「腹へったな〜」
薄暗くなった道を、家に向かって歩く。
まだ四時半くらい・・・でも、日が短い冬ではもうすぐ真っ暗になる。さっさと帰ろうと思いつつ、イルカは足を速めた。
この時間に帰宅の途についているのは仕事が早く終わったわけではなく、本当は昼過ぎには上がれるシフトだった筈なのに、トラブルがあって結局この時間になってしまっただけだ。
そんな訳で昼飯をゆっくり食べる暇もなく、昼はロッカーに常備しているカップラーメンで済ませ、その後は差し入れの大福を一個食べただけ・・・腹がぐうぐう鳴って仕方ない。
「夕飯までもたねぇ・・・ラーメンでも食って帰るか」
夕食には少し早い時間だが、もうラーメンで夕食にしてしまおうかと考え立ち止まったイルカだったが・・・ふと、前方に見えるコンビニの前にたなびく旗に目がいった。
―――ほかほか肉まん、売ってます―――
そんな文字を目で追っていると、再び『ぐぅ』と腹が鳴った。
腹をさすりながら、考える。
『そういや、昨日作ったカレーがまだ残ってるし・・・夕飯はカレー食べることにして、今は肉まんでしのぐか?』
大好物のラーメンも捨てがたかったが、一楽に行くには今来た道をまた戻らねばならない。
疲れているから戻るのは面倒くさいとの気持ちがあって、イルカは結局コンビニに入る事にした。
「肉まん一つ・・・いや、二つください」
レジの前で、横にある中華まんのケースを見ながら、イルカはそう言った。
カレーはあるし、ご飯も残っている。
帰ったら温めればすぐに夕食にありつけるのだから、肉まんは帰り道に食べる一つだけでいいかと思ったのだが・・・なんとなく、買う時に隣に住むカカシさんの顔が浮かんだ。
彼とは隣同士になった縁もあり、ちょくちょく一緒に食事をするようになった。
彼は意外にも寂しがり屋らしく、事あることにイルカを食事に誘ってくる。
帰り道の途中で会えば、『今日は居酒屋でメシ食って帰りません?』と誘ってくるし。
家に帰りついた途端待ち構えていたようにひょっこりと顔を出して、『メシ、ちょっと作りすぎちゃったんで食べにきません?』などと言ってくることもある。
その他にも、『あー、良い匂い・・・俺も食べたいなー?カレー』などと、俺んちのメシの匂いを嗅ぎ付けて強請られることもあるし、ご馳走になったお礼にと俺の方から誘って家に来てもらうときもある。
―――そんな付き合いが続いていたから、なんとなく彼の分も買っていこうかなという気持ちになったのだ。
「絶対、一人で食ってるとこ見られたら『い〜な〜』とか、言われそうだもんなぁ」
そう言ってイルカはクスリと笑った。
カカシと一緒に食事を食べるのは、実は楽しい。
人によってはこんなご近所関係を面倒だと思う人もいるだろうが、イルカはもともと食事は誰かと一緒の方が美味いと思っているから苦にならないし・・・それに、実家に戻ってきて両親と一緒に過ごした家でポツンと一人で食事をするのを寂しく思っていたから、彼に誘われるのは嬉しかった。
とはいえ、お互い仕事があるし・・・特にカカシは里の看板忍者であるから、里外任務も多いのでいつも一緒に食べられるわけでないのだが。
今日だって家に彼がいるかわからないが、いなかったらもう一個も自分で食べればいいだけだしなと思いつつ、会計を済ませてコンビニを出て。
―――直後に、イルカは肉まんは二つとも自分が食べることになったと知った。
前方に見知った後ろ姿。
だいぶ離れてしまって人影は小さくなってしまっていたが、暗くなっても目立つ銀髪のお陰ですぐにカカシだと気がつくことが出来た。
だが、その人影は一人ではなく、彼の腕に自分の腕を巻きつけて歩く女の姿が隣にあった。
『あの後ろ姿は・・・香蘭上忍?カカシさん、彼女いないって言ってたけど・・・付き合いだしたのか?』
見覚えのある後姿は、くの一の中でも特に華やかな香蘭だった。
『・・・もしや、手料理作ってもらうのかな?』
彼らの向かう先は、彼の家の方向だ。
この先に主だった店もないし、たぶん二人は彼の家に向かっているのだろうと思った。
香蘭がカカシの彼女かどうかは知らないが、親密な様子は窺える。
二人でこの時間に家に向かうのであれば、当然家で食事を取るのだろう。
香蘭がつかまって無い方のカカシの手には買い物袋らしきものがぶら下がっているし、あの女性がカカシの為に腕を振るって食事を用意するのかもしれないと思った。
「いいなぁ・・・」
二人の姿がすっかり見えなくなってから、イルカは溜息と共にそう呟いた。
ほかほかの彼女の手作りご飯で夕食かぁ。昨日の残りカレーが夕飯の俺とはえらい違いだ・・・。
もう一度大きな溜息を吐き、とぼとぼと歩き出す。
「こりゃ、もうお誘いはこなくなるかもなー」
寂しがり屋の隣人は、事あるごとに食事に誘ってくる。
でも、もう一緒に食事をしてくれる彼女が出来たのなら寂しくないだろうから・・・ただの隣人である自分はお役ごめんなんだろうなと思った。
「ま、俺だって男とメシより、可愛い彼女とご飯の方がいいもんなぁ」
彼との食事は楽しかったから、なんだかすごく寂しいが・・・彼の幸せを思えば、これは良いことなのだと自分に言い聞かせる。
それでもなんだか気分が落ち込んで、俯き加減でぼんやりと暗くなった道を歩いた――
