拍手ログB 『天使な小悪魔』・・・17 


アルの言葉を思い出しながら、エドはぼんやりとベットの上で視線を彷徨わせた。


「アイツさ、オレが意識がなかった三日間、頼る人も居ない知らない土地の病院でかなり不安だったんだな。
医者に意識が戻るかどうかわからないとか、言われたらしいから・・・・・」

・・・・・・だけど、オレにはアイツの体を諦める事なんて出来ない。
馬鹿なことを言うな!と怒鳴った。
お前、このまんまでいいのか!と。すると――――


「いいわけないじゃない!!僕だってこのままの体は嫌だよ!!
―――――――――――――――だけど、兄さんがいなくなるのは、もっと嫌だよっ・・・・・!」


今までだって、兄さんが怪我をするたびに苦しかった。
いつも兄さんは僕の事を一番に考えてくれてて・・・それは嬉しいけれど、同時に苦しくて。
だって、兄さん自分の事は全く省みないんだもの。
危険と知っていても、そこに可能性があれば兄さんは迷わず飛び込んでいく。
その度に傷ついて、でも・・・僕にはその傷を見せないようにして、笑ってくれる。
自分の腕を取り戻すためだけなら、そこまでしないんでしょう?
・・・・・・・・みんな、僕のためにやっているんでしょう?
なら、僕が諦めれば、もう兄さんは傷つかないんでしょう!?
――――――アルはそう言って、鎧の手で鎧の顔を覆って、膝をついた。

「もう、兄さんが傷つくのは見たくないよ・・・・・」

鎧の体には涙が流れるはずもないけれど、声は震えていて―――――
アルが、心の中で涙を流しているのが分かった。
そして、泣かしてしまったのは―――――紛れもなく自分で。
だから、声を掛けることも出来なくて。



最愛の弟―――――

こんな体にする前から、大事にしてた。
母さんがいなくなって、アイツを守るのはオレだと思っていたのに。
そのオレ自身が、こんな体にしてしまった。
この身に換えても取り返そうと躍起になっていたら、
それは、更に愛する弟を苦しめていて。



――――――――どうしていいか、分からなくなってしまった――――――



「・・・・・・・丁度その日の夜、オレにしつこくコナかけてきてた男が、電話をかけてきて。
それをアンタからの電話で、任務だと咄嗟に言い訳して―――トランクを引っつかんで、列車に飛び乗ったんだ。
後は知っての通り、アンタん家に転がり込んで。・・・・・結局迷惑かけたよな」

エドはそう言って自嘲的に笑った。



******



「そうか――――」

ロイはそう呟いて、未だ後ろ向きのままのエドを見つめた。

痛々しい、背中――――――
なまじ、肌が人よりきめ細かくて美しい為、その痛々しさは倍増だ。
白い肌に、紫色の大きな痕。
小さいながらも、赤い筋が見える・・・・・深い傷。
―――――不謹慎だが、それはどこかゾクリとするほど鮮烈な光景だ。
その背中に手を伸ばし、傷跡を辿るように滑らすと・・・小さな背中がピクリと跳ねる。

「た・・・・・い、さ?」

戸惑ったように名を呼び、こちらを振り向く彼。
一瞬自嘲的な笑みを浮かべたロイだったが、エドが振り返ると同時にその表情を消した。


「アルフォンス君の心情は分かるよ。こんな背中を見せられればね・・・・・」
「・・・・・こんなの、たいした事ないんだ。アイツに比べたら――――」
「その思考がよくない」

エドの科白を遮るように、ロイはキッパリと言った。
自分を見据える眼光からエドは視線を逸らし、また背中を向けてしまう。
その背中にシャツを戻してやり、肩に手をかけて体ごとこちらに向ける。
向いても尚、エドは視線を逸らしたままで。

