エルリック少将はロイとリザの二人にじっと見つめられて、眉を潜めた。
「・・・私の顔に何かついてますか?」
戸惑ったようにそう言う彼に、ロイとリザは顔を見合わせる。
「・・・考えすぎだったか」
「そのようですね」
苦笑する二人に、彼は首を傾げる。
「何のことです?」
・・・ていうか、外が騒がしいんですけど、何かありましたか?
そう言う彼に、ロイは事の経緯を説明する。
ロイの言葉を頷きながら聞いている彼の横顔を、猫は瞬きもせずに凝視していた―――
『大総統閣下の愛猫』・・・8 
「大総統執務室に侵入とは、大胆ですね・・・で、何が盗まれたんです?」
「・・・・・・・・・私物だよ」
「私物?なんですか?」
「・・・・・・」
「・・・俺に言えないような私物な訳ですか」
途端に剣呑な視線を寄越すエドワードに、ロイは慌てて言い繕う。
「ち、違うぞ!疾しいものでは決して!!」
「それなら、何で言えないんだよ」
剣呑な視線のままそう問う彼に、ロイは観念したように溜息をついた。
「疾しいものではないが・・・君には内緒にしておきたかったんだがな」
「内緒?」
「君への贈り物だったんだよ」
「え?」
「綺麗な宝石を見つけてね。・・・ただ、裸石のまま手に入れたから、何かに加工してから渡そうと思ってたんだ」
肩を落としてそう告白する。
内緒のプレゼントを贈る前に知られたばかりか、盗まれてしまって手元にないなどと告白するのは、情けなさ極まる。
それに―――彼はあまり高額なプレゼントにはいい顔をしない。
それが、彼の興味のない装飾品の類なら、尚更だ。
『手に入れた経緯をまだ話していないから・・・宝石と知ったら怒られるかな?』
「そんなもの必要ない」と切り捨てられるのを覚悟しつつ、彼を見上げるが―――彼の口から出たのは、意外な言葉だった。
「それは、残念だな・・・」
「え?」
「俺の為に選んでくれたんだろう?貰えなくて残念だ」
でも、気持ちだけでも嬉しいよ―――。
エドワードは、そう言って微笑んだ。
意外なエドワードの言葉にロイは目を瞠る。
「エディ・・・?」
名を呼ぶと、彼はにこりともう一度微笑んで。
そして、恋人の顔から、また少将の顔へと戻った。
「ところで、私が呼ばれたのはその件でですか?・・・犯人探しの指揮を取れと?」
「あ・・・いや。その件はすでにホークアイ大佐が手配をしてくれているから、君の手を煩わせる事はないよ。そうではなくて―――この猫の事なんだが」
「猫?」
エドワードは、その時やっと気がついたように猫に視線を向けた。
猫も彼を見つめていたので、視線が絡まる―――
「・・・この猫がどうかしたんですか?」
「この部屋に入り込んでいたんだが・・・」
「ふーん、可愛いですね・・・」
「だろう?しかも、君に似ている」
「俺に・・・ですか?」
「金目だし毛並みも金色に見えるし・・・仕草とか、なんとなく君に似ているんだ」
ロイの言葉に、エドワードは首を傾げて言った。
「・・・そんなに似てますか?」
俺にはそう思えないですけどね。
そう言いながらこちらを見下ろす彼に、エドはふるりと体を震わせた。
胸が、ドキドキと早鐘を打っている。
見慣れた顔だ。
毎日鏡の中で見る、見慣れた顔。
だが、それが・・・今は余計に恐ろしい。
エドは全身の毛がざわりと逆立つような恐怖に、身を竦ませる。
しかし、ロイはそんなエドの様子には気がつかぬようで、人間の姿のエドワードと会話を続けている。
「そうかなぁ・・・そっくりだと思ったんだが。アルフォンス辺り、欲しがるんじゃないか?飼ってくれないかな?」
「そうですね、アルなら飼いたがるだろうけど・・・無理だな」
「無理?」
