声なのかもなー」
こんな気持ちはこれで捨ててしまえとの、神の啓示なのかもしれない。
どうせ告白するつもりも無い想いだった。
いつまでも胸に抱えていても仕方ない・・・・・・
これで、アイツへの想いはきれいさっぱり捨てて――――――
「・・・・・・・・っ」
ポロリと落ちる涙
「くそっ・・・・・・・みっともねぇ」
乱暴にそれを拭うが、涙はとまらない。
「馬鹿大佐・・・・・・!」
やつあたり気味にそう呟いた時――――後ろから声が掛けられた。
「鋼の・・・」
「・・・・・っ!?」
掛けられた声に振り向き、驚愕で目を見開く。
何故彼がここに?・・・・・・デート中だったはずだろう?
そう思いながら、何とか声を絞り出した。
「なん、で?」
「・・・・・・・・泣いていたのか?それこそ、なぜ?」
聞いた問いには答えてもらえず、反対に聞き返されて。
そして、ゆっくりと腕が伸びてきたと思ったら、長い指が涙をすくって行った。
慰めだろうその行為が、凄く恥ずかしくて・・・エドは僅かに頬を染めて顔を背けた。
「アンタには、関係ねえ」
「そんな訳無いだろう。先ほど人を『馬鹿』呼ばわりしていたじゃないか」
先ほどの呟きを、しっかり聞かれていたらしい。
言い逃れできなくなって、エドは唇を噛む。
すると、また腕が伸びてきて・・・噛むのをやめさせるように、ロイの指がエドの唇をなぞった。
唇に、触れられた・・・・・
指だけど、アイツがオレの唇に触れたんだ。
・・・・・そう気がついて。
エドは、自分の気持ちにはめておいた枷が外れる音を聞いた。
―――――――――はらはらと、再びこぼれ出す涙。
「たいさ・・・・・」
「は、鋼?」
焦ったような声が降りてくる。でも・・・かまわず続けた。
「オレ・・・」
涙も拭わずに、ただ彼を見つめる。
「オレ・・・・・・・・・・・・・・・アンタが、好き」
「!?」
驚愕に見開かれた表情。
きっと凄く驚いているのだろう。
・・・・・そして、困っているだろう。
でも、もう言葉は口から滑りでてしまった。
後戻りはもうできない。
彼がこの想いを受け止めてくれる事など無いだろうけど、
だけど―――――――――――彼は、優しい男だ。
『これで、これで終わりにするから』
だから、今だけアンタの優しさにつけこませてくれ―――――
エドは足を踏み出すと、ぶつかるようにロイに抱きついた。
「なぁ、遊びでいいから―――――――――抱いてよ」
「・・・・・・エドワード」
「いいだろ、アンタ毎日女変えてるっていうじゃん。なら、今日はオレでもいいだろ!?」
今日だけだから、後は迷惑なんて掛けないから。
――――――――――――だから、抱いて。

泣き落としなんて、卑怯な事だと分かってるけど
どうせ、もう後は無いのだ。卑怯だろうが、みっともなかろうが、かまうもんか!
エドは涙を抑えることをせず、しゃくりをあげながらロイの胸に顔を摩り付けた。
そして、優しい男の腕が自分に向かってのびてくる・・・
ぎゅっと抱き返されて、眩暈がした。
その幸せに酔っていると、耳元に低音が吹き込まれた。
「・・・・・・・・・・・・・・・おいで」
肩を抱いて進む男に身を任せ、エドは再び夜の道を歩き出した――――
*******
「今の君は、少し正気を失っているかもしれない・・・・・・本当に、後悔しないか?」
額にキスされて―――――そう聞かれた。
エドは、迷うことなくこくんと頷く。
頷いたと同時に視界が揺れて、天井が見えた―――――
「さ・・・たい、さ・・・たいさ・・・・・」
うわごとのようにロイを呼ぶ。
想像外の体験に、思わず拒否の言葉が喉元までせりあがってくるが、それを必死に呑みこむ。
これは自分が望んだ事なのだから・・・と、『いや』という代わりに彼の名を呼んだ。
でも、彼には初めてゆえのオレの不安や恐怖がわかっているのだろう。
震えるたび、涙がこぼれるたび、慰めるような優しいキスが落とされる。
強張った体は、そのキスに溶かされて・・・また熱を持つ。
怖いけど、不安だけれど・・・・・・・それ以上に、彼に愛されたかった。
そして、抱かれている間中、何度も囁かれる言葉。
「エドワード・・・・・・愛してる。私も君を愛しているよ」
その言葉は、涙が溢れるほど嬉しくて――――そして、心臓を掴まれたように、苦しい。
だって、それは彼の本心ではないだろうから。
ベットを共にした者への礼儀なのか
それとも、アイツを求めるオレを哀れに思ってなのかは分からない。
分からないが・・・・・彼は何度もその言葉を繰り返した。
・・・・・・そして、本心で無いそれを言わせているのは、紛れも無くオレなのだ。
『・・・・・・・ごめん』
最後、だから。
これで・・・・・・もう、忘れるから。
心の中で呟いた謝罪は彼には聞こえないはずだけど
彼は、また慰めるように、キスを寄越した―――――
「愛してる・・・・・」
再び寄越された言葉に、彼を見つめる。
「すき・・・・・オレも、すき。――――愛してる」
今だけ、アンタの恋人でいさせて。
エドは心の中でそう呟いて、震える腕を彼へと伸ばし、抱きしめた―――――――