二人にじっと見つめられて、エドは怯えたように後退りした。
『バレ・・・た?』
二人は、真剣な瞳でこちらを見ている。
明らかに疑われていると分かる瞳を見つめ返して、エドはゴクリと唾を飲み込んだ。
『ど、どうしよう・・・?』
正体を明かすか否か・・・それが問題だ―――
『大総統閣下の愛猫』・・・7 
沈黙の中、リザが口を開く。
「・・・閣下じゃないんですから、あんな無茶な練成を少将がなさる事はないと思いますが」
「私じゃないって・・・君のその見識には、少々異議があるが・・・(うなだれ)。だが、確かに昔の彼ならともかく、今そんな軽率な事をするとは私も思えんが」
だが・・・やたら似ている気がするのだよ。
ロイはそう言って、猫に顔を近づけた。
漆黒の瞳が金の瞳を捉える。
その眼光の鋭さに、エドはプルプルと震える体の震えをなかなか止められないでいた。
その姿を見て、リザが眉を寄せて進言した。
「止めてください。猫が怯えています」
「ああ・・・すまない。でも、どうしても気になってしまって」
「一目で分からないんですか?いつも仰っている『愛の力』とかをお使いになって」
貴方が犬になった時、少将は一目で見分けましたよ?
その科白にロイは言葉を詰まらせ、バツが悪そうに咳払いをした。
「・・・だからだね、それを見極めようと今、観察を・・・・・・ああ、そうだ」
弁解しようとしたロイだったが、ふと気がついたようにリザを見上げた。
「そういえば、君も私を一目で見分けたのだったな?」
「ええ」
「・・・もしや君、やっぱり私を、愛・・・?」
おそるおそるといった感じでそう聞いてみるロイだったが。
・・・案の定、スパンと切り捨てられた。
「愛は全くありませんが、わかります。銃口を向けた時の反応が、閣下と全く同じでしたので」
「・・・・・・・・・・・・それで見分けたのかね・・・・・」
初めて知った事実に、ロイはしばしうな垂れてから・・・再び、気を取り直したように顔を上げた。
そして、また猫を見つめる。
「あの時辛い想いをさせてしまったから、軽々しい練成を彼がするわけがないが・・・」
手を伸ばすと、猫の耳がピンと立ち、ヒゲが震え、尻尾の毛が逆立つ。
警戒を表すその小さな体に苦笑しつつ、伸ばした手を引っ込めて、ロイは猫を見つめた。
「エディ?」
『ロイ・・・』
自分の名を呼ぶロイに、心の中で彼の名を呟きながら、見つめ返す。
『どうしよう・・・』
心の中を見透かすような漆黒の瞳を見つめながら、エドはまだ迷っていた。
助けを求めるのが一番の得策であると分かっているものの、この状態は自分の失態。
なんとか自力で元に戻るべきだとの気持ちが消えない。
だが―――。
じっと見詰め合って、しばし。
エドは、不意に体の力を抜いた。
先程まで緊張したようにピンと立っていた耳は垂れ、ヒゲも力なく下がっている。
尻尾も、さっきまで逆立っていた毛は大人しくなり、机の上にぺたりと落とされた。
―――――――観念したのだ。
『こんな姿を知られるのは情けねぇけど・・・このままじゃどうしようもないもんな』
この姿を自分だと知られるのは情けなさ極まりないけれど・・・意地を張っていては、元に戻るチャンスを逃すどころか、その機会さえ訪れないかもしれない。
だって、自分がどうしてこんな姿になったのかさえ、分からないのだから。
盗まれたという宝石がなにやら匂うけれど・・・それが、今どこにあるのかも分からないし。
探すにも、猫のままでは情報を上手く手に入れられるかどうかもあやしい。
たとえ、首尾よく情報を得てその宝石を手に入れたとしても、それをどう使ったら元の姿に戻れるか分からないし。
調べるにも、猫の姿で本を漁る訳にも行かないし、錬金術も使えない。
それに・・・・・いつまでもこの執務室においてもらえる訳がない。
アルが飼ってくれる事になれば、まだチャンスはあるけれど・・・弟は一人暮らしの上に、アパート住まいだ。たぶん、猫を飼うのは無理だろう。
そうなれば、誰か他の者の手に預けられてしまう事になるのだが・・・。
『迷い猫』として、どこか知らないところに貰われてしまったら、事の真相を解明する事も叶わず、一生『猫』として過ごすしかなくなってしまう。
『ここは、恥を忍んで皆に助けてもらうしか・・・』
そうエドが決意を固めた辺り、執務室のドアをノックする音が聞こえた。
さっきまでじっとエドの姿を見つめていた二人の視線がドアに向かう。
「入れ」
ロイが指示を出すと『失礼します』との声と共に、ドアがゆっくりと開いていく。
その様を、エドは凍ったように固まって見つめていた。
『失礼します』と言ったその声が、知っている声だったからだ。
『まさか・・・』
エドの焦りも知らず、焦らすようにそのドアはゆっくりと開けられていき、とうとう声の主が姿を現した。
その姿を見たエドの瞳が、毀れそうなほど大きく見開かれる―――。
『そん・・・な』
そこに立っているのは、金色の髪と金色の瞳。
鍛え上げられているのに細身に見える肢体は、誰もが『美しい』と絶賛する。
その体を室内に滑り込ませると、その人物はロイの前まで進み出て、ピタリと敬礼した。
「お呼びでしょうか?―――閣下」
その声までもが、美しい。
ロイが、彼の名を呼んだ。
「・・・エルリック少将」
『アイツの名?・・・・・・・・・・・・・・・・・いや、オレの名だ』
猫のエドワードは、呆然と心の中でそう呟いた。
そこには、『人間の姿』の自分が立っていた―――