拍手ログD 『コトダマ』・・・U―B



本を借りてから3日目の夕方。
定時ギリギリの辺りに、やっとエドはロイの執務室に顔を出した。


「大佐・・・・・・・これ」


彼にしては大人しく・・・どこか気まずそうに本を差し出され、
ロイはそんな彼を眺めつつ受け取ると、からかいの音をのせて返事を返した。

「ああ。ちゃんと忘れずに持ってきたようだね・・・・・涎とか垂らしてないだろうな?」
「垂らすか!!!」

確認するように、わざとパラパラと音を立ててページを捲るロイに、
エドはつい気まずさも忘れて、金髪を逆毛立て拳を繰り出す。
それを軽く受け流してから、ロイは問い掛けた。


「役に立ったかね?」


その言葉にエドは息を呑むと、振り上げた手をノロノロと下ろした。
そして、ウロウロと視線を彷徨わせたあと、ポツリと答えた。

「・・・・・・・・・・・・・うん」
「なら、よろしい」

ロイはそう言うと、さっさと本をデスクの上カバンにしまいこんだ。
それを見ながら、エドは意を決したように、口を開く

「あのさ・・・・・大佐」
「ん?なんだね?」
「その本・・・・・・」

エドがそこまで言い掛けた時に、ノックの音と共にハボックが入室してきた。

「大佐、迎えがきてますが」
「ああ、今行く。――――鋼の、悪いが急いでいる。話はまた今度だ」
「え!?ちょ・・・・・!!」

エドの静止の声にも止まることなく、ロイはそのままカバンとコートを抱えて出て行ってしまった。
それを追いかけるように続くハボックの腕を、エドはガシッと捕まえる。

「大将?」
「大佐・・・・・何処行くの?」
「さあ?――――ただ、お抱え運転手つきのご令嬢が迎えにきてたぜ?」
「!!」

いいよなぁ〜、オレもあんな美人に誘われてみてえよ。
ハボックはそうぼやきながら、部屋を出て行った。
エドは少しの間、そこに立ち尽くし――――そして、突然走り出す。
正面入り口まで一気に走りきって、外を見ると―――丁度黒塗りの車が門を出て行ったところだった。
エドは唇を噛んでそれを見送った後、門番の所まで走り寄る。

「なぁ!!」
「は?あ!鋼の錬金術師殿・・・」

敬礼しようと腕を持ち上げかけた門番の腕を掴んで、エドは詰め寄った。

「さっきの車。どこの車だ!?」
「さっきの・・・・・大佐が乗られた車でしょうか?」
「ああ!」

門番はエドの勢いに躊躇しながらも・・・特に口止めされていなかったので、答えた。

「民間人の車です。確か、アドレー様と」
「!!」
「あ、あの・・・・・・?」

目を見開いて・・・・・次に顔を歪めるエドに、門番はオロオロと声をかけるが。
エドは言葉も無く、そのまま外に歩いていってしまった。



******



夕暮れの街をとぼとぼと歩きながら、エドは先ほどのことをぐるぐると考えていた。


「なんでだよ・・・」


なんで、そこまでしてくれるんだ?
それとも・・・単に、美人の令嬢とデートしてみたくなっただけなのか?

・・・・・・いくら考えても分る訳がない。本人に聞かない限りは。
やはり、さっき無理矢理にでも引き止めて聞いてみればよかった!
そう思って顔を上げ、そしてすぐにまた顔を曇らせて、俯いた。


『オレのために嫌いな女とデートしてくれたのか?なんて――――聞ける訳ねーよな』


聞いた所で、『自惚れるな』とか言われそうだ。
・・・そうだ。単に嫌いなタイプと思い込んで敬遠していた女性が、
よくよく話をしてみれば、そうじゃなかったとか?
意外に馬が合うのが分っただけかもしれない。
それなら、オレが思い悩むことなんか、ないや。
きっと、そうだ。今ごろアイツは美人の令嬢に鼻の下を伸ばして―――――――

そこまで考えて、顔を上げたとき―――――視線の先にカップルを見つけた。

それは、先ほど車で出て行った筈のロイと、令嬢だった。
腕を組んで歩く様子は―――――まさに絵に描いたようで。
エドはその光景を呆然と見つめてから、我に帰って建物の影に隠れた。

『なんだ、やっぱりさっきの想像通りじゃん』

仲睦まじい様子。
エドはそれにホッとすると同時に、何故か焦燥感のようなものが込み上げて来た。
それがなんなのか分らずに・・・また顔だけ出して二人様子を窺うと――――
なにやら二人は立ち止まって話をして、そして令嬢だけが目の前の宝石店に入っていった。
彼女をにこやかに笑顔で見送っていたロイだが、彼女が店内に入った途端、その顔から笑みが消える。
冷たい表情で彼女の入った店を見詰めるロイに、エドは息を呑んだ。
自分は恋愛には疎い。疎いけど・・・・・・あれは。


『大佐は、やっぱりあの人を好きじゃないんだ・・・・・・』


愕然とした気持ちで見つめていると・・・・・・
ロイは宝石店の向かいにあった電話ボックスに向かおうとしたのか、体を回して。
そして、こちらを方向を向いた所で動きを止めた。

