散々悪態を吐き、ケージを叩きまくっていたエドだったが。
・・・やがて、力が抜けたようにぺたりと座り込んだ。

「とにかく・・・このまま捕まってちゃ、奴の思うままだ」

どうしたらいい?
小さく呟いて、肉球つきになってしまった自分の掌を見つめた―――




  『大総統閣下の愛猫』・・・10 




まずはケージの留め金を中から開けようと試みる。
猫の姿になったとはいえ、頭脳は人間のまま。
当然留め金の開け方も分かるので、柵の間から前足を出して何とか開けようとするが、どうにもうまくいかない。
外からなら簡単なのに、内側から・・・しかも猫の手では思うようにいかないそれに、果敢にチャレンジを繰り返すが、いくらやっても失敗ばかりだ。

「ちくしょう・・・!」

疲れてとうとうヘタリこんだとき―――ドアの外で物音が聞こえ、ビクリと体を震わせる。
身構えながらドアを見つめると、ノックの音が聞こえ・・・少しの間の後、ドアからひょっこり顔を出したのは、ロイの部下・フュリーだった。

「あれ?少将いないのか・・・部屋に戻ったって聞いたんだけど」

仕方ない、書類だけ置いていくか―――
そう呟きながらデスクに書類を置いて、すぐにドアに向かって踵を返したフュリーだったが。
数歩足を進めたところで、彼は壁際に置かれたケージに目をとめた。
フュリーがエドを見つめる。エドがフュリーを見つめる。
そして―――

『うわっ!?』

エドは驚いて飛び跳ねるように後ろに下がった。
一足飛びにケージの前に来てしゃがみこんだフュリーに驚いたからだ。

「うわー、うわー、かわいいなぁ〜!!!」

ケージに手をかけ中のエドを覗き込んだフュリーは、瞳をキラキラさせて『かわいい』を連発している。
その勢いに驚いて固まっていたエドだったが、彼が無類の動物好きなのを思い出して力を抜いて。
―――そして、ハッと我にかえって叫んだ。



「フュリー大尉!ここから出してくれ!!」



ケージに前足をかけて、立ち上がって訴える。
・・・だが。

「ん?どうしたの?お腹でも空いた?」

フュリーはそんなエドを見て、不思議そうに首を傾げただけだった。

『・・・っ!?』

エドは息を呑み・・・やがて悔しげに顔を歪める。
彼が不思議そうにしている訳は分かった―――何故なら、自分の喉から出た叫びは、またしても猫の鳴き声だったからだ。

『さっきまで、ちゃんと喋れていた筈だ・・・っ!』

自分の姿をしたバケモノと話をした時も、奴が退出して一人きりになった時も、ちゃんと人語を喋れていた筈。
それなのに、またしても自分の口から出たのは猫の声。

『・・・あのヤロー以外の人前では喋れないってことか』


―――クソッタレ!


口汚く奴を罵るが、やはり口から出るのはみゃあみゃあという声だけ。
情けなくて項垂れていると、フュリーが焦ったように声を掛けてくる。

「ど、どうしたの?やっぱりお腹空いたのかな?ミルク持ってきてあげようか?」



「みゃみゃみゃみゃみゃみゃ、みゃあぁ!(牛から分泌される白濁汁なんか、いるかぁ!)」



フュリーの言葉に噛み付くように叫ぶと、彼は驚いた様子で少し仰け反った。
そして、ずれてしまった眼鏡を直しながら、首を捻る。

「・・・もしかして、人見知りする子なのかなぁ?それなら、あんまり刺激しないほうがいいのかも」

怯えさせちゃ可哀想だもんね・・・。
フュリーは残念そうにそう言って、立ち上がった。

「またね、ねこちゃん。怖がらせてごめんね?」

バイバイと手を振るフュリーを見て、エドは目を見開く。

『マズイ!』

このチャンスを逃す訳にはいかない!
行かれては困る、引き止めるには・・・っ!?
こちらに背中を向けたフュリーに、エドは大慌てして・・・そして。




「みゃ〜〜〜ん♪」
「ん?」

ドアを半分開けたところで、フュリーは後ろから聞こえてきた猫の声に振り向いた。
ケージに視線を送ると、猫はちょこんと可愛らしく座ってこちらを見つめている。
目が合うと、猫はまるで微笑むように目を細めて、鳴いた。

「な〜ぅ」

先ほどまでと違い甘えたような声を出す猫に、フュリーの瞳は再びキラキラと輝きだす。
ドアもそのままに、すぐさま猫の前に戻ってしゃがみ込んだ。
嬉しそうにこちらを覗きこんでいるフュリーの前で、エドは長い尻尾を揺らして見せる。

