「カカシ!」
「椿・・・」
呼び止められて振り向くと、椿が腕を組んで立っていた。
「首尾は?」
「誰にもの言ってんの?」
余裕を込めた口調で返すと、彼女はふふ・・・と笑った。
「そう、なら・・・・・許してあげるわ」
『許してあげる』の言葉の中にいろんな意味が混ぜられているのを感じて、カカシは謝罪と共に、感謝の言葉を述べた。
「悪いね・・・ありがとう」
彼女の瞳が寂しげに揺れた気がした―――
★カカ誕2009★ 『魅惑の黒髪』・・・12 
「・・・イルカ先生、俺です」
コンコンとドアを軽く叩いて、声をかける。
すると、程なくドアが開いてイルカが顔を出した。
「カカシさん、いらっしゃい。どうぞ入ってください」
笑って出迎えるイルカに促され、カカシは玄関に足を踏み入れた。
「すみません、遅くなっちゃって」
「いえ、くださった式はちゃんと届いていましたから・・・追加任務だったんですか?」
「ん・・・・・ちょっと個人的なものでしたけど・・・まぁ、そんなものです」
先程まで椿が薬草を譲ってもらったという火の国の大名のところに行っていた。
用事は、椿が支払う筈だったものを代わりに支払う為―――
薬草を都合してもらう代わりに、以前から誘われていた中年オヤジに一晩抱かれる約束をした彼女の代わりに、大名の所に行ってきたのだ。
話し合いや金で手を打ってくれるような輩ではないから、椿に変化をして訪れて、幻術でいい夢を見させてきた。
ついでに、何も言わず薬を調達してくれた彼女へのせめてもの罪滅ぼしに、もう椿にそんな誘いをかけないよう、写輪眼で暗示をかけておいた。
これであの男からの誘いに気に病むことは無くなるだろう。
そんなこんなで約束の時間に遅れた訳だが、椿の事を知らないイルカにはあまり言いたいことではないので、つい言いよどむ。
だが、イルカは歯切れの悪いカカシの言葉に首を傾げたものの、それ以上聞くことは無かった。
「そうですか・・・お疲れ様です。まずは飯にしましょう、どうぞ?」
居間へと促すイルカに、カカシは幸せそうに微笑む。
あの日、二人の思いを確認した二人は、晴れて恋人同士になった。
そのまま、甘い時間を満喫する日々・・・だったら良かったのだが。
次の日から、綱手様は本当に高ランク任務をどっちゃり寄越してくれたのだ。
『上手く落とせたようじゃないか?イルカにいい思いをさせてやるためにも、いっぱい稼ぎな!』
・・・などと言われて手渡された任務依頼の束を見て、泣きそうになった。
とりあえず火の国内の任務を一つ選び、それと同時に椿のへの借りも返して、やっとここに来れた。
でも・・・今日はとりあえず帰ってこれたが、また深夜に出かけなくてはならない。
それを切なく思いつつも、今はこの幸せを満喫しようと居間に入って―――目を見開いた。
ちゃぶ台の上には隙間がないほど料理が並び、あまつさえ天井には手作りの輪飾りまで飾ってある。
―――驚いているカカシに、イルカは悪戯が成功した子供のように、楽しそうに笑った。
「俺んちで誕生日のお祝いをしましょうって、前に約束したでしょう?忘れちゃいました?」
「いや・・・忘れてはないですけど・・・・・もう、誕生日は過ぎちゃから」
もう、お祝いもナシになったと思ってました。
呆然とそう呟いていると・・・イルカに手を引かれ、座布団に座らせられた。
座って、改めて目の前の料理を見つめる。
豪華なものではないけれど、カカシの好物ばかりが乗っていた。
そして、真ん中に存在感たっぷりに置かれているのは、イチゴのケーキ。
もちろんチョコプレートにはハッピーバースディの文字。・・・そこには、イルカの心づくしのお祝いの膳があった。
「かなり遅くなっちゃいましたけど・・・今日お祝いしましょう」
そう言って微笑むイルカに・・・カカシはやがて、口元に笑みを浮かべた。
「そうでしたね・・・俺ね、すごく楽しみにしてたんですよ」
任務の間もその事を考えてしまうくらい楽しみで。
あの日、天幕にアナタが来た時・・・もうその楽しみは無くなってしまったんだろうなって、悲しくなりました。
そのうち、暗示の所為でそれどころじゃなくなって・・・・・忘れてました。
そう言って、カカシは苦笑した。
「嬉しいです、イルカ先生・・・」
感謝の言葉を言うと、イルカは目を細め・・・微笑んだ。
「俺も嬉しいですよ・・・俺も楽しみにしてたんですから」
あなたと一緒に過ごせるだけでも嬉しかったのに、二人であなたの誕生日を祝う事ができることになって・・・俺、本当に楽しみにしてたんです。
そう微笑むイルカの手を取って、カカシは引き寄せた。
感謝と愛情を込めて、キスをする―――
唇を離すと、まだキスに慣れないイルカが、顔を恥ずかしげに赤らめて言った。
「誕生日おめでとうございます、カカシさん」
「ありがとうございます・・・イルカ先生」
カカシは微笑んでそう返してから、ふと思い出したように言った。
「そういえば、天幕の中でも言ってくれましたよね・・・」
