・ となりのはたけさん ・ 

――秋は秋刀魚の香り――

 


「あ・・・さんま」

仕事帰りに商店街に立ち寄ったイルカは、通りかかった魚屋の前でそう呟いた。
さんまは今が旬。
店先にあったそれはとても生きがよく、大ぶりで太くて・・・さぞや脂がのっているだろうと想像させた。

「旨そう・・・でもなぁ」

今日は、魚より肉の気分だったのだ。
・・・というか、同僚が昼に牛丼を食べていたのがすごく美味しそうで、『今夜は絶対牛丼!!』と心に決めていたのだ。
だが、目の前のピカピカなさんまを見て、しっかりと決めていた心が揺らぐ。

「さんまにすると、今から焼かなきゃなんないしなぁ・・・」

牛丼は自分で作るのではなく、商店街の中にある弁当屋の牛丼弁当を買うつもりだった。
それをこのさんまに変更となれば、自分で焼かなくてはならなくなる。

「大根おろしも作らなきゃなんないし・・・」

イルカは、『さんまには絶対大根おろしが欲しい』派だ。
母がさんまの時は必ず大根おろしを添えていたせいか、さんまを食べるなら大根おろしがどうしても外せない。
だが、仕事帰りの今・・・さんまを焼くのも面倒だか、大根をおろすのはもっと面倒だ。
―――やはり諦めるか。いや、でも・・・。

「牛丼とさんま、どっちにすっかなぁ」

小さく呟いた時・・・自分の背後に突然湧いて出たように、人の気配が現れる。
しかも、ピッタリと自分の背後にくっついての出現なので、思わずビクリと肩を揺らしてしまった。
―――固まるイルカに、気配の主がのんびりとした声で話しかける。

「俺はぜ〜ったい、さんまがいいと思います」
「・・・はたけ上忍」
「前もいいましたけど、『カカシ』でいいです」

頭の後ろで呟かれた声を聞いて―――イルカは緊張を解いて、ため息を吐く。
彼は木の葉の上忍、はたけカカシ。
『写輪眼のカカシ』と二つ名で呼ばれる木の葉屈指の高名な忍である彼だが・・・実は、イルカとは家がお隣同士だ。
両親が亡くなってから、両親の思い出が詰まった家を出て寮暮らしをしていたイルカだったが・・・自分も中忍になり教師になり、少ないながらも安定した収入も得るようなったので、空き家のまま放置していた実家に先月引っ越したのだ。
実家の隣には、自分の家よりずいぶん大きい隣家があったのだが・・・そこもしばらく空家になっていて。
そこに、つい二週間前に入居してきたのが、このはたけカカシ上忍だった。
高名な上忍が隣人となることになり、最初は緊張したイルカだったが―――彼は見た目の怪しい風体とは違い、実に気さくな人で。
二週間前に出会ったばかりとは思えぬような良好な隣人関係を築きつつ、今に至っている。
彼はいい人だ。いい人だが・・・困っている事が一つ。

「・・・・・・カカシさん。その突然現れるの止めてくださいよ?」

『何でこの人はいつも突然・・・しかも、こんなに間合いを詰めて話しかけるんだろう?』と、心の中で愚痴りつつ、頭を垂れる。
お陰で、この人が現れるたび悲鳴を上げて飛び上がりそうになる・・・心臓に悪い事、このうえない。
だがイルカのそんな気持ちなどお構いなしに、『気にしなーいで』などとサラッと流し、背中にぴったりとくっつくような格好のままカカシは話を続けた。

「何を迷ってるんです?こんな光り輝く旨そうなさんまを前に、他の選択肢なんかいらないでしょ?」
「そりゃ、アンタが無類のさんま好きだからでしょう?」
「そういいますけど、イルカ先生だって旨そうだと思ったから足を止めたんでしょ?」
「そりゃあ、まぁ。・・・でも俺、今日は昼から牛丼って思ってて」
「昼はそうでも、今はかなりさんまに惹かれてるんでしょ?」
「う・・・。でも、今から焼くの面倒だし・・・」
「少しの手間を惜しんで諦めたら、あとで絶対後悔しますよ!?後悔で今夜眠れなくなるかもしれません!」
「・・・いや、俺牛丼も大好きなんで、そこまで後悔はしないかと?」
「甘い、甘いですよ、イルカ先生!こんな脂ののった旨そうなさんまを逃して、後悔しない人などありえません!今さんまを選ばなければ、きっとアナタは今夜枕を涙でぬらす事になりますよ!」

