「この石が・・・見えるのかい?」
「は?」
「いや。・・・この石が欲しいのかい?」
「ええ」

頷くと、老婆は少し考えてから言った。

「欲しいなら、ゆずってあげるよ・・・お前さんにはその権利があるからね」
「権利・・・?」
「気にいられないと、手に入らないものなんだよ」

ロイは老婆の言葉に首を傾げる。

『この婦人に気に入られないと売ってもらえないということか?』


何か・・・言い方が気になるな?


ロイは首を傾げるが、老婦人は気にした風もなく、にこりと笑って言った。

「お前さん、運がいいね・・・これは、願いが叶う石なんだよ」




  『大総統閣下の愛猫』・・・5 




老婆の言葉に、ロイは僅かに顔を顰めた。

「願いが叶う石・・・?」
「そうさ。願いを石が叶えてくれるんだ・・・何か望みはあるかい?」
「願いは・・・この国の安定、でしょうか?」

願いが叶うなどという、非科学的な老婦人の言葉に苦笑しつつも、いつも心に掲げている望みを言ってみるが―――老婦人は、首を横に振った。

「そんな願いは駄目だね・・・これは持ち主の利益に直結した願いを叶える石なんだ。そんな大層な願いじゃなくて、もっと個人的なものでないと」
「個人的なもの・・・ですか?」
「そうさ。恋人が欲しいとか、金持ちになりたい・・・とか。そういう類のものさ」

そういう老婦人に、ロイは笑った。

「・・・困りましたね。食べるのには困らない資産はありますし、それ以上の金をもらっても使う時間がない。恋人は・・・今最高の恋人に恵まれていますので、他にはいりません」
「わりと欲がないお人だね?・・・見た目と少し違うねぇ」
「おや・・・私の外見はそんなに強欲そうでしょうか?」

苦笑するロイに、老婆は笑って言った。

「そういうわけじゃないが・・・どうする?特に願いがないなら、この石はいらないかい?」
「いえ・・・願いうんぬんはともかく、この石の色に一目惚れしたのです―――よければ、譲っていただきたい」

それとも、願いのない私には、手に入れる権利がなくなってしまったのでしょうか?
そう問うと、老婆は首を横に振った。

「いや、そんな事はないさ。そうやって手に持っている時点で、お前さんにはそれを手に入れる権利があるよ―――さて、代金の話になるが・・・」
「ええ。いくらで譲っていただけますか?」
「本当は恩人から金をもらうのは本意ではないんだけどね・・・他の商品ならあげられるんだが、それだけは駄目なんだよ」
「もちろんですよ。見たところ、貴重な品とお見受けします。思ったとおりの金額を言っていただきたい」
「これはクリソベルキャッツアイという宝石だが・・・金額うんぬんではなくて、これを譲るのには金をもらって譲り渡さなければならない決まりがあるのさ」

老婆の科白に再び首を傾げながら・・・ロイはコートの内ポケットに手を入れて財布を出そうとして―――ハッとした。

「しまった・・・」

散歩のつもりで出たので、財布を忘れて来てしまった。
困ったように眉を寄せると、老婆が訝しげに顔を上げてくる。

「どうしたんだい?」
「すみません、散歩の途中だったので、財布を持ってくるのを忘れました・・・少し待っていていただけませんか?すぐにホテルに取りにいってきますので」

ああ、ここだとまた先程のような輩がくるかもしれません・・・もう少し大きな通りにでて、カフェにでも入って待っていていただけないでしょうか?
そう言ってみるが、老婆は眉を寄せて首を横に振った。

「・・・困ったね、これを譲り渡すのには、今この場でじゃないと」
「そうですか・・・では、電話を借りてくる間だけまっていただけないでしょうか?すぐにもってこさせますので」

そう言って、石をテーブルの上に置こうとしたのだが。

「放したら、もう手に入れられなくなるよ」
「えっ・・・」

老婆の言葉に、石を置こうとした手を止めて、彼女を見る。

「放したら、もうお前さんのものにはならなくなる。欲しいなら、放しちゃいけない」
「・・・?ですが、今は本当に持ち合わせがなくて・・・あっ」

老婆の科白に困惑しながらも、石をもっていない方の手で、コートのポケットを探る。
すると、指に何かが触れるのを感じた。
―――中に入っていたのは、少しばかりの小銭。取り出して、掌の上のそれを見つめる。

『これは・・・』

それは、この視察に来る前に、エディに寄越されたものだった。
以前、彼に小銭を貸した事があった。その金額は520センズ。
『大総統になったら返してやる』と言われ、貸しっぱなしになっていたそれを、彼は出かける前に唐突に返して寄越した。




「そういえば、これ返すよ」

そう言って何気ない風に渡されたそれを見て、笑った。

「なんだか懐かしいな・・・覚えてたのか」

大総統になっても返してくれないから、忘れたと思っていたよ。
そう言って笑うと、彼はニヤリと笑いかえした。

「大総統になっても信用できねぇから、返せなかったんだよ」
「・・・今は、信用していると?」
「まぁね。だって・・・アンタ、オレにメロメロだもんな」

・・・オレを置いて、自分だけ犠牲になるような選択は、もうしないだろう?
そう言って笑うエドに、ロイは苦笑する。

「そうだな・・・君を悲しませる選択は、したくないな」
「だろう?だから、返す」

でも、また心配になったら借り直すからな!
そう笑いながら、エドはロイの頬にキスをした―――




「そうか、あの時の・・・」

返されたそれを、そのままポケットに入れて旅立ったのを思い出しつつ、呟く。

「なんだ、あるじゃないか」
「あ・・・いや、でも・・・これでは足りないでしょう?」
「言っただろう?金額じゃないんだよ。それで売ろうじゃないか」

ロイは少し躊躇したが。
『エディが私を信用して返してくれた520センズ・・・使うつもりはなかったのだが、彼へのプレゼントに使うなら、いいか・・・』
そう思い直して、手の上のそれを、老婆に渡した。

「まいどあり・・・じゃあ、その石はお前さんのもんだよ」
「譲っていただいてありがとうございます・・・でも、やはりその金額では気が引けますよ」

すぐに戻ってきますので、少しだけここで待っていてください。
そう言って、石を握り締めたままその場を離れて、その場所から一番近くにあった靴の修理屋に飛び込んだ。
電話を貸してもらい、ホテルに電話をかける。
今回所要で来られなかったリザのかわりに補佐官をまかされていたハボックが、勢い込んで電話に出てきた。
『閣下!どこにいるんですか!?勝手にいなくならないでくださいよ!』
出た途端文句を言われたが、それを無視して金を持ってくるように伝えて、先程の場所に戻った。

「お待たせしました。今、足りない分の代金が届きますので・・・」

再び路地に入ってそう声をかけたが。

「いない・・・」

すでに、老婆の姿はそこになかった―――



******



「滞在している間、何度も人に見に行かせたが、結局あの婦人に会う事はできなくてね」

だから、品物の本当の価値とはいえないが、あれは520センズなんだよ。
ロイは、そう言って苦笑した。





ありがちですが、怪しい老婆から手に入れた模様。(笑)


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