とっぷりと日が暮れて、やっと人の出入りが収まった受付で―――
机に倒れこむ様に突っ伏したイルカに、隣の同僚が声をかけた。
「おい、イルカ・・・・・・生きてるか?」
「・・・・・死んだ」
「ご愁傷様・・・・・」
同僚の声には、流石に同情の色が浮かんでいた――――
・ 酔った上でのコトですし? ・
〜〜酒は飲んでも飲まれるな!・酔っぱらいイルカ物語 <6>〜〜
「おっ、その顔の傷・・・もしやお前がカカシと恋人になったっていう中忍かぁ?」
男にそう声を掛けられて・・・イルカは顔を引きつらせた。
昨日の宴会はかなりの大所帯だったので、自分が居た中忍席辺りに座っていた忍以外は気に留めていないかも・・・と思っていたが、どうやら甘かったらしい。
目の前の男は、確か上忍で席も遠かったように記憶しているが、昨日の事はしっかり耳に入っているらしい。
「知り合いのくのいちに聞いたんだが、あの写輪眼に膝枕させたって?すげぇな、お前!」
「あ、あはは〜。昨日はいささか飲みすぎまして・・・失礼いたしました」
「んで?その後は?お前がカカシをヤッたのか?それともやっぱ、ヤラれたのかー?」
「やっ・・られ!?・・・イエ、あの事は酔って前後不覚になった俺の戯言に、はたけ上忍が付き合ってくださっただけで、本当に恋人になったわけではないんです。あの後、上忍は任務に行かれましたし・・・」
「なんだ、つまんねぇな。カカシが中忍にホラれたってんなら笑えると思ったのによ〜!」
「ほっ・・・!?そ、そんなだいそれたこと出来る訳無いじゃないですか。第一はたけ上忍に失礼ですよ?」
ははは〜と、乾いた笑いでその場を治めてから、報告書にとっとと印を押して書類を受理した。
『ああ、やはり妙な噂になってしまってる・・・カカシ先生にどう謝れば・・・』
先ほどの男が受付から離れて歩いていく背中を見送ってから、俯いてそんな事を考えていると・・・また、目の前にペラリと紙が置かれた。
慌てて、顔を上げたイルカだったが・・・
「あれー?その目立つでっかい傷!!お前がはたけ上忍の旦那になったって、中忍だな?」
・・・こんなに、自分の顔の傷を恨めしく思った事はなかった・・・・・
******
その後も―――
入れ替わり立ち代り来る忍達から、からかわれ、笑われ、ニヤニヤとえげつない言葉を掛けれられて。
くのいち達からは、冷たい目でみられ、嫌味を言われ、時には身のほど知らずと詰られて。
それにいちいち受け答え、関係の否定、そして謝り倒しながら仕事をしたのだが・・・
――――結局それは、受付業務終了間際まで休む間無く続いたのだった。
それでも、最後にはやっと人足が途絶え、イルカは倒れるように机に突っ伏して・・・先ほどの同僚とのやり取り。
『ご愁傷様』といわれたが・・・本当に、生きた心地のしない時間だった―――
「お前さ・・・これからは酒の量、控えろよな」
苦笑しながらの同僚の言葉に、イルカは素直に頷いた。
「そうするよ・・・そういえば、親父の遺言だったしな」
「親父さんの?」
「おふくろとの馴れ初めを聞いたらさ、何故か真面目な顔で『酒は飲んでも飲まれるな』って言われたんだ。人生の指針にしろってさ」
「・・・・・なるほど。そりゃ、身にしみる言葉だな」
ははは・・・・と空しい笑いを漏らした二人だったが。
そのあと―――急に思いついたように、同僚が口を開いた。
「なぁイルカ、俺達さ・・・ずっとあれは『上忍の冗談』だと思って話してきたけど・・・もしも、本気だったらどうする?」
その言葉に、イルカはあっけに取られたような顔で同僚を見上げた。
「は!?んなこと、ありえるわけねぇだろ?」
「・・・・やっぱ、そうだよな」
「当たり前だろ!?男同士ってのもあるけど・・・そもそも、あんなすげぇ人が俺を相手にするわけねぇだろ?」
呆れたようにそう返すと、それに頷きながらも何か気になるようで・・・同僚は考えこんでいる。
「おい?」
「普通に考えりゃそうなんだけどさ・・・でもはたけ上忍、なんかお前にやたら優しい気がしてさ」
「は?・・・お前等も言ってたじゃないか。『あの人はできた人だから付き合ってくれただけ』だって」
「うん、確かにそう思ってた。でもさ、言い忘れてたけど―――恋人云々の前にお前、はたけ上忍の口布引き降ろしたんだよな・・・」
「なっ!?」
いつ何時もつけていると噂のカカシ先生の口布を!?
イルカは、膝枕の事実を聞いた時よりショックを受けて、サアッっと青ざめた。
「ああ、慌てるなって!それも上忍は怒らなかったから。でも・・・怒らなかったけど、その代り幻術掛けられたんだよ、俺達」
「げ、幻術?」
「ああ、お前が口布下ろした後も、俺達には口布をつけたままに見えてた。だけど、お前だけは違ったんだ。『綺麗だ』とかって、やたら上忍の顔を誉めてて・・・。そん時は、『引き下ろした筈の口布があったらまた何か絡んできそうで面倒』だから、それでお前にだけ別の幻術を見せたのかと思ってたけど・・・・・」
今思い返してみれば、お前だけに素顔を見せてくれてたんじゃねぇかなぁって?
同僚の言葉に、イルカは動揺した。
俺にだけ、素顔を?―――そんなこと・・・
「あ、ありえねぇだろ・・・」
「お前その時の事、全く覚えてねぇのか?」
「う、うん・・・・・・」
本当に前後不覚になっていて、全く覚えがない。
・・・・・・だが。
『・・・幸せな気分だったのは、なんとなく覚えているような』
次の朝目が覚めたとき、二日酔いで最悪だったのにも関わらず・・・
何故だか――――心が満たされたような、良い気分だったのだ。
俯いて考えこむイルカに、同僚は面倒になったのか『ま、そんなわけねぇよな』等と話を締めくくり、受付を閉める為に机の整理をしだした。
―――――その時、不意に声が声を掛けられた。
「あー、もう終り?」
その声に二人揃って顔を上げると・・・そこには何時の間にかカカシが立っていた。