「は、はたけ上忍!お疲れ様です!!」
「報告書持ってきたんだけど、まだいい?」
「はっ、もちろんです!こちらにどうぞ!」
慌てて立ちあがって両手を差し出す同僚に、報告書を預けるカカシ。
それを、イルカは目を見開いて見つめる。
心の準備がないまま遭遇してしまったカカシに、イルカの頭は真っ白。
先ほどまでは『会ったらすぐ謝罪』と思っていた筈なのだが、それもすっぱりと忘れ、ただ呆然と呟いた。
「・・・・・・カカシ先生」
その呟きにチラリとイルカの方を見て・・・隣の同僚に報告書を渡してから、カカシはイルカの前に歩み寄った。
「たーだいま、イルカせんせ」
そう言って、カカシは目を弓なりに細めて微笑んだ。
・ 酔った上でのコトですし? ・
〜〜酒は飲んでも飲まれるな!・酔っぱらいイルカ物語 <7>〜〜
その笑顔をしばしぼんやりと見つめてから・・・イルカはハッとして立ちあがった。
「あ、はい!お帰りなさい!!」
そう挨拶を返してから、『・・・って、そうじゃないだろ!?』と、慌ててイルカは謝罪の言葉と共に頭を机につくくらい深く下げた。
「あの、カカシ先生!先日の慰労会では本当にご迷惑を・・・っ」
「ああ、そんなにかしこまらなくていーですよ?・・・次の日、大丈夫でした?二日酔い、酷かったんじゃない?」
「あ、それは幸い昨日は休みでしたので、一日中寝てましたから、今日はもう・・・」
あくまでものんびりとしたカカシの言葉に思わずそう返してから、イルカはまた我に返ってブンブンと頭を横に振って、また頭を垂れた。
「いや、俺のことより!本当にすみませんでした、カカシ先生!!俺、とんでもない事を・・・っ」
「だから、そんなに謝らなくていいですって」
「いいえ、謝らせてください!!・・・それに、当日ご迷惑お掛けしただけではなくて・・・これからも多分にご迷惑をお掛けする可能性が・・・・」
先ほどまでの周囲の態度を見る限り、あの時のことは里中の噂になっているだろうと思われた。
カカシ先生の周囲も、自分ほどではないかもしれないが、しばらく五月蝿いことだろう。
それを考えると、申し訳無くて堪らず・・・イルカの語尾はおのずと小さくなっていく。
そんなイルカの言葉に、カカシも思い当たったようで『ああ』と声を上げた。
「なんだか、色々噂になってるみたいですねぇ」
「あっ、もうカカシ先生の耳にも入ってましたか?本当に俺、なんとお詫びしていいか・・・」
「かまいませんよ。俺は別に気にならないですし・・・アナタこそ、今日は大変だったんじゃない?」
優しいカカシの言葉に、イルカは思わず泣きそうになった。
嫌な思いをさせたに決まっているのに、かえってこちらを気遣ってくれるなんて・・・
挨拶程度しか話をしたことがなかったが、本当に同僚達の言う通り人間のできた立派な人だ。
ナルトの話を聞いてうっすらと思っていた事がまごうことなき真実だと知って、許してもらったこと以上にイルカは感動してしまう。
こんな素晴らしい人にナルトが教えてもらえるかと思うと、嬉しくて本気で泣きそうだ・・・
潤んできた瞳から涙をこぼしてしまったりしないように、ぐっっと我慢をしながらイルカは言った。
「俺はいいんです、自業自得ですから。・・・それより、カカシ先生に嫌な思いをさせるかと思うと、申し訳なくて。酔っていたとはいえ、口布に手を掛けたり、暴言を吐いたり、膝枕させたり・・・本当に済みませんでした」
また深ぶかと頭を下げ出したイルカに、カカシは苦笑しながら言った。
「ね、イルカ先生。本当に良いから、もう謝らないで?」
「はぁ・・・でも」
やらかした事に対して、この程度の謝罪では釣り合わないのでは?と躊躇するイルカ。
そんな彼の顔を覗きこみながら、カカシは言い含めるような口調で言った。
「酔った上でのコトですし・・・・・・ね?」
優しく微笑むカカシの顔に、思わず見とれてしまう。
「・・・・・・・ありがとうございます」
今度は謝罪ではなく感謝の言葉を言いながら、イルカは決意した。
『いつか、ご恩返しをしよう』
今は何をしたらこの人が喜んでくれるかはわからないけれど、この恩を返せるように頑張ろう―――
そう心に決めて、イルカも今度は微笑を返した。
やっと笑ったイルカに、カカシも嬉しそうに笑っている。
そんな二人に・・・・・
やっと話がまとまったと思ったのか、今まで聞かない振りをしながら書類を確認していた隣の同僚が話しかけてきた。
「はたけ上忍、報告書に不備はありませんでした」
「あ、そう?」
「はい。受理致しました、お疲れ様でした」
「いえいえ、アナタ方こそお疲れさん・・・これで、受付は終りなんだよね?」
「はい」
にこやかに対応している同僚の声を聞きながら・・・
イルカはやっと緊張を解いて、椅子に座りなおし机の上のものを片付け出した。
『ああ、ホント・・・肩の荷が下りた感じだ』
いや、周りにはこれからも色々言われるだろうけど・・・
それでも、本人に許してもらえたのだと思うと、断然気分が軽い。
それにしても、カカシ先生って本当に良い人だなぁ!
