「ん・・・・・まぶし・・・・・」
エドはカーテンの隙間からこぼれる光に、まぶしそうに顔を顰めた。
それから、ゆっくりと金の瞳が開いて、辺りをきょろきょろと見まわす。
次に、起き上がろうと体を起こしかけて、ギクリとしたように動きを止めた。
「う・・・・・」
腰の辺りに、鈍い痛み。
しかも、よく見れば自分は裸で、動いた拍子にシーツが滑り落ち、あらわになった胸には――――
「うわっ!?」
エドは突然そう叫んだと思うと、シーツを頭から被って丸くなった。
やっと覚醒した頭に、夕べの出来事がありありとよみがえる。
『オレ・・・・・なんてこと・・・・ど、どうしよっ!?』
夕べは、なぜか抑えていた感情が溢れ出してしまい・・・・・
色々と凄い事を口走り
みっともなく泣きじゃくり
恥知らずにも、懇願した。
アイツはオレの望みを聞いてくれて、昨夜オレを抱・・・・・
「だあああっ〜〜〜〜〜!!」
エドが奇声を上げて髪を掻き毟っていると、ガチャリと寝室のドアが開く。
レモン水の入ったコップを載せたトレーを片手に室内に入ってきた男は、
ベットの上の丸いふくらみに首を傾げた。
『今宵貴方と一夜の夢を』・・・後編
「エドワード?」
「ぎゃっ!?」
名前を呼んだ途端、再び縮こまる・・・ふくらみ。
ロイは苦笑しつつそれに近づくと、サイドテーブルにトレーを置き、ふくらみの側に腰掛けた。
「エド・・・・・顔を見せてくれないか?」
「や、ヤダ」
「・・・喉、乾いていないかい?レモン水を持ってきたよ?」
「あ、後で飲むから・・・そこに置いといて!」
「お腹だって空いているだろう?食事の用意もしてあるから起きてくれないか?
起きるのが辛ければ、ここに運んであげるから・・・とりあえず、顔を見せて欲しい」
ガンとしてシーツから出てこないエドに、ロイはあやすように優しく語りかけながら、
頭のあたりを撫でてやる。
シーツ越しに優しい手を感じながら、エドは再び涙が滲んで来るのを感じた。
『優しくなんて、しなくていいのに』
もう、一夜の恋人ごっこは終わったのだ。
アンタにとっては、少し後ろめたいのかもしれないけれど・・・
アレはオレが頼んだ事だから、アンタがそんなものを感じる必要はない。
夕べ・・・・・・十分に優しくしてもらった。
だから、もういいんだ。
もう朝になってしまった―――――――― 一夜の夢は、終わったんだ
唇を噛み締めて、エドは再びこぼれそうになった涙をこらえた。
声が震えないように、なるべくいつもの自分の声に聞こえるように気をつけながら口を開く。
「・・・・・・そんなに、気をつかわなくてもいいぜ?」
「エド?」
「アンタからすりゃ、少し後ろめたいのかもしんないけど・・・アレ、合意だったし」
「・・・・・・」
「オレだって割りとイイ思いさせてもらったから、気にすんなって。
昨日の事は―――――――――――――――まぁ、『一夜の夢』って事で」
だから、忘れていいから。
・・・・・・・・・オレも、忘れるし。
そう言った途端、グイと引っ張られ、一気にシーツを剥ぎ取られてしまった。
体を覆う物が取り払われてしまい、エドは慌てて剥ぎ取った男を見上げると――――
そこには、怒りの表情のロイがいた。
「たい・・・・・」
「忘れろ・・・・・だと?」
竦むような眼光に、エドはビクリと震える。
ロイは腕を伸ばすと、エドの二の腕辺りを掴んだ。
「忘れる、だと?お前にとって、簡単に忘れられるような、その程度のことだったのか?」
「・・・っ、たい、さ・・・痛っ!」
「昨日私を好きだと言ったのは嘘だったのか?戯れだったのか!?」
迫る男から逃れようと体を動かすが、その前に今度はきつく抱きしめられてしまう。
怖いし、自分は一糸纏わぬ姿で抱きしめられていると言うのも、いたたまれない。
どうしたら良いか分からず、我知らず小刻みに体が震える。
―――――だが、ロイもその震えを感じ取ったらしく・・・暫らくして、ため息と共に腕が緩められた。
「すまない・・・・・・怖がらせたいわけじゃないんだ」
「べ、別に・・・怖くなんか」
俯いてそう答えると、昨夜と同じ・・・慰めるような優しいキスが額に落とされる。
「んっ・・・・・」
その感触に一度目を瞑り・・・再び開けると、そこには静かにこちらを見つめるロイが見えた。
「エドワード。確かに昨日の君は少し正気を失っていたかもしれないが・・・・・
だが、君の言葉はその場限りの戯れには聞こえなかった。
・・・・・あの言葉は君の心の内に秘められていたものだと、そう感じた」
・・・・・・だから、昨夜私は君を抱いた。
あれは・・・・・・私の勘違いだったのか?
