一緒に飲んだその日はとても・・・とても楽しくて。
日付が変わって誕生日が過ぎてしまってもなんだか別れがたくて、店をはしごして遅くまで飲んだ。
・・・それでも、また足りない気がして。
最後には、次の飲み会の約束を取り付けて別れた。
月を見上げながら、一人夜道を進む・・・。
月の中に、ぼんやりと彼の顔が浮かんだ。
『あなたに会えて嬉しいです』と、あの人は笑った。
俺だけに言った言葉ではないだろう。きっと、今までも色んな人に言っているに違いない。
けれど、うわべだけの言葉じゃない―――。
きっと、大切な人を失った事があるのだ。
悲しみを乗り越えて、命の儚さと大切さを知り、人との繋がりの大事さを知っているからこそ、新しい出会いに感謝するような言葉が自然に出るのだと思った。
「うみのイルカ・・・か」
月の中に浮かんだイルカの顔が微笑んだ。
彼の顔が浮かんだまぁるい月から受ける光は、いつもより柔らかく感じた―――。
★カカ誕2011★ 『おめでとう』・・・3 
「なるほど・・・それ以来、アイツに付きまとわれる羽目になったのね?」
「つ、付きまとわれるって・・・」
イルカが困ったように紅を見上げる。
すると、今度はカウンターに手をつき、タバコをふかしてるアスマが声をかける。
「失敗したなぁ、イルカ。アイツ、根本的に犬っころな性格だから、一回懐かれるとずっと後ろ追っかけてくるぞ?」
「・・・アスマさん、里の看板忍者を犬っころって」
「本当よ〜?興味ないものにはかなりそっけない男なんだけど、気に入るととことんだからねぇ。・・・気をつけた方がいいんじゃない?」
「な、何を気をつけるんですか?」
「んーふふ。アイツ、簡単には離れないわよー?」
意味深に笑われ、イルカはひくりと頬を引き攣らせた。
もしかして、俺・・・とんでもないことになってる!?―――と、少々ビビってしまう。
「で?忠犬は今日はこねぇの?」
「・・・だから、こんなところでその言い方は・・・下忍に上がったばかりの新人もいるんですから、示しってものが」
今の時間の受付は暇だが、待機中の新人下忍が何人もこの部屋にいる。
そんな者達の前で、彼らの憧れであろうカカシを悪し様に言うのはいかがなものか?と、イルカは思う。
それと―――とりあえず今は受付に用事がある者がいないとはいえ、二人とも受付カウンターに尻を乗せて寛ぐのはできれば止めていただきたいのだけれど。
そう思いつつ、イルカは溜息を吐いた。
「―――とにかく。カカシさんに憧れている下忍も多いんですから、イメージ壊すようなこと言わないでくださいよ」
困ったように小声で諌めるイルカの言葉を、聞いているのかいないのか?
アスマはタバコの煙をふーっと吐き出してから、ニヤリと笑った。
「・・・いや、イルカ。それは俺らじゃなくて、アイツに言ってやれや?」
アスマが顎で指した先は入り口。
そこを見つめると、見慣れた銀髪がひょっこりと顔を出した。
イルカの姿を見つけると、カカシはいそいそと受付の前に近づく。
「ちょっと、アンタ達、ジャマ。どきなさいよ?」
アスマと紅の間から割り込むようにしてカウンターに身を乗り出したカカシは、にっこりと笑ってイルカを見つめた。
「ただーいま、イルカさん。アナタのカカシが今帰りましたよ〜♪」
ざわっ・・・。
その名を聞いて、下忍達がざわつく。
写輪眼のカカシといえば、周辺諸国まで名の轟く高名な忍だ。
戦功を聞き及んで憧れていた者もいる。
戦場では仲間を決して見捨てず同胞を大切にする忍であるが、普段の彼はとてもクールで人と馴れ合うことがない孤高の人・・・との噂もあった。
『・・・それが、『アナタのカカシ』って・・・しかも相手、男だし・・・』
―――下忍達から漂いだしたガッカリ感に、イルカは肩を落として額を押さえた。
もちろん、アスマと紅は腹を抱えて笑っている。
「・・・・・・カカシさん、お帰りなさい。でも、あの・・・」
「ん?なに?まさかこいつらに苛められた?」
「えっ!?ち、違います!そうじゃなくて・・・」
「じゃあ何?あ、もしかして俺がいなくて寂しかったの?・・・俺の愛、受け入れる気になってきたってこと!?」
嬉しい!絶対幸せにするかーらね!ほら、俺の胸に飛び込んできて?
でれ・・・と顔を緩めて両腕を広げる里の看板忍者に―――とうとうイルカの米神辺りから『ブチッ』っと何かが切れる音が聞こえた。
「・・・少しは里の看板背負ってる自覚を持ちやがれっ!!」
受付でそういうこと言わないでくださいっていつもいってるでしょう!?
新人達にも示しがつかないじゃないですかっ!!
