「エドワード?・・・猫の名か?」


猫に話しかけたエドを、ロイは怪訝そうに見上げる。

「そうだよ」
「・・・自分と同じ名前をつけるのか?」
「ロイが言ったんじゃないか。『君に似てる』って?」

だから、『エドワード』。
そう言って笑うエドに、ロイは戸惑ったような顔をした。

「それはそうだが・・・ややこしくないか?」

呼ぶ時にややこしくないかと聞くロイに、エドは笑った。

「別にややこしくねぇだろ?だって、コイツ俺の家で飼うんだぜ?家に来る人間なんて限られてる。部下は俺を『少将』って呼ぶし、アルは『兄さん』だろ?アンタだって、俺を『エディ』って呼ぶじゃないか?家で『エドワード』って呼ばれるのは、コイツだけだよ」
「まぁ・・・それはそうだが」

返事をしつつも、ロイは何か浮かない顔をしていたが・・・そのロイの首に、スルリとエドの腕が巻きついた。


「なぁ・・・いいだろ?」


甘えるような声で強請ったエドの顔が、ロイに近づいていく。
近づいていく唇を睨みつける猫の足元で、マホガニーのテーブルが爪で傷ついていた―――




  『大総統閣下の愛猫』・・・9 




「そう睨むなよ、エドワード?」

ケージの中から、自分の執務椅子に座る男を睨みつけていると・・・視線に気がついたようで、男は口端を持ち上げて笑った。
そのまま立ち上がってケージの前にくると、しゃがんでわざわざ目線を合わせてくる。
―――見慣れた自分の顔が、目の前で微笑む。

「これから一緒に住むんだからさ、仲良くしようぜ?」

心配しなくても、ちゃんと飼ってやるよ。餌だって極上のを用意してやるし?
―――その言葉に、エドはカッとなって叫ぶ。

「ふざけんな!誰がお前なんかに・・・・・ッ!?」

そこまで言って、猫のエドは息を呑む。
今、自分の喉から出たのは・・・。

「喋れて、不思議・・・か?」

エドの心を見透かしたように、そう言って男は笑った。

「・・・さっきは、喋れなかった」
「ああ・・・だって、ロイの前でベラベラ喋られたら、バレるだろう?」


入れ替わってるって―――


ニヤリと笑う男に、エドはケージに爪痕をつけながら睨みつけた。

「・・・お前は何者だ?入れ替わったというなら・・・お前が本当は猫なのか?」

そう聞くが、自分の顔をした男は、答えもせずにニヤニヤと笑うだけ。
それに舌打ちをして・・・それでも、エドは言葉を続ける。

「お前の元の姿が猫であれ・・・ただの猫な訳、ねぇよな?猫は、人に化けたりできる訳がない。・・・まさか、ホムンクルス?」
「・・・なんだ、それ?」

エドの質問に、彼は不思議そうに首を傾げる・・・その様子は、しらばっくれているようにも見えなくて。
―――エドは、顔を顰めた。

「質問を変える・・・・・・オレに成り代わって何をする気だ?」

そう聞きなおすと男は表情を変え、どこかつまらなそうに呟いた。

「・・・別に、お前になりたかった訳じゃない」

お前の姿になるのが一番都合良かっただけだよ。
その言葉に、エドはハッとして叫んだ。

「オレの姿が・・・?まさか、ロイが狙いか!?」
「・・・」
「テメェ・・・アイツに何かしたら、オレが許さない!」

噛みつかんばかりに叫ぶが、鼻で笑われた。

「どう許さないんだ?檻に入ってる分際で」
「く・・・っ」

見下すような冷たい瞳に、唇を噛む。
じっと睨みつけて・・・搾り出すように、聞いた。

「ロイに・・・何をするつもりだ?」

アイツに何かあったら、この国はまた荒れるぞ。国を壊すのが目的か?
それとも、アイツ自身に何か恨みでもあるのか?
そう―――なるべく感情を抑えた声で、問いただす。
だが、男はきょとんとしたような顔をしてから、可笑しそうに笑い出した。

「お前は勘違いをしている」
「勘違い?」
「俺は、彼を傷つけようとなどと思っていない・・・むしろ、その逆だ」
「逆・・・?」
「あの男が気に入ったんだ」
「!!」

エドワードの顔をした男は、悠然と微笑む。


「あの男が、欲しい」


うっとりと、彼は呟く。

「初めて見た時から、すぐに気に入ったんだ・・・本当は美女にでもなって彼を手に入れようと思ったんだが、彼の心の中にはお前しかいなかった。他が入り込む隙間もないくらいに」
「え・・・」
「他の者では手に入れられそうもなかったから、仕方なくお前の姿になった」

・・・愛されていて、嬉しいか?

