「うわっ!?」
すれ違った若い兵士が、足元を駆けていった小さな影にぎょっとしていたが、構わず走り抜ける。
そのまま一目散に走って門を抜け、軍の敷地から出た―――
『大総統閣下の愛猫』・・・11 
軍施設から十分離れたところで一旦足を止め、目に留まったベンチの下に身を隠した。
呼吸を整えて一息つくと、ぺたりと地面に腰を下ろして考える。
『これからどうする・・・?』
本当は、あんな得体の知れぬ者をロイの側に置いたまま軍の施設を出るのは嫌だった。
奴の言っていた『ロイに惚れた』といった意味合いの言葉を信じるならば、彼に危害を加える事はないと思うが・・・あれは魔物、人外の者。その言葉を鵜呑みにする訳にはいかない。
だから、本来なら自分が側にいて彼を守りたい。
―――だが、一方で『自分が猫になった』のは紛れもない事実。
猫の身となった自分一人の力では、奴にはとても対抗できない。
『どうする・・・?』
もう一度、己に問いかける。
この窮状、打破するには助けが要る。
だが、いつも親しくしてくれている人たちは気付いてくれず、言葉も通じない。
そして・・・頼みの綱の恋人に至っては、バケモノに惚れられた上に、バケモノの色仕掛けにデレデレしている始末だ。
『あのアホが・・・っ!』
ガリ・・・と、石の地面に爪を立てる。
アイツはアホでサボリ魔でタラシで・・・おまけに浮気者でっ!
『いや、浮気とは違うか・・・?アイツがデレデレしているのは自分と瓜二つの偽者で、本物だと思い込んでいるからのデレデレ加減なので、浮気とは言えないかも・・・』
そこまで考えて、エドは我にかえってカクリと項垂れた。
自ら罵詈雑言で貶めておいてから、最後には結局彼の擁護に回る自分が憎い・・・。
『だってさ・・・アホだけど、好きなんだ・・・・・・』
毛に覆われた手を見つめて、顔を歪める。
―――ロイ・・・オレ、猫にされちゃったよ。
人前では言葉も喋れなくされてさ、誰も気がついてくれない。
アイツはオレの姿でいけしゃあしゃあと仕事をしているが、能力までコピーされているから、問題も起こらないだろう。
だけど、アイツはオレじゃない・・・オレじゃないんだっ!
気づいて・・・!
心の中でそう叫んだ時・・・急に人の気配を感じて、ビクリと震える。
ベンチの下を覗き込もうとする人影を見つめつつ、エドは身構えた―――
******
「―――か、閣下?」
己を呼ぶ声に、ハッとして顔を上げる。
「何か気になることが?」
「いや・・・・・・なんでもない」
言葉を濁し首を振るロイに、リザは眉を寄せた。
「・・・宝石の事なら、今全力で捜させておりますので」
「わかっている・・・」
ロイは頷くと、椅子を回して窓に視線を向けるが・・・ノックの音に、すぐに向き直った。
「失礼します」
入ってきたのは、エルリック少将。
「侵入者の件ですが」
「見つかったか?」
「いえ、残念ながら・・・不審者らしきものを見た者もいませんでした」
「そうか・・・」
「ですが、この時間清掃業者や厨房への食品配達や事務用品の納入など、外部の訪問者も何組かありましたので、そちらを今調べさせています」
「分かった。では、引き続き・・・」
ロイがそう答えた時に、再びノックの音が聞こえた。
・・・しかも、今度は焦ったような叩き方だ。
「失礼致します!」
「フュリー?どうした?」
「あのっ、こちらにエルリック少将が・・・あ、少将!」
入室してきたフュリーは、エドワードの姿を見つけると慌てて駆け寄ってきた。
「どうした?」
「申し訳ありませんっ!」
物凄い勢いで頭を下げるフュリーに、一同目を丸くする。
「いったいなにが・・・」
「猫、逃がしてしまいました!」
「は?」
「あのっ、少将の部屋にいた猫、僕の不注意で逃がしてしまいましたっ!」
すみません!!
もう一度ガバリと頭を下げるフュリーを見つめながら、エドワードの瞳が細められた。
「やるねぇ・・・」
くっと喉の奥で笑ったエドワードは、そう小さく呟く。
だが、ロイは視線を向けた時には、その表情は心配げなそれに変わっていた。
「ケージから出したのか?」
「は、はい・・・可愛くて、つい・・」
「動物好きだもんな・・・」
「すみません・・・」
「いや、猫も寂しかったんだろう。一人きりにしておいた俺も悪い。・・・でもさ、あの猫大総統閣下のお気に入りなんだ。引き続き探してくれる?」
「はい」
「捕まえたら、俺のところに連れてくるように」
「了解しました」
フュリーの返事を聞いてから、エドワードはロイに向き直る。
「ということです・・・申し訳ありません」
そう謝罪すると、ロイは残念そうに項垂れた。
「残念だな。とても可愛い猫だったのに・・・もう敷地外に出てしまったかな?」
「かもしれませんね、俺に飼われるのはやっぱり嫌だったのかな?」
「何故そう思うんだ?」
「言ったでしょう?俺、あまり猫には好かれないんですよ」
ふぅと小さく溜息をついたエドワードだったが、最後には小さく笑った。
「うん・・・でも、多分大丈夫ですよ」
「何が大丈夫なんだ?」
「きっとまた戻ってきますよ、あの猫」
その言葉に不思議そうに眉を寄せるロイを見詰めて、エドは言った。
「だって、俺は嫌われているようだったけど・・・あなたはずいぶんと好かれているみたいだったから」
そう言って、エドワードは妖艶に微笑んだ。