セントラル司令部にて。
廊下を歩いていると、聴きなれた声が聞こえてきた。
「よう、大将じゃねーか。久しぶり!」
「ハボック中尉・・・・・久しぶりって、アンタとは毎日会ってるじゃねーか?」
エドは振りかえって呆れたような声を出した。
確かに結婚直後に銀時計を返還してしまったから、自分自身の軍との縁は切れた。
その為、確かに軍司令部に来る事などほとんどなくなってしまったが――――
結婚相手が軍の高官だったので、軍とまるっきり縁が無くなってしまった訳ではないし、
自分の伴侶の護衛兼運転手もやっているこの男は家まで送り迎えにくる為、毎日朝晩顔を見ているのだ。
「ああ・・・・・でも、司令部で顔を合わすのは、久しぶりか?」
「そういうこった・・・・・ところで、もしや旦那にさし入れにきたのか?」
ハボックはチラリとエドの手に持っているものを眺める。
彼の右手には着替えが入っていると思しき紙袋。
左手にはかなり大きいが弁当が入っていると思われるバスケット。
「誰が『旦那』だっ!!男同士で旦那も女房もねぇだろ!?」
「そうはいうが・・・・その格好見るとなぁ。なんかすげぇ・・・・・良妻?」
「アホかっ!・・・・・・・事件やらなにやらでここ三日間帰ってねぇだろ?
着替えが無くなったって言うから持ってきてやっただけだろ」
エドは頬に少し朱をはしらせて、口を尖らせて反論する。
だが・・・・・此方から見ればやはり良妻以外の何者でもない。
だって、確かに着替えは無くなったろうが、軍施設内には日用品が買える購買があるし・・・
なにより、手作り弁当付きである。
しかも、多分彼が今日来たのは・・・今朝方『旦那』がかけていた電話のせい。
『帰れなくて着替えがない』から始まって。
『君の声が聞けなくて寂しかった』とか
『君の姿を3日も見ていなくて、私の瞳は光を失ってしまいそうだ』とか
『君の体温を感じられない日々なんて、まるで生き地獄』とか。
・・・・・挙句の果てに。
『会いたくて・・・・・・・・・・・・死にそうだ』
などと、本当に死にそうな声で電話をかけていた。
(冗談ではなく、本当に死にそうな表情になっているのが笑えない・・・だって、たかが3日だろ!?)
それを思い出してため息をつきつつ、ハボックは顔を紅くして反論する『上官の奥方』を再び眺める。
それにしても、この間まで悪ガキにしか見えなかった子供が、今は『夫』を家で待ちながら家事などしているとは。
本当に、人生ってどう転ぶか分からないものだ。
・・・・・もちろんこの子供にメロメロな上官は
『そんな事はしなくてもいい、君は好きな事をしていなさい』などと、人を雇おうとしたらしいが―――
当の本人がそれを拒否し、自分の錬金術の研究はしっかりとやりつつも、家事を完璧にこなしているらしいのだ。
『旦那』によれば・・・特に料理の腕はぐんぐんあがっているらしい。
「なんか・・・・・意外な感じだよな。お前が家で家事とかしてんのって」
あんなにあっちこっち飛びまわってたお前がなぁ?
心底感心したように呟くハボックに、エドは眉を寄せる。
「あのなぁ・・・・・前は必要だったからそうしてたんだろ?好きで歩き回ってた訳じゃねぇ!
それに、今だって家で閉じこもってる訳じゃねぇぞ?
入学はしてねぇけど、大学に特別聴講させてもらってるし、大学院の研究室にも顔だしてるし」
自分の研究もやってるから結構忙しいんだと、エドは心外そうにハボックを睨んだ。
睨まれて―――慌てたようにハボックは顔の前で両手を横に振って見せる。
「別にお前が暇持て余して家にいるなんておもってねぇよ!
・・・・・たださ、お前が家で大人しく家事なんかしてるのって、想像つかなくて」
特に料理は腕あげてるらしいじゃねぇか?お前料理好きだったんだなー!