顔を覗き込まれて、息を呑む。
口元は笑っているのに、眼光は冷たい・・・。
その瞳を睨み返すと、彼はふっと笑って立ち上がった。

「でも・・・その愛は、これからは俺のモノになる」
「・・・っ、そんなにうまくいくものか!姿形を成りすましたとはいえ、お前はオレじゃない!いずれボロが出るに決まってる!」
「ああ・・・言ってなかったが、姿形だけでなく・・・お前の記憶もすべて手にいれてあるが?」
「なっ・・・!?」

言葉を失うエドに、もう一人のエドはにっこりと笑いかける。

「姿形だけでなく、お前の記憶も能力もすべて写し取った。仕事の続きも滞りなくこなせるし、錬金術だって使える・・・誰も疑わないと思うよ?」
「貴様・・・」
「そういう訳だから、お前も・・・殺しはしないから、無駄な抵抗はしないで大人しくしていろ」

さっきみたいな邪魔は、もうするなよ?
男はそう言って、左手の薬指の指先をペロリと舐めた。
その指先には、真新しい一筋の傷―――先ほど、ロイにキスをしようとした時、エドが飛び掛って付けた、引っかき傷だ。

「誰が大人しくなんか!これからだって、邪魔してやる!!」
「人の恋路をじゃまするとは・・・馬にけられるぞー?」
「邪魔してるのは、お前じゃないか!」
「おや・・・お前も彼を愛していたのか?そのわりにはぞんざいに接していたようだが?」

ククッと笑って、男はエドを見つめた。

「まぁ・・・これからはお前などよりもっと俺がロイを愛してやるから、心配するな?」

そう言うと、自分に成り代わった男はヒラヒラと手を振って、執務室を出て行った―――



******



「クソッ!」

ドアが閉まった後、エドはそう吐き捨てて、前足でケージを叩いた。
錬金術さえ使えたら、こんな檻など簡単に壊して逃げられるのだが、猫に成り下がった今では、それも叶わない。

「どうしたら・・・」

逃げ出すことは、いずれできると思う。
なにせ、アイツはオレを飼うと言っている。普段は檻に入れられたままかもしれないが、ロイが来た時には外に出られる筈だ―――その時、逃げる気なら、逃げられる。
だけど、それでは駄目だ。アイツの狙いは、ロイなのだから。

「それに、猫で一生終えてたまるか!」

絶対元に戻ってやる!
決意と共にドアを睨みつけてから・・・俯いて、呟く。

「それにしても・・・」



あのヤロウ、出歩く度に色んなモン、誑し込みやがって〜〜〜!!



小さな体をプルプルと怒りに振るわせつつ・・・体中の毛を逆立てながら叫ぶ。
それでも尚、怒りが収まらぬようで。プリプリと怒りながら、尻尾でケージを叩いた。

「女までならなんとか我慢してきたが、バケモンまでとは・・・もう、我慢ならねぇ!あのフェロモン垂れ流し大総統め!!」

人間に戻れたら修行寺にでもぶち込んで、そんなもん出ないように根性叩きなおしてやる〜!!


・・・・・・果たして、修行でフェロモンが出なくなるかは分からないが(笑)
鬼の形相で怒鳴る、エドだった―――





「クシャン!」
「あら、閣下。風邪ですか?薬をお持ちしましょうか?」
「あ、いや・・・違うとおもうのだが。・・・どこぞの美人が私の噂でもしているのだろう?」
「エドワード君が怒ってるって可能性もありますね(しれっ)」
「な、何を言うんだね!今、彼に怒られそうなことは、なにもない・・・筈(ドキドキ)」
「顔色悪いですよ?」
「やっぱり薬をくれ・・・・・・なんだか悪寒までしてきた(冷汗ダラダラ)」


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