「なぁ〜ぉ」

甘え声でケージに体を擦り寄せて、尻尾の先をケージの外に出して彼においでおいでするようにピコピコと動かして見せる。
途端に、フュリーの顔がとろけた。

「うわぁ、可愛い〜〜〜〜〜♡♡♡」

頬を染めて、でれでれの表情で彼はケージを掴んで顔を寄せてくる。
ケージの内側に入り込んだその指に、エドは頭を摺り寄せて鳴いた。

「みゃあ?(出して?)」
「ん?やっぱりお腹空いたの?」
「みゃみゃん(ちがう)」

伝わらないもどかしさに内心でイライラしながらも、怒ってはまた元の木阿弥だと自分に言い聞かせて、可愛らしい仕草を崩さずフルフルと首を横に振って見せる。

「あれ?なんか違うって言ってるみたいに見える・・・」

首を傾げてそんなことを言うフュリーに、エドは内心で『よっしゃあ!』とガッツポーズをする。
次は、出たいと言うのをアピールする為に、両前足をケージの外にギリギリまでだしてみせる。
・・・だが。

「わあっ・・・はい、あくしゅ♪」

にこにこと出した前足を指で握って優しく上下に振るフュリー。

『ちがう・・・(涙)』

思わず脱力するが、ヘタリ込んでる暇はない。・・・いつ奴が帰ってくるか分からない。
エドはもう一度顔を上げ、フュリーに訴えた。

「お願いだ、分かってくれ!オレ、ここから出たいんだよ!!」

口から出た音は例のごとく『みゃみゃみゃ・・・』だったが、必死にそう訴えて、ケージに両前足を掛け、左右に広げて頭をそこから出そうとして見せた。
もちろん猫の力では柵はびくともせず、頭を出すことなど出来なかったが。
・・・必死な様子に、フュリーは感じるものがあったようだ。

「もしかして・・・・・・出たいの?」

ピクリと耳を動かして、ケージに押し付けていた頭を上げて、鳴いた。


「にゃん!」


返事を返して、フュリーを見つめる。
だが、彼は困ったように顔を曇らせた。

「ケージの中に居るのに飽きたんだね・・・困ったなぁ」

ここに居るってことは、少将の猫なんでしょう?勝手に外に出したりしたら、怒られちゃうし・・・。
―――そう呟いて考え込んでいたフュリーだったが、やがて顔を曇らせたまま立ち上がった。

「ごめんね、やっぱり勝手に出してあげる訳にはいかないや」

もう少し待っていれば少将が帰ってくる筈だから、その時におねだりしてごらん?
そう言って、フュリーは再びバイバイと手を振った。

エドはそれを絶望的な気持ちで見つめた。
今を逃せば・・・しばらく奴以外には会えなくなる。
このまま家に連れ帰られ、ケージの中で軟禁生活。
もともと家に人が来ること自体が少ないし、逃げる機会は確実に減る。
奴はオレを『殺さない』とは言っていたが、信用など出来ないし・・・なにより。

『ロイ・・・』

自分のフリをして、ロイにキスを迫った『奴』の姿を思い出して、胸がじりっと焼けたように痛む。

『オレが拘束されている間、あのアホ大総統は奴の色仕掛けにデレデレになるに決まってる!・・・そんなの、許せるか!』




―――アイツはオレのなんだよ!




キッと表情を引き締め、エドは顔を上げた。
名残惜しげにこちらに背を向けようとするフュリーに、再び声を掛ける。

「な〜ぅ・・・」

今度はもの悲しげに鳴く。
すると、ピクリと肩を揺らしたフュリーが、そろ〜りと振り向いた。

「だからね、お散歩したいのは分かるけど、勝手に出してあげるわけには・・・」
「なぁ〜うぅ・・・」
「そ、そうだ、少将を見つけたら、僕からも言ってあげるからさ?」
「なぁ〜ん・・・」
「・・・弱ったなぁ」

物悲しげに鳴き続ける猫に、フュリーは困ったように眉を下げながら、再びケージの前にしゃがみこむ。
まあるい瞳を潤ませて、訴えるようにじっとこちらを見る猫。
フュリーは困り果てながらケージに指を差し入れて、猫の頭を撫でてやった。
その指に自らすりすりと頬を擦り付けてくる猫に、話しかける。

「どうしても・・・今出たいの?」

そう聞くと、猫はペロリとフュリーの指先を舐めて、ねだるような甘い声で鳴いた。



「みぃ♡」



―――でれ。

「し、しかたないなぁ〜。ちょっとだけだよ?」

とうとう、その可愛さに負けたフュリーは、ケージの蓋を開けてやる。
―――カチリと蓋が開く音がした時、キランと猫の目が光った。

「ちょっと遊んだらすぐにもどすから・・・えっ!?」

声を掛けながら猫を抱き上げようとした彼の手をすり抜けて、エドはケージの外に飛び出す。
一目散に、そのまま半開きのドアの隙間をすり抜けて部屋をでた。






残されたフュリーは呆然とそれを見送って。
・・・やがて、顔面蒼白になった。

「ど、ど、ど、どうしよう!?」

焦ったフュリーの声が、部屋に響いた―――





エドにゃん、色仕掛け(?)で脱出成功!(笑)
「EVENING STAR」初のフュリー×誘い受けエド(ただし猫/笑)


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