「鋼の?」
「!!」

呆然としているうちに、体半分が出てしまっているのに気がついたが、後の祭り。
それでも一度建物の影に身を引き・・・・・・でも、名前まで呼ばれているので今更だと、しぶしぶ姿を現した。
ロイが意地悪な笑みを浮かべて近づいてくる。

「こんな所でかくれんぼかい?――――――子供らしくて、微笑ましいね?」
「子ども扱いすんなっ!!誰がかくれんぼなんかっ!」
「ほう、かくれんぼじゃないとなると・・・・・何をしていたのかな?」
「うっ」

語るに落ちたエドはぐっと言葉をつまらせる。
それをニヤニヤといつものように人の悪い笑みで、ロイがからかいだした。

「君に覗き趣味があるとは知らなかったな?」
「だ、だれが!!・・・・・・あんたらが勝手に前を歩いてただけだろ!?」
「偶然一緒になっただけか。なるほど・・・・・そのわりに建物の影から窺っていたようだがね?」
「うっ・・・・・・あれは、その―――――邪魔かと思ってさ」

オレなりの気づかいだよ!!
そう言い放つと、ロイは白けたような目でこちらを一瞥した。


「ほう、そんな気づかいができるようになったのか―――――それはそれは、大人になったものだね」


じゃあな、大人な鋼の。
そんな風に嫌味と共に手を振って、ロイは踵を返して歩き出したが―――――すぐに歩を止めた。


「鋼の・・・?」
「え?・・・・・・・あ!」


ロイに名を呼ばれて、エドはいつの間にかロイのコートの端を掴んでいる己の手に気がついた。
『うわ、オレ・・・・何やってんだ!?』
慌てて離したが、引き止めた形なってしまっている事実は変わらない。
ロイは何か用事か?・・・・・といった風に、こちらの言葉を待っているようだ。
『こうなれば、やっぱり直接真相を確認して・・・・・・!』
エドは意を決し、心のもやもやを晴らすべく、ロイを見上げた。

「あのさ、大佐!」
「なんだね?」


『あの本を借りる為に、あの女の人とデートしてくれたのか?』


そう言おうとして、ロイを見つめて。
――――――――――――――――――――言葉が、でなかった。

「鋼?」
「いや・・・・・あの・・・・・そう、まだ代価・・・払ってなかったよな・・・?」
「ああ!急いでいたので忘れていたよ」

ちゃんと言いに来るとは、感心感心。――――じゃあ、早速受け取るとしようか?
ニヤリと笑いながら『さあ、どうぞ?』と促すロイにムッとしながらも、エドは代価を払うべく口を開く。



「ありがとう。大佐、だい・・・・・・・」



そのまま固まったように、言葉を途切れさすエドに、ロイは首を傾げる。

「どうした?」
「え、いや・・・ごめん!」

ロイの問いかけに慌てて言い直そうして。


「ありがとう!大佐、だいっ・・・・・・・」


またもや同じところで言葉を詰まらせるエドに、ロイは不思議そうに顔を覗き込んだ。
その時、二人に声が掛けられる。

「マスタング様?」

店の入り口でこちらを見ているのは、先ほどのアドレー嬢。
それに気が付いて、ロイが彼女ににこやかに手を振る。

「ああ、レディ―――今行きます。・・・・・・じゃあな、鋼の」
「えっ!?待ってよ、今言うから!!―――――ありがとう、大佐、だい・・・・・・・・・・・・・・・・、っ!」


「―――――――鋼の。もういいから」


やはり言えずに唇を噛んで俯くエドの頭を、ポンポンと軽く叩いて。
『今日はまけておくよ』
そう言って、ロイは令嬢の元に戻って、少し離れた路上に止まった黒塗りの車に乗り込み去っていった。

それを見送った後、エドは顔を歪め。
俯いて踵を返すと、ロイが去って行った方向に背を向けて歩き出した。




・・・昨日まで、何ともなく言えていた言葉が、
まるで、意思を持った生き物のように喉につかえて――――出てこなかった。



******



「貴方が甘党だとは知りませんでしたわ」


レストランで。
アドレー嬢はロイが頼んだ綺麗な琥珀色の甘い酒を見て、首を傾げる。
そんな彼女に、ロイは悪戯っぽく笑うと、グラスをゆっくりと回して見せた。

「今日は、貴女と食事を出来た事以外にも、もう一ついい事がありましてね」
「あら、なにかしら?」

食事を共に出来て嬉しいというロイの世辞に気をよくした彼女は、クスクスと笑って聞き返す。

「ずっと欲しかったものが、手に入りそうなんです―――まぁ、前祝といったところでしょうか」

甘いものは苦手なのですが、この色が気に入っていましてね。
ロイはまたグラスをくるりと回して見せた。



「それに、勝利の美酒は―――――――甘いものでしょう?」



妖しい色気を感じさせる微笑に、アドレー令嬢はうっとりと頬を染めてロイを見つめた。
それからさりげなく視線をはずして・・・ロイは、グラスの中の琥珀色の液体を眺める。




言葉に、魂が宿ってきた。
言霊に変わりつつある、あの言葉に祝杯を。




ロイはもう一度悠然と微笑んで、軽くグラスを掲げて飲み干したのだった。





エドは本当に甘そうですよね(笑)
エドが例の言葉を言えなくなった所で『U』は終わりです。
また間が開いちゃいますが、『V』に続く予定です♪


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