「今のアパート、動物飼うの禁止なんです」
「そうか・・・なら、私が」
「あなたはダメです」
間髪入れずにピシャリとそう言われて、ロイは不満そうにエドワードを見上げる。
「何故!?」
「何かと猫に託けて仕事をサボろうとするかも知れないでしょう?猫が待ってるから早く帰るとか、猫の調子が悪そうだから遅くなるとか?・・・色々言いそうだ」
サボりのネタになる要素はなるべく排除すべきだと主張するエドワードに、リザが深く頷く。
「さすがです、少将。懸命な判断です」
「君達・・・」
二人のタック攻撃にロイはガックリと肩を落とした。
「だが・・・他の者にやるのは嫌だな」
こんなに君に似ているこの子を他の者に任せるのは・・・
そう言って渋るロイに、エドワードは溜息を吐いた。
「しょうがないですね・・・では、俺が飼います」
「え?」
『え?』
ロイが呟くのと同時に、猫のエドも同じ言葉を胸の中で呟いた。
「俺も家を空けることは多いですが、家に動物を置くのには問題ないですし、世話はアルフォンスにも頼めます。それに・・・あなたも時々は会いに来れるでしょう?」
「ああ、それはいいな・・・そうしようか」
「少将・・・いいんですか?」
「うん、大丈夫だよ。あ、とりあえず帰りまで俺の部屋に置いておくから、ケージの手配頼めるかな?」
「分かりました」
リザが部屋を出て行く靴音を聞きながら、猫のエドは目を見開いたままエドワードを凝視していた。
『コイツが・・・俺を、飼う?』
だって、コイツはオレで・・・いや、オレが二人いる訳がない。
コイツは偽者だ。
本物のオレが何で偽者に飼われなくちゃならないんだ!!
「フーッ!」
「おや、どうした?」
あからさまに威嚇しだした猫に、ロイは驚いたように手を伸ばす。
「怖くないぞ?・・・いや、私はたまに怖い思いもしているが、お前には優しくしてくれると思うぞ?」
「猫に何言ってんだよ・・・・・・そういや俺、猫にはあんまり好かれないんだよなぁ・・・旅の途中にアルが拾った猫にもよく引っかかれてたし」
「そうなのか?困ったな・・・」
「ああ、でも大丈夫。すぐに慣れるだろ?」
そう言って、エドワードは少し半ば強引に猫を抱き上げた。
ジタバタと暴れる猫を手に、慌てた様子も見せずに言う。
「早速俺の執務室に連れてくな?」
「・・・大丈夫か?」
「ああ。とりあえず帰りまではケージに入れておいて・・・家に連れて帰って数日もすれば、家に自分の匂いがついて慣れるだろ?」
「そうだな・・・」
「それと、侵入者の捜索に俺も加わるから。・・・俺にも関係の無い話じゃないようだし」
「分かった」
「みぎゃ〜〜〜!」
冗談じゃない!
どんどん話を勝手に進められ、猫のエドはとうとう声をあげた。
このままじゃ、この得体の知れない者に、連れて行かれてしまう・・・。
ここは恥を忍んで、ロイに助けを求めようと、ロイに向かってもう一度叫んだ。
「ロイ、コイツはオレじゃない!オレが本物のエドワードだ!!」
そう叫びきってから、エドは息を飲んだ。
ロイを見つめると、彼が困惑したように首を傾げるのが見える。
「・・・どうした?何を訴えているのだ?」
彼の問いかけに、エドはプルプルと体を震わせてから、意を決して・・・もう一度彼の名を呼んだ。
「みゃあ」
自分の喉から出た音を確認して、愕然とする。
自分の口から出ているのは―――猫の鳴き声だ。
『なんで・・・っ!?さっき一人でいた時は、確かに人語を・・・!』
そう心の中で叫んだ時、頭上から声が降ってきた。
「そんなに暴れんなって―――エドワード」
ハッとして見上げる。
そこには、にっこりと微笑む、自分の顔があった―――