そう言うと、カカシはイルカの正面に回りこんで、彼の両肩を掴んだ。


「忍は一瞬の迷いが命取りになる場合があります。迷いは禁物、今は心の求めるままさんまを手に取るべきです!」


そう力説するカカシをじっと見つめたあと、イルカは呟いた。

「カカシさん」
「なんです?」
「あなたが食べたいんですね?・・・さんま」

そんでもって、今から料理屋に寄るのも、自分で焼くのも面倒なんですね?
そう言うと・・・カカシはイルカの肩を掴んだまま、そっと視線だけをあさっての方向へ向けた。―――図星か。
はぁ・・・と溜息をついた後、イルカは苦笑と共にカカシを見上げた。

「・・・やっぱり俺、今日はさんまにします」


―――良かったら、カカシさんも食べに来ませんか?


そう誘うと、カカシは口布をしていてもはっきりと分かるほど、嬉しそうに微笑んだ。

「はい、お邪魔します!」
「んじゃ・・・おばちゃ〜ん、このさんまください!」
「はいは〜い」
「あ、代金は俺が払いま〜すよ!」

ウキウキと財布を出すカカシに、ここは素直にご馳走なることにして。
さんまを魚屋のおばちゃんから受け取ると、カカシを見上げた。

「次は八百屋いきましょう。俺、大根おろしはずせないんで」
「いいですね〜、大根おろし」
「さんまは焼きますんで、大根はカカシさんがおろしてくださいよ?」
「は〜い」

嬉しそうに返事をしながらついてくる上忍に、『なんか人懐っこい犬みたいだなぁ』と少々不遜な事を考えつつ、苦笑した。
寮を出ても一人暮らしは変わらないが・・・たまに、こんな風に一緒に食事をする人ができたのは、密かに嬉しかったりする。
もう大丈夫だと思い戻った実家ではあったが、一人で食事をとっていると、言い知れぬ寂しさを感じる時があるからだ。

『これで、一緒にメシ食うのが女の人だったらもっといいんだけどなぁ』

まぁ、そりゃお互い様か。
男同士だからこその気軽さもあるし、今はそれを楽しみますか。
―――そう思いつつ、彼に話しかけた。

「さんまときたら・・・やっぱり、ビールよか日本酒ですかね?」
「そうですね。俺んちにもらいもの日本酒ありますよ?一杯やりますか!」
「でも、明日も仕事だしなぁ・・・日本酒は次の日に残るんですよね、俺」
「その辺は量を加減すれば大丈夫でしょ?」

ね、一緒に飲みましょうよ?
そう言って微笑むカカシは、急に現れたり人を驚かしたりする変な人ではあるが・・・。


『でも・・・やっぱりいい人だよな。さんま奢ってくれたし、酒も持ってきてくれるし・・・なにより、上忍なのに気を使わなくていいくらい気さくだし』


気軽な会話をしつつ向かう家路は、両親が健在だった時の帰り道のような温かさを感じる。
自分の顔に自然に笑みが浮かぶのを感じつつ、家に向かうイルカだった―――




これでも、カカイルだと言い張ります。(笑)

そろそろ夏の拍手は下げなきゃ!ってことで、秋っぽい拍手に差し替えです♪
秋っぽい話を考えたら、カカイルだとやっぱりサンマしか浮かびませんでした(笑)
サンマを食べるカカイルを思い浮かべているうちに、
『二人が隣に住んでてどっちかの庭先の七輪でサンマ焼いて食べたりしてたら可愛いな』とか思って、隣人設定に。
設定まで考えてなんですが、この先の展開なんかは全く考えてないので続きません。(まださんまも食べてないのに/笑)
この設定の二人で何か思いついたら、また登場させますね♪(また、きっとなんか食べてる話だ・・・縁側とかで)


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