「これで君も晴れて軍の狗。・・・・・・そうだな、狗仲間を紹介しておこうか?」
国家錬金術師の資格を得た日、執務室で。
拝命書や銀時計を手渡した後、男はそう言った。
「狗仲間?」
「私の側近達だよ」
彼らは、信用していい。
短く付け加えられた言葉に、呼ばれて入ってきた者たちがこの男に信頼を置かれていると分る。
面々はそれぞれ個性的だが――――第一印象は悪くない、直感で男の言葉通り『信頼に値する』と感じた。
紹介された側近達と握手をかわし、言葉を交わす。
一通りの挨拶が終った後、男が口を開いた。
「彼らには、君達の過去を話しておく」
「なっ!」
「信用していい。と、言っただろう?」
確かに、自分の直感も『彼等は大丈夫』と告げている。
しかし、彼等を統括しているこの男自身が、どうにも信用しきれない。
何か、底がしれない・・・・・そんな男だと思う。
だが、自分にはこの男を頼って進むより道がないのも確かだ。
沈黙の後、エドは頷いた。
「――――――――わかったよ」
「よろしい・・・では後ほど私の方から話しておこう」
帰って良いぞ。
告げられた言葉に頷き、部屋を出る為にドアに向かう。
だが―――――
「ああ、忘れる所だった」
聞こえた呟きに振り返ると、男がおいでおいでと手招きしてくる。
眉を寄せて執務机の前まで戻ると、ファイルが差し出された。
「合格祝いだよ」
「祝い?」
出されたファイルの中身を開き、紙をパラパラと捲ってエドは顔色を変えた。
それは、目的を果たす為の手がかりとなる資料。
「・・・・・なんで?」
「言っただろう?祝いだと」
「アンタがオレにそんな物をくれるメリットって、あんのか?」
「随分とうたぐり深いんだな・・・・・まぁ、君の行く道は困難を極めるだろうから、その方が良い。
だが、私に関しては純粋に好意で・・・と思ってくれてかまわんよ?」
「うさんくせぇ・・・・・・・」
嫌そうに顔を顰める子供に、男は笑った。
「ははは、君も錬金術師だからね。等価交換じゃないと落ち着かないかい?
―――――――――――なら、感謝の言葉を返してくれ」
それを代価にするから。
そう言ってニヤリと笑う男に、
今度は困惑の表情で、子供は聞き返す。
「感謝の言葉?」
「そう、『ありがとう』と。―――――いや、それだけでは少々つまらんな」
男はうーんと、顎に手を当てながら考えて。ポンとひとつ手を打った。
「ああ、『ありがとう、大佐大好きv』・・・・・・・とか、いいかな」
言われた言葉に、子供はギョッとして男を見つめ、
次に怒りの声をあげた。
「だ、だいす・・・・・?アホかっ!!」
「子供らしくて可愛い受け答えじゃないか?・・・・・うん、決めた。そうしよう」
「勝手に決めんな〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!」
「決定事項だ。・・・・・・・・・・・嫌なら、資料は返してもらうが?」
ぐっと言葉に詰まった子供は、内心の葛藤を表すように表情をあれこれ変えながら唇を噛んで。
しばらくして、キッと男を睨みつけた。
「アリガトウ!・・・・・・・・タイサ、ダイスキ!!」
怒鳴るように言って、憤慨で顔を赤くする子供に、男はクスクスと笑った。
「かなり棒読みだが・・・・・・まぁ、いいだろう。
子供に感謝されるのも、たまにはいいな。・・・・・・・・・・・楽しいし」
その言葉に、今にも暴れだしそうになった子供を長身の部下が同情を込めた目で見下ろしながらも押える。
それを、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべて見ながら、男は続けた。
「これからも役立つ物を見つけたら、用意してあげよう。
――――――――もちろん『好意』だから、『感謝の言葉』を忘れないようにね」
では、今度こそ帰ってよし。
そう告げて、書類に目を通しだした男を、子供は長身の男の手を振り解いて睨みつけて。
それでも何とか殴るのを我慢したらしく、踵を返すと足を踏み鳴らして出て行った。
******
ドアが閉まった後、そちらをチラリと見てもう一度おかしそうに笑う上官を、呆れたように部下達が窘める。
「大佐ぁ。あんまり子供をからかっちゃいけませんや」
「かわいそうですよ」
「あまり酷いと言葉だけでも児童虐待に当たる可能性も」
部下達に抗議の声に、フンと鼻を鳴らす。
「何をいう?物をもらったら礼を言う。当り前の事だろう?」
大人として、子供にしつけをするの当然だ。
意にも返さないでそう言う男に、部下達はため息を吐いた。
・・・どうせ、自分達が何を言っても、この人が聞くわきゃないのだ。
どうやらこの人に気に入られたらしい金の子供に同情しつつ、部下達は仕事に戻っていく。
最後にのこった長身の部下が、部屋を出る前に振り返って男に聞いた。
「それにしても、あんな心も篭ってない感謝の言葉もらうのに意味あるんスか?」
確かに少しは楽しいかもしんないですけど、わざわざ資料を用意してまでするほどのことっスかぁ?
嫌味ではなく、不思議そうにタバコをふかしながらそう言いわれ、男はニヤリと笑った。
「言霊を知っているか?」
「は?」
「言葉には・・・・・・・・・結構力があるものだ」
「はぁ?」
再び書類を捲りだした男に、これ以上は答えてもらえないと悟って。
部下は肩を竦めて出て行った。
******
誰もいなくなってから・・・・男は唐突にペンを置いた。
回転椅子を回して、窓に目をやる。
「言葉には、力がある」
今は心の篭らぬただの音。
だが、繰り返していくうちにそれに魂が宿っていく。
「楽しみだな」
次に会えるその時までに、また何か君の気に入りそうな物を用意しておこう。
君がそれを受け取って、またあの言葉を私に寄越すだろう。
それを、何度も繰り返していくのだ。
男は、窓の外を見つめる。
そこには、走って行く、赤いコートの小さな影。
金のしっぽがきらきらと輝きながら、動きに合わせて飛び跳ねる。
男はどこか妖艶な笑みを浮かべて、それを見つめた。
「たまには、待つのもいい」
だって、やっとのことで見つけたのだから。
焦らずに、でも・・・逃さぬように。
ゆっくりと罠にかかるのを待とう―――――
今は心が伴わないただの言葉が・・・・・・・・・いつか、魂の宿った言霊に変わるまで。