ナルトが『優しいけど、何考えてるかわかんねぇ時があるってばよ』なんていっていたけど、そんな事無いじゃないか。
ああそう言えば・・・結局コイツが言ってた『本気だったら?』ってのも、杞憂だったな〜。ま、当たり前だけどな!
妙な心配をしていた隣の同僚をチラリと見ていると・・・カカシが、イルカの方を振向いた。
「イルカ先生も、これであがり?」
「はい。今日はもう残業もありませんし、終りです。・・・カカシ先生の寛大なお言葉のお陰で、晴れた気持ちで帰れますよ」
感謝の気持ちを込めながらそう言って、イルカは笑った。
「そう、それは良かった。んじゃ、イルカ先生・・・いきますか?」
「え?」
その言葉に首を傾げながらも、笑顔のまま聞き返すと・・・カカシはにっこりと微笑んで。
――――そして、イルカに片手を差し出した。
「・・・・・・・さぁ、手を繋いで帰りましょうか?」
どっちの家に帰ります―――――?
手を差し出したままそんな事を聞くカカシに、イルカの目が大きく見開かれる。
同僚の息を飲む音が、やたら大きく聞こえた。
「カ、カカシ先生・・・冗談は・・・・・・」
やめてくださいよ。
・・・そう言おうと思った言葉は、途中で途切れた。
睨まれた訳でもない、殺気をぶつけられた訳でもない。
それどころか、カカシの顔には、笑み。
それなのに・・・何故だかそれを言ってはいけない空気を感じて、イルカは押し黙った。
―――許してくれたんじゃなかったんですか?とか、
―――本気じゃなくてちょっとした嫌味を言ってるだけですよね?とか、
―――もしや許してもらえたと思ったのは勘違いで、これから人目のつかないところで報復ですか?とか。
色々ぐるぐると考えてみるが、上忍の意図が分からなくて・・・・・
ドキドキと五月蝿い心臓の音を聞きながら、今度は言葉に出さず伺うような視線をむけてみるが―――彼は相変わらず手を差し出したまま、ただ笑みを見せるだけ。
・・・・・イルカのこめかみを、一筋の汗が流れていく。
再び真っ白になったイルカの頭に・・・不意に、父と交わした会話が浮かんできた。
『イルカ、お前に人生の指針となる言葉を授けよう―――『酒は飲んでも、飲まれるな』、だ。・・・忘れるな』
『わかった〜!でもさ、とうちゃん?』
『なんだ?』
『忘れちゃったら、どんな事が起きるの?』
『・・・・・お前の人生を揺るがす、大変なことが起こるかもしれん』
『ええ〜っ!?・・・その時は、どうしたらいいの?』
『その時は・・・例えそんなつもりじゃなかったとしても、男なら腹をくくって己のしでかしたことの責任をとらねばいかん』
――それが嫌なら、父の言葉を忘れるな。いいか、『酒は飲んでも、飲まれるな』だ!
父の言葉が、ガンガンと頭に響く中・・・
イルカは呆然と今は亡き父に、心の中で話しかける。
『とうちゃん・・・俺の人生、揺り動くこと決定かも』
折角教えてくれた教訓を、活かせなくてゴメン!!
そう父に謝って―――――ゴクリと一つ唾を飲みこんでから、そろぉりと手を伸ばした。
『これから俺の人生がどう転がるかわからないけれど・・・』
もう、飲みすぎません!絶対に!!!
―――遅まきながら、そう心に誓うイルカであった。