体を少し離し、静かに聞いてくるロイ。
エドは静まった彼にホッとしつつ・・・今度は、自分の方が苛立つのを感じた。
『・・・折角、なかった事にしてやろうとしているのに、何で追求するんだ?
だって、だって・・・今「好きだ」なんて言われて困るのは・・・・・・』
ぎゅっと拳を握り締め、顔を上げてロイを睨みつけ―――言った。
「それを聞いてどうするってんだ?・・・・・・・・困るのは、アンタだろ?」
「エド?」
「折角、これで忘れようと思ってるのに!!なんでオレの心の内を暴こうとするんだ!?」
エドは、癇癪を起こした子供のように、頭を振り・・・・・・叫んだ。
「同情は昨日ので十分だ!!」
そう叫んでから、エドはぎゅっと目を瞑って俯いた。
すると―――――
「誰が、同情などしているんだ?」
聞こえてきたのは、呆れたような、少し怒ったような、声。
「え・・・・・?」
「君、昨夜の事を覚えていないのか?」
「え、いや・・・・・・・・・・覚えてるけど」
「なら、何で『同情』なんて言葉がでてくるんだ?」
「何でって・・・・・・」
「昨夜、私達は両思いだとベットの上で確認しただろう?」
私達は、今日から『恋人同士』だろう?・・・『同情』なんかの訳がないじゃないか。
ロイの言葉に、エドは唖然と彼を見上げた。
「こ、恋人?・・・・・・両思い・・・って??」
「・・・・・・昨夜、何度も『愛してる』と伝えただろう・・・・・」
「え!?あれ・・・・・・・・・・・・・マジな言葉だったの?」
「・・・・・なんだと思ったんだ?」
「えーと、なんつーか・・・・・・いわゆる、『リップサービス』・・・・・・・・・みたいな?」
おずおずとそう答えると、目の前の男が激しく脱力するのが見えた。
大きなため息と共に項垂れるロイに、エドは混乱がぬけない頭で言い訳をする。
「だ、だって、アンタがオレを好きになるわけないって思ってたしっ・・・!
実際―――昨日だって、女の人とデートしてたじゃないか!」
昨日だけじゃなく、女の人との噂ばっかだったじゃないか!
オレ、聞くたび嫌な思いしてたんだからな!
――――――そう唇を尖らせると、ロイは微妙な顔をして。
『嫌悪の表情はそのせいだったのか・・・・・・』と呟き、再び大きなため息をついた。
「あれは・・・・・・・・・・大人の事情だ」
「なんだよ、それ。大人にしかわかんねぇってか!?・・・どうせオレは子供だよ!!」
馬鹿にしやがって!!と、プリプリ怒り出すエドに、ロイも少々むっとした顔をして。
そして、腕を伸ばして、ぐい・・・とエドを引き寄せた。
抱きしめると、慌てた表情。
でも、お構いなしで顔を寄せ、わざと耳元で囁いた。
「――――――――ああ、大人にしかわからない事情だとも?
子供は見つめるだけで十分だったかもしれないがね、大人はそうはいかないんだ。
好きだと思えば、触れたくなるし、触れてみれば――――抱きたくなるし。
でも、相手は子供だ・・・・・・・・正直、思うだけでも犯罪に近い。
抑えなくてはと思うが、つい君の唇に目が行く―――君が、私の下であえぐ様を夢で見る。
・・・・・・・となれば、なにか別な事で気を紛らわせて抑えるしかないだろう?」
一気に言って彼の顔を覗き見ると、そこにはゆでだこのように真っ赤になった、彼。
ロイはそれを見てクスリと笑ってから、優しく額に口付けを落とした。
「だから・・・昨夜は嬉しかった。天にも昇る心地だったよ。
――――――あらためて・・・・・・・私の恋人になってくれるかい?」
見つめながらそう言うと、金の瞳がこちらを見上げて・・・・赤い顔のまま、こくんと可愛らしく頷いた。
それに頬を緩めながら、今度は唇にキスを落とす――――
何度も口付けを贈ると、彼の腕が上がり・・・こちらに伸ばされ、絡みついた。
******
「それにしても・・・・・昨日のオレ、いったいどうしちゃったんだろうなぁ」
長いキスの後。
余韻でぼんやりとしながら、ロイの胸に体を預けていたエドはそう呟いた。
大佐のことが凄く好きで、苦しかったけど・・・本当に告白するつもりなどなかったのだ。
デート現場を見たのは確かにショックだったけれど、あそこまで取り乱さなくても・・・・・・と、
今更ながら恥ずかしくなる。
・・・・・・まぁ、お陰で両思いなのが分かったので、結果オーライだった訳だが。
そうでなければ、今ごろ物凄く居たたたまれない事態に陥っていただろう。
それにしても自分らしくなかった・・・と首を捻るエドに、ロイは事も無げに言った。
「子供が酒など飲むからだ。・・・今後は慎みたまえ」
その言葉に、エドは『きょとん』と、ロイを見あげた。
「・・・・・・・酒?」
「ん?飲んだんだろう、昨夜?」
「え、んなもん、飲んだ覚えねぇよ!」
「もしかして・・・・・君、知らずに飲んでしまったのか?」
