生まれた時から、忍の中で生きてきた。
命のやり取りの中で、血を流した事も血を流させた事も・・・そして、命を奪ってしまったこともある。
長くこの家業をしているから、すでにそれを思い悩む年は過ぎてしまったが・・・それでも、己が年を重ねる誕生日には、複雑な思いが付きまとう。
今年も一年生き延びて、年を重ねる事ができたと安堵する気持ちと、生き延びる為に自ら奪った命の数を数えて腹の底が重くなるような気持ちとが、この日は交差する―――
だから、誕生日だからといって特別祝おうとか祝ってもらおうとか、思わなかった。
・・・・・・今までは。
★カカ誕2011★ 『おめでとう』・・・2 
任務は何事も無く終了した―――。
任務中に交わした約束通り、里に帰って報告書を提出し、イルカと二人連れ立って飲み屋に入る。
乾杯はやはりビールでしょと、ビールを頼み。メニューを見ながらつまみをオーダーしているイルカをぼんやりと見つめた。
誕生日を祝ってもらおうなど、ここ何年も思ったことがない。
それなのに、何故あんな事を言ったのだろう?と、居酒屋の個室で向かい座ったイルカを見ながら、自問自答したが・・・明確な答えは出なかった。
強いていえば、思いつきとしか―――。
「じゃ、乾杯しますか!・・・はたけ上忍?」
グラスを持ち上げたイルカが、ぼんやりしているカカシを見つめて首を傾げている。
その声にハッと我に返って・・・誤魔化すように、言った。
「・・・・・・その呼び方は堅苦しくてやだな」
「え?そうですか?・・・じゃあ・・・・・・カカシさん?」
「あ、それ。それにして」
そう言うと、『わかりました』と頷いて、イルカはもう一度グラスを持ち上げた。
「では、あらためて・・・カカシさんのお誕生日を祝して」
カンパーイと差し出されたグラスに、カカシもグラスをもちあげ、カチリと合わせる。
合わせたグラスの先で、イルカが柔らかく微笑むのが見えた。
「カカシさん、お誕生日おめでとうございます」
思いつきで、頼んだ事。
なのに、彼の口から出たその言葉は、思いの外優しく心地よく胸に響いた。
「・・・ありがと」
カカシも笑みを返し、ビールに口をつける。
しゅわしゅわと弾ける泡と共に、疲れが消えていく感じがした。
「カカシさん、いくつになられたんですか?二十・・・?」
「ん?・・・こんくらい」
「えっ、うそ!?俺とひとつしか違わないんですか!?」
指で年齢の一桁台を示して見せると、イルカが驚いたような声を上げた。
唖然とするイルカに、カカシは首を傾げる。
「何でそんなに驚くのよ・・・俺って、そんなに老け顔?」
「いや、老け顔どころか『どこの映画スターだよ!』ってくらい美しくて正直ビビりましたけど・・・そうじゃなくて、一つしか違わないのにこの能力差って、軽く凹むんですけど?」
「軽くならいいじゃない?」
「カーカーシーさ〜ん・・・そりゃないですよ」
クスクスと笑いながら揶揄すると、恨みがましい目で見つめられた。
まだ乾杯をしたばかりで、当然酔いなんて回っていない。
それなのに、ずっと前からの友のように物怖じしないで話してくる彼に、カカシはなんだか嬉しくなった。
『人懐っこい人なんだーね、この人』
派手な肩書きがついてから、格下相手だとどうにも必要以上に持ち上げられたり、逆に怖がられたりで・・・そんな毎日を送っていたから、彼の態度は新鮮だった。
なんだか、久々にほんわかと温かい気持ちになりながら、彼をもっと知りたいと・・・ビールを勧めながら話しかける。
第一印象で『真面目で真っ直ぐな人』と思ったイルカは、その印象通り真面目で真っ直ぐで。
でもそれだけではなく、熱血で、結構豪快。
しかしそれはガイのような暑苦しさではなく、その明るさに元気を与えられるような気がする。
―――かと思えば、それとなく気配りもできて・・・一緒にいると癒される感じがした。
「カカシさーん、おたんろうびぃ、おめれとうございまぁす!」
楽しくて、杯が進んだ結果―――。
もう何度目か分からぬ『乾杯』をしつつ、イルカが楽しそうに叫ぶ。
「ろれつ、回ってないよ?」
「こりゃしっつれい・・・でもぉ、ちゃんと気持ちは入ってますからぁ!」
「なんか、アンタの方が嬉しそうだよね・・・」
そんなに酒飲む口実が欲しかったの?
・・・そうからかいの言葉を言う前に、イルカは『ほわり』と笑った。
「だって嬉しいですもん・・・生まれて来てくれたから、今日まで生き延びてくれたから、こうして俺はアナタに会えたでしょう?」
その言葉に驚いて、彼を見つめる。
目を見開いてこちらを見つめるカカシを見て、イルカは少し酔いから醒めたように真面目な顔にもどって、視線を落とした。
「こんな家業ですからね・・・誕生日に罪悪感みたいなものを感じる人、結構居るんですよ・・・」
「・・・」
「でもね、親からもらった大事な命ですから。誕生日には生を受けた喜びを祝うべきじゃないかって、俺は思います」
散っていった同胞の為にも、失った大切な家族の為にも、精一杯生きる。
生きて・・・また一年、年を重ねる事ができた事を喜んでもいいんじゃないかと思うんです。
そう言って、イルカは顔をあげ―――カカシを見つめて、微笑んだ。
「カカシさん、お誕生日おめでとうございます・・・」
俺、アナタに会うことが出来て、嬉しいです。
―――そう言って笑うイルカを見つめながら、カカシは亡き両親を思い出していた。
誕生日を心から祝ってくれた、両親。それを素直に嬉しいと感じていた、幼い自分。
その頃の気持ちを思い出して、カカシは微笑んだ。
「ありがと・・・なんか、こんなの久しぶり」
思いつきで頼んだだけだった。
それなのに・・・・・・贈られたのは、心の中が穏やかに温まっていくような『おめでとう』だった―――