焦りながら矢継ぎ早に言い訳する男を一瞥して、エドはため息をつくとポツリと呟いた。
「・・・・・・ハマっちまったんだ」
エドの呟きにハボックは一瞬ポカンとして、そしてすぐに『ああ!』と手を打った。
「料理にはまっちまったんか・・・そういや、軍の宿舎にも何人かそう言う奴いたなー」
「ま、そんなとこ。あ、これ・・・皆も暇あったら食べてくれよ」
「うお、これお前の手作りピザ!?生ハム!アスパラ!!うまそう〜!!!」
感激するハボックの手の上に側近達用に持ってきたピザをバスケットから取り出してのせてやり、
エドは軽く手を振って、ロイの執務室に向かって行った。
******
執務室の前に着くと、中から聞きなれた声が聞こえてきた。
そっと・・・・・少しだけドアを開けて覗きこむと、執務椅子に座る伴侶と、机の前に立つ三人の部下。
セントラルに来てから配属になったのだろう。
エドは面識のないその部下たちに、ロイは書類を差し出しながら、テキパキと指示を与えていく。
それをしばしドアの隙間から見つめるエドだったが・・・・・
それぞれが指示を与えられ、寄越された書類を片手に敬礼した所で、ロイがドアに視線を送った。
「誰だ?」
「え・・・・・?」
上官の言葉に、部下達も一斉にドアを振向く。
それをきっかけに、エドはドアを大きく開いた。
「ちはー。・・・・・・今、邪魔かな?」
現れた人物に部下たちはもちろん、ロイも一瞬目を見開いて。
そして――――――――ロイはふわりと笑った。
「エディ」
聞いた事も無いような甘い声に、部下たちはぎょっとしたように上官に向き直り、そして再び驚く。
若くして将軍の地位につくエリート軍人であり、
その錬金術は万の兵に勝ると恐れられる、焔の錬金術師。
憧れと畏怖を胸に部下として働き出してみて・・・やはり感じるカリスマと才能。
そんな上官が・・・・・・見た事も無いような表情をしていた。
それは―――――――――愛しさがあふれ出るような、甘い顔。
呆然としていると、またいつもの表情に戻って「下がってよし」と告げられ・・・・・
部下たちは慌てて敬礼をすると、ドアの所でエドに会釈をして出ていった。
(多分、この部屋に声が届かない範囲まで離れたら『噂の焔の将軍の奥方を見た』と、大興奮状態になる事だろう)
入れ替わりで入室したエドに、ロイは立ちあがって進み、腕を開いた。
「エディ・・・・・来てくれたのか」
「アンタが着替えが無いだの何だの騒ぐからじゃねーか」
「だって、本当に無かったし。・・・・・寂しかったんだ」
「たった三日で何言ってんだ、馬鹿」
しょうがねぇ奴。
そう言いながら進み出て、彼の腕の中に入ると―――とたんに背中に回される手。
「三日も、だよ」
漆黒の瞳が、拗ねたように見つめる。
「三日くらい、なんだよ?」
今までは数ヶ月会わないのがざらだったんだぜ?と、そう言うと・・・
『それはそうだが、あの時は仕方ないから我慢するしかなかったんだ』とか
『でも今は君が近くにいるのが分かってて会えないから辛いんだ』とか、
ますます、拗ねたような顔になる。
それに苦笑しつつ、降りてきた唇を止めるように、彼の顔に着替えの袋を押し付けた。
「まずは着替え受けとれよ?」
紙袋を押し付けると、『ありがとう』とは言いつつも、
エドから腕を放さねばならないのが嫌な様で、なかなか受け取らない男。
『おい』と促すと、ため息をついてようやくまわした腕を解き、
袋を受け取ってデスクの上に置くべく戻っていく。
そんな伴侶の横顔を、じっと見つめる。
隈・・・出来てるな。
それに、襟章曲がってる。
あ・・・・・・・不精ヒゲ生えてる。
―――――――――ホンのちょっとだけだけど、痩せた気もする。
エドは、ロイを追ってデスクの前まで行くと、彼の隣に並ぶ。
そして、バスケットをデスクの上にドンとのせた。
驚いたように此方を見る彼に、業と顔を顰めて見せる。
「ロイ・・・・・ちゃんと飯食ってなかったろ?タラシ顔が台無しだ」
「タラシじゃなくて色男、だろう?・・・・・食事の用意もしてくれたのか」
キスを止められてしょげた顔をしていた男は、途端に満面の笑み。
「忙しかったのもあるが・・・君のいない食事は味気なくてね。あまり食が進まなかったんだ」
それにセントラルの軍食堂は、正直不味くてね。
君の作ってくれたものが食べたくて、仕方なかった。
そう言いつつ、まるで子供のようにウキウキした様子でバスケットに掛かったナプキンを外して。
中身をのぞきこむと、好物を見つけたようで・・・その顔に浮かぶのは素直な歓喜の表情。
それを見ながら、エドは心の中で呟いた
『はまっちまったんだよなぁ・・・・・・』
自分が何故一生懸命に家事もこなしているかというと・・・ハマってしまったのだ。
――――――――14も年上のこの男が見せる、表情に。
結婚してから・・・・・・・・何かしてやるごとに、この男はめまぐるしく表情を変える。
オレの行動に一喜一憂して、喜んだり凹んだりと忙しい事この上ない。
結婚前のイメージとのギャップに最初は驚いたものの・・・今では慣れてきて。
なんか、『かわいい』とか、思いだして――――
・・・・・・・・・・・そんでもって、ハマってしまったのだ。
30男の『可愛らしさ』にハマるなんて、我ながらどうかしてると思いつつも、
喜んでくれると、嬉しくてついつい世話を焼いて。
凹むと、鬱陶しいとか思いつつもなんだか愛しくて・・・・・つい甘やかしてしまう。
こんな楽しい事・・・少しの手間を惜しんだせいで他人に譲らなくてはならなくなるのは、悔しい。
だから、家事も人任せにできない。
「・・・・・昼時だけど、今食べる時間あるか?」
「ああ。区切りがついたから、丁度休憩しようかと思っていたところだ」
「んなら、バスケット持って帰りてぇし、食べ終わるまで待ってる」
食べ終わるまで一緒にいてやると匂わすと・・・・・途端に、とろけるような微笑。
「それは、嬉しい!でもその前に・・・・・・・・いただいてもいいかな?」
強請るような視線に、頬が熱くなる。
こんな所(執務室)で何言ってやがんだ!とはおもいつつも・・・やはりその瞳に負けてしまう。
了承を伝えるように目を瞑ると、背中に回される、腕。
そして、程なく唇に触れる感触――――――
熱い唇を受けながら、『本当にオレってコイツに甘い』と、自分にため息。
しだいに調子に乗って不埒になっていく手を、いつハタキ落とそうかと考えつつも、
引き返せるギリギリのところまでは、好きにさせてやろうかな・・・なんて、
つい思ってしまうのが、既に重症なんだろうなぁと、密かに落ち込んだ。
・・・でもそんな瞬間にさえ、なんか幸せを感じてしまうんだから、もうどうしようもない。
ハマったのは、家事でも料理でもなく――――――ロイ・マスタングという、男。