「君が弟に対して責任を感じているのは分かる。
が、それ以上に、彼を愛しているからこそ取り戻そうとしているんだろう?」
「―――ああ。例えオレの責任でなくても、オレはアイツの体を取り戻そうとしたはずだ」
「だがね、愛しているのは・・・・・・君だけだろうか?」
「え・・・・・・?」
「弟も、君の事を深く愛している――――――。
考えてみたまえ。君がアルフォンス君の立場だったら?
彼が君のために日々、自分を省みない行動を取っていたら?
――――――――――――――――――――――――君は、苦しくはないかい?」

エドはロイの言葉に目を見開き―――そして再び目を伏せた。

「苦しい、な」
「彼も同じだよ。愛してるから傷ついて欲しくないというのは」

だから、元に戻ると言う悲願を諦めてでも、旅を止めようと決意して・・・・・言ったのだ。

「でも・・・・・・だからって、アイツの体を諦めるわけには――――」
「諦める必要はない。ただ、君の偏った思考を何とかすればいいだけだ」
「オレの、思考・・・・・」
「弟の為、ではなく『二人の体を取り戻す為』に旅をしなさい。
弟の幸せのために自分の全てを捧げるのではなく、二人で幸せになるために行動しなさい。
・・・・・・・そのためには可能性があるからといって、闇雲に危険な行為に走るのではなく、
きちんと食事をし・ちゃんと睡眠をとり・万全な体調で見極めて――――君自身が元気に前に進む事。
そして、保護するだけではなく・・・・・もっと弟を頼ったらいいんじゃないかな?」


大抵の人間は、与えられるだけでは満たされない、与えられるだけでは苦しくなる。
―――――それが愛する者からなら、尚更だろう?


「焦る気持ちはわからないでもないが、その為に君が命を落としたら、
―――――――――――――――今度こそ、君自身が弟を確実に不幸に陥れる事になる」
「・・・・・・・確かに、な」
「急がば回れというだろう?がむしゃらに進むより、休憩を入れて体調を整えて進む方が効率がいいと思うぞ?」

私を見なさい。いつも緩急織り交ぜて、息を抜きつつ行動している。
お陰で、29歳にして大佐、だ。
そう言ってウインクしてみせるロイに、エドはやっと笑顔を見せた。

「アンタの場合、息抜き過ぎだっつーの」
「抜きすぎたら注意してくれる副官がいるから、いいんだ」
「中尉に頼りすぎだよ・・・・・中尉、苦労してんだろうなぁ?」
「頼る所は頼る、それで万事うまくいってるんだから、いいだろう?
――――それに、彼女も同じ目標に向かっている同志だ。」

目指すものに向かって、支えあいながら一緒に進むのはあたりまえだろう?
ニヤリと笑うロイを、エドはじっと見つめて

「そう、だな・・・・・一緒に進めば、いいのか。そうしたらアルも『諦める』なんて、もう言わないのかな?」
「ああ」


頷くロイをもう一度見つめて―――――エドはふわりと笑った。


ロイはその笑顔にしばし見とれる。
『この笑顔ならば―――――――』
天使にしか見えない。と、そう思った。




そして、また二人で横になって。
エドは当然のようにロイの腕の中に身を滑り込ませて、彼の胸に顔を埋める。
くぐもった声で言った科白は『サンキュ・・・・・』だっただろうか?
いつもこうなら可愛いものを・・・・・と苦笑して目を閉じると、今度ははっきりとした声が届く。



「明日――――――アルのところに帰るよ」



それだけ言うと、エドは瞳を閉じて―――――うつらうつらし始める。

瞳を閉じたエドの顔を見つめて、思う。
こうして眠るのも、今夜で終わりか――――――と。
・・・ロイは、ふと感じた喪失感のようなものに気づいて、一人苦笑いを漏らす。


『やはり、私は君に振り回されてばかりだな・・・・・』


心の中でだけ呟き、寝息を立て始めた小さな体を抱く腕に、ロイは少しだけ力を込めたのだった。




や、やっとシリアス部分が終った!!・・・・・・・ふう。
次回で、『お泊り編』終りたいと思います。


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