ロイの話に聞き耳を立てていたエドは、細いひげをぴくりと動かした。

『宝石・・・だって?』

引き出しの中身は、練成陣が書かれた紙だと思っていた。
この『猫に変化した』というありえない事態も―――
てっきり、前回同様この男が暇つぶしで作った練成陣が偶然発動したか、泥棒避けかなにかで妙なものを仕掛けていて、それに引っかかってしまったのだと推測していた。
だが、今の彼の話が本当だとすると・・・自分を猫の姿に変えてしまったのは、練成ではないということか?

『じゃあ、なんで・・・?』

エドは、目を閉じて、記憶を辿り出した。




  『大総統閣下の愛猫』・・・6 




エドは自問自答する・・・

猫に変化する前の事は克明に覚えている。
この部屋に来て、悪戯心で椅子に腰を下ろして。
そして、あの引き出しを開けたのだ―――錬金術で鍵を壊して。
でも、その先は・・・?

『やっぱり思い出せない・・・』

意識を取り戻した時と同じ、エドの記憶はそこまでだ。
その先はもやがかかったように、どうにも思い出せない・・・。

エドはロイを見上げる。
この男の錬金術の所為だと思っていた。
それならばこの異常な事態もなんとかできると・・・そんな楽観があった。
それなのに―――。

『くっ・・・』

言い知れぬ不安を感じて、エドは小さく体を震わせた―――




エドが己の境遇に身を震わせているのも知らず・・・ロイとリザはこの事態に収集をつけるべく、話し合いを続けていた。

「・・・と言うわけで、価格は520センズだがね?あれは、あのご婦人が好意で私に譲ってくれた物だし、なによりエディへの大切な贈り物だ。必ず取りもどしてくれ」
「了解しました」

それに、『簡単に大総統執務室に潜入し逃げ果せた』などという前例を作る訳にはいきません。
軍の威信をかけて、犯人を見つけましょう。
リザが厳しい表情でそう言うのに頷いてから、ロイはやっとエドが震えているのに気がついて、視線を向けた。

「震えているな・・・どうした?寒いか?」

声を掛けて抱き上げ、金色の毛を優しく撫でる。
リザも、先程の厳しい表情を緩め、心配そうに猫を見つめた。

「・・・見知らぬところに迷い込んだのですからね。怯えているのでは?」
「そうだな。何か食べ物でも与えれば落ち着くかもしれない。ミルクでも運ばせて・・・」
「みぎゃー!!!」

ミルクと言った途端、体を強張らせて大きく鳴き声をあげた猫に、ロイは言葉を途中で切って唖然と猫を見つめた。
リザも同じく、驚いたように視線を向けている。

『やべっ・・・』

ついミルクと言う言葉に反応してしまった・・・。
エドがダラダラと内心で冷汗を掻く中、ロイが猫のエドに顔を近づけ、首を傾げる。

「もしかして・・・ミルク、嫌いなのか?」

ソウデス。
・・・とは答える訳にもいかず、口を噤んだまま、顔を逸らす。
ロイはそんな猫をしばしの間じっと見つめた後―――やがて、可笑しそうに笑い出した。

「そんなところまで一緒だとは・・・まるで、エドワードだな」
「そうですね・・・見れば見るほど似ている気がしますね」
「だろう?―――もしや、本当にエディなんじゃ・・・」

笑いながらそう話したロイだったが、何かに気がついたように・・・不自然に言葉を切る。
そんなロイに、リザも先程まで浮かべていた笑みを消し、少し強張りが見える表情で猫を見つめた。



「まさか・・・・・・・・・・・エディ?」



ロイの言葉に、エドはピクリとひげを振るわせた―――





大人になった今でもミルクは苦手のようです(笑)


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