あるいは、騙されて誰かに飲まされたのか?と、ロイは眉間に皺を寄せた。
「君が昨夜、路上で泣きながら抱き着いてきた時、僅かだがアルコールの匂いがした」
だから、酔っているのだと分かって家に連れてきた。
・・・・・・本当は、酔って正気を失っている相手を抱くつもりはなかったのだが、
擦り寄ってくる君に煽られて―――自分も酔っていたのも手伝って、抑えが効かなくなった。
僅かに繋がっていた理性で
『今の君は少々正気を失っているかもしれないが、本当に後悔しないか?』
・・・・・そう聞いたのだが、迷うことなく頷かれ。
とうとう、理性が切れたのだと、ロイは苦笑した。
ロイの言葉に唖然としながら、エドはそれでも納得いかないように首を傾げる。
「・・・・・・・・・でも、やっぱりオレ、そんな物飲んでないよ。
アンタに会う前確かに酒場で飯食わせてもらったけど、店のおばさんが出してくれたのは料理だけだし、
―――後は、慌てて食べて咽た時に、隣に座ってたおっさんがくれたジュースを飲んだくらいで・・・」
昨夜のことを思い出しつつ首を捻るエドに、ロイがため息をついて指摘した。
「・・・・・多分、それだな」
「へ?ジュースの事?だって・・・・・・本当にオレンジの味で」
「オレンジジュースに酒を混ぜたカクテルもあるんだよ」
「マジ!?じゃあ、昨日のオレって・・・・・酔っぱらって・・・・・」
「とにかく!これからは酒類を飲むのは禁止だ」
君、ちょっと酒癖が悪い。
苦笑気味にそんな事を言われ、エドはガクリと頭をたれた。
『うう・・・あんなに泣いちゃったのもそのせい?・・・もしや、オレって泣き上戸なのか?』
意外な自分に出会ってしまい、思わずヘタレてしまう。
そして、『呆れてるかな・・・』と、ちょっと心配になって、チラリとロイを見上げた。
目が合うと、ニヤリと嫌な笑顔。
「・・・・・まぁ、私の前だけでなら飲んでもかまわないよ?」
擦り寄ってくる君は凄く可愛かったからね。
そんな事を言われ、こめかみに口付けられて、赤面。
「ぜって―飲まねぇ!!」
そう叫ぶように宣言すると
『それは、残念』などと、笑われた。
それにむかついて・・・・・でも、恥ずかしくて。
照れ隠しも手伝って、ぶつぶつとロイへの悪態をついていたら、急に顔を覗きこまれた。
ギョッとして見つめ返すと・・・・・なぜか、真剣な表情。
「た、大佐?」
「それにしても・・・昨日の告白をすべて偽りと思われていたなんてな」
「え、あ・・・・・ごめん」
「いや。君のせいだけではなく・・・・・私が、少々手加減しすぎたせいかもしれない」
「・・・・・・・はぁ?」
理解できない言葉に、素っ頓狂な声を返すが、ロイはそれを意に介した風もなく続ける。
「私としても男を抱くのは初めてだし、君は行為自体初めてだろうと思ったから―――
昨夜は、とにかく優しくしなければと・・・それだけを頭においていたからな。
そのせいで私の、この熱い想いが伝わり辛かったのかもしれん」
それが、君にはとっては『同情で、仕方なく』にしか思えないほど
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・物足りなかったのだな?
そんな事を言い出したロイに、エドはしばし呆然として
次に、こちらを見つめる瞳が艶っぽい光を宿したのを感じて、急激に慌て出した。
「や、別に十分だったから!全然物足りなくなんてねぇし!?」
つーか、昨日のでいっぱいいっぱいだったんだけどっ!?
物足りないって・・・・何が、どう足りなかったってんだ!?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つーか、アレより凄い事って・・・・・・ナニ?
顔色を悪くして固まるエドに、ロイは再び顔を近づけて。
金の瞳を覗きこんだ黒い瞳が――――――――――――ニッと意地悪に笑った。
またあっという間に視界が変わり、上から見下ろした男は魅惑的な低音で囁く。
「これからは、もう勘違いなどされないように―――君には、もっと情熱的に愛を伝える事にするよ」
ちょ・・・っ!?ま、まて〜〜っっ!!
エドのその叫びは唇から出ることが叶わず。
結局―――――――朝食は、しばしお預けになったらしかった。
******
「さて・・・用意が出来たよ。ご機嫌はいかがかな?」
「最悪だ・・・この意地悪男っ!」
かなりの時間がたった後。
『オレじゃなくて、アンタが物足りなかっただけじゃねーか!!』
ベットの上から、そう涙目で悪態をつくエドの前には、
温めなおされ、湯気が上がる食事と、機嫌取りに新たに用意された沢山のスイーツ。
そして、隣には―――――用意されたどのスイ―ツより甘い視線を注ぐ、出来立ての恋人が一人。
どうやら、『一夜の夢』だったはずの昨日の夢は、まだまだ続くらしかった―――――