拍手ログB 『天使な小悪魔』・・・18 


「はぁ・・・・・やれやれ、だな」
「やっとこれで家に帰れますよ」
「長かったなぁ・・・たった、一週間なのに」
「まったくですな」


祭りが終った翌日の朝。
作戦室で疲れたように残務処理をしながら、側近達はそう安堵のため息をもらしていた。
その様子を眺めながら、黒髪の大佐は苦笑する。

「ご苦労だったな。・・・・・だが、気を緩めすぎるなよ?」
「「「「アイ・サ〜〜」」」」

そう返事は返ってきたものの、やはりどこか気の抜けたような返事だ。
だが、仕方ないか・・・・・と、ロイは苦笑いするだけに留めた。
何しろこの一週間、側近達はかなりハードだったのだから。
自分も前半はあの将軍のせいで家に帰れなかった。
後半も、本当は毎日家に帰っている場合ではなかったのだが、
あの子供が家にいるのをこの司令部中の人間が知っているらしく、『帰ってあげてください』としきりに進められ。
自分としてもあんな状態の彼を放って置くのは心配だし、それに甘えさせてもらう形で帰っていたのだ。
その分、やはり側近達は負担も多く大変だった事だろう・・・・・・
『あとで休暇を調整してやらねばならんな』ロイはそう思いながら、再び苦笑した。



「ところでさ、大将。折角祭期間中東方に居たんだから、一日くらい祭見物すれば良かったのに?」


やっと一段落着いたらしいハボックが、手を止めてエドに声を掛ける。
そんなハボックに、今日東方を立つということで、挨拶に・・・と、司令部に来ていたエドは、顔を顰めて見せた。

「あのなー、オレは祭見物にきたわけじゃねえんだ。そんな暇あるか!」
「そっかぁ?でもなー、息抜きって大切だぞー?」

何気なく言ったハボックだったが、そう言った瞬間―――エドの表情がスッと変わったのに気がついた。



「うん・・・・・・・・・それは、わかってる」



そう答えたエドの表情は、今まで見たことがないほど穏やかで。
でも、どこか照れているようなバツが悪そうな・・・・・微妙な表情。
内心首を捻りながら、何気なく視線を隣の上官に移すと―――――こっちは、どこか慈愛に満ちた顔?

『こりゃ、なんかあったな・・・・・』

飄々としながらも、意外に鋭い部下はニヤリと笑って、ほじくりだす。

「珍しく素直じゃん?」
「うん、『お泊り』を経験して、少し大人になったからな〜♪」
「「「大人・・・・・」」」

エドの発言に、周りにいた人間達全てが”ザワリ”と反応する。
ハボックも『待ってました!!』ばかりに、早速ツッコミを入れた。

「へぇ!・・・・・・ちなみに、どの辺が?」
「も、どこもかしこも♡」
「鋼の・・・・・・・・・・・その誤解を生みそうな受け答えはやめなさい」
「誤解じゃねーもん♪オレもやっと一皮剥けたって言うか・・・・・」
「「「剥けた・・・・・」」」
「だからっ、いちいちお前達も反応するんじゃない!!」
「大佐の腕の中で大人への階段を登る、あの満たされる感覚・・・・・・・オレ、忘れないよ」
「意味深な発言は止めんか、この悪魔っ!!」

わざわざそっち系のネタを振る部下。
それに嬉々として答えるエド。
いちいち過剰反応する外野。
青筋立てて否定するロイ。
怒涛の忙しさが過ぎ去った司令部内は、(一部を除き)和気藹々と楽しげな会話が続く。
だが――――――


「いいなぁ、充実した一週間で。オレなんか市民からの苦情処理してたから、肉体的によりも精神が疲れたー」

ったく、ぐじぐじと細かいこと言いやがって、鬱陶しいったら・・・・・
そうぼやくハボックに、エドも何かを思い出したように、顎に手を当てた。

「鬱陶しいって言えば、オレもだったぜ?」
「何が?」
「ストーカー気味の”ファン”がいてさぁ?前から誘われてはいたんだけど・・・・・・
今回なんか、リゼンブールに電話してきてさ。その時は適当にかわして東方に来たんだけど、
今度は大佐の家にまで電話かけてくるんだぜ?まったく、鬱陶しいったら・・・・・・・」

エドの言葉に、ロイは顔を顰める。

「私の・・・・・・・?」
「うん。あんまりしつこいから居留守使ったりして・・・・・」
「ちょ、ちょっと待てよ。どうしてストーカー男なんかが、お前の故郷や大佐の電話番号知ってるんだよ!?」

慌てたようにそう聞き返すハボックに、エドはさも当然といった風に答えた。


「そりゃ知ってるだろ。だって確かアイツ、少将だか中将だか?だし」
「「「「!!」」」」


その瞬間、数日前までいて不可解な行動を繰り返していた男が皆の脳裏に浮かぶ。

「オレ、大総統のお気に入りだからね♪無理矢理はヤバイと思っているらしくて、周りうろつくだけだけどさ。
でも、やっぱ鬱陶しいには変わりない――――」
「その、将軍の名は?」

エドの言葉を途中で遮って、低い声で問い掛けたのは、ロイ。

「え?なんだっけ?パインだか、ボインだか?」
「ベイン」
「そう、それ!!」

出てきた名前に嬉々として答えたエドだが―――――
目の前の男の背に怒りのオーラが漂いだしたのを見て、首を傾げた。

「きさまのせいか・・・・・」
「は?」
「諸悪の根源!!!」

自分を”びしっ”と指差して怒鳴るロイを不思議そうに見ながら、エドもハボックに向き直ってロイを指差した。

「何?」
「―――ベイン将軍、休暇と称してここに来たのに、司令部に居座ってたんだよ。
それこそ、朝から晩まで大佐の事こき使いながらさ?―――だから大佐しばらく家にかえれなかったんだよ。
なんか将軍が大佐を家に帰らせないようにしてるなぁと思ってら、お前と過ごさせたくなかったからなんだなー」