ブチキレてそう怒鳴るイルカだったが・・・カカシは怯んだ様子も無く、ヘラリと笑った。
「だって・・・」
「だって、なんです!?」
「好きな気持ちが止められないんだもの」
アナタが『おめでとう』って言ってくれたあの日から、アナタのことしか考えられないんだもの。
こちらをじっと見つめてそう言うカカシに、息を呑み。
やがて、イルカはうろたえたように視線をさ迷わせながら、真っ赤になった。
それを見て、カカシはおもむろに右手の手甲を外したかと思うと、カウンターの上のイルカの左手にそっと重ねて。
ビクリと身を震わせたイルカに、長身を屈めてその顔を覗き込む。
「ね・・・そろそろ落ちてよ?」
「お、落ちてって・・・そんなこと言われても」
「俺のこと、嫌い?どうしても好きになれない?」
「嫌いってわけじゃ・・・でも・・・・・・」
「嫌いじゃないなら、側にいて?」
―――そして、来年の誕生日には恋人として『おめでとう』を言って?
「カカシさん・・・」
真摯に求めると、イルカの表情が変わるのが見えた。
じっと真意を確かめるように見上げてくる、イルカの瞳を見つめ返す。
「イルカ・・・」
もう一押し・・・と、ただ重ねていただけの手を、握りこんだ時―――。
入り口の方から、イルカを呼ぶ声が聞こえてきた。
「イルカー、火影様がお呼びだ。受付代わってやるからすぐに・・・ひいっ!?」
そう言いながら入り口から顔を出したイルカの同僚の中忍は、全てを言い終える前にビクリと体を引いて悲鳴を上げた。
―――何故なら、イルカの前に陣取っていた上忍から、尋常ではない殺気を感じたからだ。
しんと静まり返った部屋で・・・最初に言葉を発したのはイルカだった。
「あ・・・ああ、火影様が?部屋にいらっしゃるのか?」
「そ、そうだ・・・火影室でお待ちだ」
「ん。わかった」
あの、すみません・・・呼ばれたので行ってきます。
イルカはカカシに小さくそう言うと、席を立って入り口に向かった。
「行ってくる。受付頼むな?」
「あ、ああ・・・・・・・・・・・・ええっ!?」
この状況で交代すんの!?
すれ違いざまにそう頼んで行ってしまうイルカに同僚が悲鳴をあげるのを聞きながら―――カカシは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「・・・あのじいさん、絶対デバガメしてるんだ・・・馬に蹴られるよ?」
もう少しだったのに・・・と唸ると、くっくっとアスマが笑った。
「親父、イルカのこと可愛がってるからなぁ〜。そう簡単には手に入らないだろうよ?」
「煩いよ。・・・簡単じゃなくても、手に入れるよ」
―――だって、こんなに欲しいと思ったの、初めてなんだもの。
そう呟くカカシに、アスマと紅は顔を見合わせて。
そして、クスリと笑った。
「ぜーったい落として、来年の誕生日はまた一緒に過ごすんだから!」
そう言いながら窓際に進むと、窓を開けて窓枠に足を掛ける。
捨て台詞のように「アンタ達、ジャマしないでよね!?」と言ってひらりと窓の外に身を躍らせたカカシに、「はいは〜い」などと紅が適当に返事をして手を振った。
カカシが去った部屋で・・・入り口に立ち尽くしたままの中忍がホッ息を吐くのを聞きながら、アスマはのんびりと呟いた。
「イルカはとんでもないのに懐かれちまったな〜?」
「いーんじゃない?イルカちゃんもまんざらでもなさそうだったわよ?」
しばらく楽しめそう・・・と笑う二人に、部屋の隅ですっかり存在を忘れられている下忍達は『忍の人間関係って複雑なんだな』と妙に悟ったような気分になっていた―――
******
「イルカさん!」
「か、カカシさん!?」
火影様のもとへと向かう中・・・急に廊下の窓からさっき分かれたばかりのカカシがひょこりと顔を出して、イルカはギョッとして立ち止まった。
「あ、あの・・・?」
「俺も火影様に用事があるんです。部屋まで一緒にいきましょ?」
「あ・・・はい」
「そういえば・・・横町に新しい定食屋が出来たの知ってます?」
「え?知りませんでした。美味いんですか?」
「魚が特に美味いんですよ。この前偶然入ったら、さんまの塩焼き定食だったんですが、大ぶりで油がのっててねぇ・・・」
「カカシさん、さんま好きですもんね」
さっきの話を蒸し返されるのかと心配したが、普通に世間話をしだしたカカシに、イルカはホッと安堵しつつ、話に相槌を打つ。
緊張が解れて、楽しそうに笑い出したイルカに、カカシも笑い返す。
『徐々に距離を詰めていくか・・・』
この和やかな空気も居心地よくていいけれど、絶対それだけじゃ足りなくなるのがわかっているから。―――だから頑張らないと。
そう心の中で決意をしていると、イルカが首を傾げつつ聞いてきた。
「ところで・・・カカシさん、火影様に何のご用なんですか?」
「んー?・・・・・・この前もらい損ねた誕生祝を強請りに」
「ええっ!?」
ギョッとしてこちらを見上げるイルカを見つめ、微笑むカカシだった―――
***カカシさん、ハッピーバースディ♪***