アナタにその言葉を言ってもらうのをすごく楽しみにしてたのに、あんな場面でそれを言わせる事になってしまって・・・切なかったな。
そう言って視線を落とすと、イルカは苦笑した。
「すみません。こんな時に・・・とも思ったんですけど、あの時は『今しかそれを伝える機会は無いだろう』と思ってたんで・・・」
「え?」
「あの後、たぶん俺は友達の地位にさえいられなくなると思ったから・・・」
あなたは俺が相手をするのを嫌がっていたから、これからは俺を避けるようになるかもしれないと思いました。
俺としても、片思いの相手にあんな風に抱かれることになって・・・次から友人として振舞う自信がなくなった。
もう今までのように付き合えないかもしれないから、あなたとお祝いをするどころか、祝いの言葉を伝えることさえもう出来ないかもしれない・・・だから、言っておきたかった。
「・・・もう一度言う事が出来て・・・こうして、隣に座ることができて・・・嬉しいです」
はにかんだように笑うイルカに、愛しさが募る。
カカシはイルカに向かって腕を伸ばし、彼の体を柔らかく抱きしめた。
「俺もです、イルカ先生・・・」
苦しい思いもしたけれど、あの事が無ければ俺は未だ自分の気持ちに無意識に蓋をしたままだったかもしれない。
あなたを好きだと気がついて、こうしてあなたを抱きしめる事を許されて・・・本当に嬉しいです。
心底そう思いつつ、告白すると・・・イルカの手が、カカシの背中に回されるのを感じた。
顔を上げると、はにかみながらもこちらの愛に応えようとしている、健気な彼の顔が見えた。
瞼に口付けを落とすと、くすぐったそうな顔。
カカシは愛しげに微笑んだ後、今度は唇にキスをした―――
******
食事を終え、夜は深まる。
ほろ酔いの熱い体に、目の前には心を通い合わせて間もない、恋人。
食欲を満たされた後は、当然―――
「イルカ先生・・・」
「カカシさん・・・」
見つめ合う瞳、絡められる指・・・近づく唇。
そのままゆっくりと傾く体。
―――だが。
「お取り込み中すみませ〜ん」
聞こえてきた暢気な声に、イルカを押し倒した体勢のまま、カカシは動きを止めた。
そして、不機嫌全開な声で窓の外に声をかける。
「梟・・・・・・いい度胸だーね?」
「そんな恐ろしげな声出さないでくださいよ?・・・仕方ないじゃないですか、時間なんですから」
「嘘つくな!まだ時間はある筈でしょ!?」
「確かにもう少しだけならありますけどね・・・事が始まっちゃったら、やめられないでしょ?」
綱手様に、先輩は遅刻癖があるから迎えに行って連れてけって、厳命されてるんスよー。
地を這うような凄みのある声を出したカカシだが、窓の外の影は相変わらず暢気な調子で返してくる。
それに更に言い返そうとしたら、腕に温かい手が添えられる感覚。
視線を落とすと、横になった体勢のまま、イルカが苦笑していた。
「カカシさん・・・行ってください」
「・・・・・イルカ先生・・・でも」
途端になさけなさ気に眉を下げるカカシに、イルカは困ったように笑った。
「俺達、恋人になったんじゃないんですか?」
「え?」
「誕生日のお祝いも、その・・・一緒に夜を過ごすのも、今日限りなんですか?」
「そ、そんな事ありません!来年の誕生日もアナタに祝ってもらいたいし、毎日でも一緒に夜を過ごしたいです!」
「なら・・・今日は行ってください。お帰り、待ってますから」
イルカの言葉に、カカシは溜息をついて、体を起こした。
闇の中を進みながら、カカシはブツブツと愚痴を言う。
「ったく、お前って気が利かなーいよね」
「怒んないでくださいよ、俺だって本当はお邪魔なんかしたくないんですよ?」
そういう梟に、カカシはフンと鼻を鳴らしたが・・・少しして、突如機嫌が直ったように明るい声を出した。
「ま、いいか」
「あれ?どうしたんです、急に・・・」
「だって、もう恋人だから」
もう逸らされた瞳を怖れる事もないし、彼を求める自分を抑えて苦しい思いをする事も無い。
任務から帰れば、さっきのように彼は笑って迎えてくれるだろう・・・。
「来年の誕生日も一緒にお祝いしてくれるっていったもーんね」
愛を得た男は、余裕の笑みで微笑む。
そんなカカシに、梟は肩をすくめた。
「お幸せそうでいいですね〜。・・・俺にもいい人紹介してくださいよ?」
「ヤダよ、面倒くさい。そんなの自力でなんとかしなさいよ?」
「先輩・・・幸せを手に入れてもケチくさいまんまなんですね・・・」
「何か言った?」
「いーえ、別に」
「そ。なら急ぐよ?・・・可愛い恋人が俺の帰りを待ってるんだから」
「わかりましたよ・・・・・そうだ、先輩」
「ん?」
「言うの忘れてました。誕生日おめでとうございます。プレゼント、何が欲しいですか?」
「・・・ありがと。でもさ、プレゼントはいらなーいよ」
今年は最高のプレゼントもらっちゃったから、これ以上はバチが当たっちゃうでしょ?
今年手に入れた、今までの人生で最高のプレゼントを思って、微笑むカカシだった――
***カカシ先生、ハッピーバースディ♪***