そう言って、ハボックは苦笑した。
やっと合点が行ったエドは、ふうんと頷いた。

「なるほど。『一緒に休暇をすごさないか?』ってしつこいから、『オレ、恋人と過ごすから』って断ったからな。
オレに手を出せないからって、『恋人』に嫌がらせするとは了見の狭い男だぜ」

でもさ、『恋人』の名前を言った訳でも無いのに・・・やっぱりオレと大佐って誰もが認める『公認カップル』なんだなー♪
楽しげにそう言うエドを見て、ロイの怒りゲージが更に上がる。


「誰が『恋人』かっ!!・・・・・・・・・この、疫病神!!」


私のあの苦労はなんだったのだっ!?
テロ特別警戒までさせたのに!!
――――ひとりで怒りまくるロイを見ながら、エドは堪える風もなくハボックに笑いかけた。

「すげー。”悪魔”から、”神”に昇進したぜ?」
「大出世だなー」

―――のんびりと交わされる会話が、ロイの怒りに更に油を注いだのは言うまでもない(笑)



******



「んじゃー、オレ行くから」
「・・・・・・」
「まだ怒ってんの?大人気ないぞー?」


椅子を窓の方に向けてむっつりと押し黙っている男に声を掛けるが、返事はない。
見かねた側近達も、苦笑しながらフォローを入れる。

「そうっスよ。本人だって知らなかったんだから、許してやりましょうよ?」
「エド君だって被害者なんですし」
「面倒な裏工作がなくてよかったと思われますが?」
「あの将軍の弱みをつかんだってことで、後々役に立つかもしれませんぜ?」

「ウルサイ」

いい年して拗ねてる男に、皆で肩を竦めて。
エドも苦笑しつつ、ロイのすぐ後まで近寄った。


「・・・・・悪かったよ、色々迷惑掛けて。
でもさ、今回本当にアンタには助けられたよ―――――――――ありがとう」


愁傷な感謝の言葉に、ロイはため息を吐く。
『私も甘いな・・・・・』
そう思いながら、やっとエドの方に椅子を回して振り返った。

「大佐?」
「もういい。――――――気をつけて行きたまえ」
「うん!」

エドは元気ににっこりと笑って返事をして、踵を返す。
が、数歩歩いたところで、ピタッと立ち止まった。
ロイが訝しがりながら眉をよせると、こちらに背を向けたままの彼が小さく呟いた。

「あのさ」
「なんだ?」
「また、宿が満室で泊まる所がなかったら―――――泊めてくれる?」
「―――――――ああ。・・・泊まる所が無かったら、な」



そう答えると、やっと彼は振り向いて――――――ふわり、と笑った。



その微笑につられてロイも笑みを返すと、子供は再び自分の方に近づいて来て。
そして、ちゅっ・・・という音と共に頬に落とされる―――――――柔らかな感触。


「感謝のしるし♪」

突然の出来事に思わず面食らったように目を見開くと、彼は悪戯っぽく笑ってそう言った。

「鋼の」

我に返って咎めるように名を呼ぶと、くすくすと笑って身を翻し、数歩離れて。



「宿代・・・・・徴収したくなったら、いつでも言って?」



利息分まで、まとめて払うから。
そう言って、彼は胸元の止め具を指で外す仕草をしながら、ウインクしてくる。

「鋼の!!」

暗に『体で返す』を示唆した態度に、今度こそ声を荒げるロイ。
そんな彼に、久々に魅惑的な”悪魔の微笑み”を返して、エドは再び背を向けてドアに向かう。
そして――――いつものように、ヒラヒラと手を振って。
彼は、リゼンブールに向かう為に旅立って行った。



******



「・・・・・・何があったんスか?」
「なにもない」
「大佐ぁ、もったいぶらないで教えてくださいよ?・・・・・とうとうヤッちまったんスか?」
「ヤッてない!!・・・っていうか、何故いちいちそんなことお前に報告しなければならんのだ(怒)」

ニヤニヤと食い下がる部下の頭を思いっきり叩くと、ロイは自分の執務室に向かった。
座りなれた椅子に腰を下ろし、一人きりになったことにホッと息を吐いてから、思う。

『また小悪魔に戻ってしまった・・・・・か』

それでも、元気になったって事で――――よしとするか。
ロイは一人、苦笑いを浮かべる。
そして、ふと彼の科白が脳裏に蘇った。



『また、宿が満室で泊まる所がなかったら―――――泊めてくれる?』



・・・・・人を頼る気持ちが出来たって事だけでも、進歩だな。
フッと笑いを漏らしたロイだったが、すぐに顔を顰めた。


彼に頼られることが、嬉しい――――?


思い当たった己の感情に、深いため息。
自分の中で首をもたげつつある感情に、かなり狼狽しつつも『冗談ではない!』と心の中で一応の抵抗を試みて。
それでも・・・『少しでも彼の心に触れられたのが嬉しい』という事だけは、素直に認めることにした。


ロイはこの時、『彼の心に近づけた』・・・・・と、そう思っていた。







そう――――確かに、この時は。




ああ、やっと『お泊り編』が終ったよ!!長かった(T_T)
バレバレなオチでしたが(笑)最後までお付きあいくださった皆様、ありがとうございますv
次の展開はラストに向けて―――になると思いますが、その前に寄り道するかどうか思案中。
拍手内なのに、こんなに長い物語になるとは(ーー;)
でも、ここまできたら最後まで頑張らしていただきます!!


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