******
ふと気がついて顔を上げると、いつの間にか家の前までたどり着いていた。
視線を向けると・・・カカシの家には、やっぱり明かりがついている。
「・・・俺も早く彼女を作ればいいんだよな」
じっとカカシの家の明かりを見つめた後、イルカは小さく呟く。
カカシのようにモテる訳ではないから、彼女を作るといってもそう簡単にはいかないだろうが、いつかは結婚したいとの願望もあることだし、頑張ろうと自分に言い聞かせるように口に出した。
言った途端、腹が『ぐぅ』と鳴る。
「あ、しまった。忘れてた!」
慌てて、下げていたコンビニのビニール袋を覗く。
歩きながら食べようと思っていたのに、結局食べずに家まで持ち帰ってしまった。
冷めてしまったかと一つ取り出してみると、熱々とは行かなかったが、まだそれはほんのりとあたたかかった。
―――取り出して、一口齧る。
ここまで来てしまったのだから、家の中でゆっくりと食べればいいのだが、家に帰るまでのしのぎとして買ったものだったので、一口も食べずに中に入るのが癪な気がしたのだ。
「うん、まだ温かい」
先ほどのなんだか落ち込んだ気分が、少し浮上した気がする。
肉まん一つで浮上って我ながら安上がり男だなぁ・・・と苦笑しつつ、玄関に向かいつつ、もう一口齧った。
「うま・・・」
「あー!い〜な〜!」
うまい。
そう言おうとした時、急に声を掛けられた。
顔を向けると、お互いの家の間にある生垣の向うから、カカシが顔を覗かせている。
「カカシさん・・・」
「肉まんおいしそう・・・先生、ずるい〜!」
「えっと・・・もう一個ありますよ?良かったら食べます?」
「いただきます!」
生垣越しに肉まんを差し出すと、彼はすぐにそれに齧りついて、にっこりと笑った。
「温かくて、うまいですね」
そう言いつつパクパクと肉まんを平らげてから、カカシはイルカを見つめて言った。
「ご馳走様でした。美味かったです」
「いえ・・・」
「イルカ先生、夕食準備これからでしょ?肉まんのお礼に、夕飯食べに来ません?」
「え?」
「あのね、今朝急に鍋食べたくなっちゃって、材料買ってきたんですよ〜」
いいタイミングで帰ってきましたね、イルカ先生。
そう言って笑うカカシに、イルカは呆けたように呟いた。
「アレ、鍋材料だったんだ・・・」
「え?」
「あ・・・いや、その・・・」
「イルカ先生?・・・海鮮中心の寄せ鍋なんですけど、嫌い?」
「あ、いや、寄せ鍋は大好きですけど!・・・あの、今日は一緒に食事される方がいらっしゃるんじゃないんですか?」
「は?」
「えーと・・・その、実はさっきあなたが女性と歩いているのを見かけまして。彼女と食べる為に買ってきたんじゃないんですか?」
なんかデバガメしてたみたいで言いづらいなぁと思いながらもそう言うと、カカシは困ったような顔をした。
「あー・・・見てたんですか」
「あのっ、偶然ですよ!?肉まん買って外に出たらちょうど後姿が見えたっていうか・・・」
「彼女は帰りましたよ」
「え・・・」
「あの人は前に一緒に仕事した事があるんですが、帰り道の途中で久しぶりにバッタリ会って。食事を一緒にどうかって言われたんですが、俺もう夕飯買って来たからって断ったんです」
そのまま帰ろうとしたら、私もそっちに用事あるのを思い出したから一緒に行くって着いて来ちゃって。・・・参りました。
「なんか面倒だし、家までついて来られるのも嫌だから途中で撒いてきちゃいました」
そう言って笑うカカシに、唖然としてしまう。
「そうなんですか・・・って、アンタ何してんですか!?」
「え?」
「カカシさん、一人で食事するの寂しいんでしょう?あの女性はあなたに気がありそうだったし、お付き合いすれば寂しい一人飯から脱出できるチャンスじゃないですか!」
あんな美人、もったいねぇ!
―――ついそう叫ぶと、カカシは苦笑した。
「まぁ、確かに綺麗な女ですけどねぇ?・・・俺は、気の合わない美人より、一緒にいて楽しいイルカ先生と一緒にメシを食いたいです」
「え・・・」
「ね、イルカ先生。あなたの分も買ってきたから、一緒に食べましょうよ?」
微笑むカカシを呆けたように見つめて・・・やがて、イルカは苦笑した。
「カカシさんて、妙な人ですねぇ?」
「酷いなぁ・・・ところで、返事は?」
「・・・ご馳走になります」
「そうこなくっちゃ。俺、準備してますから、早く来てくださーいね」
ウキウキと家の中に入っていく彼を見て、『やっぱり変わった人だよなー』と、心の中で呟く。
むさい中忍男とメシ食うより、美人の方が絶対いいだろうに?
でもまぁ、確かに性格が合わないなら、いくら美人でも辛いか・・・。
それにしても、俺なんかとメシを食うのになんであんなに嬉しそうなんだか?
クスリと笑って、イルカも着替えるべく家に入っていく。
カカシのウキウキした様子が伝染したように、イルカも楽しく気分になってくる。
「残り物のカレーの予定だったのに・・・思いがけず豪華な夕食になりそうだな」
肉まん食べて、鍋食べて・・・今夜は温かく過ごせそうだな。
着替えながら、そんなことを考えつつ微笑む。
『ていうか、まだ鍋食べてないのになんだか・・・・・・あったかい』
ベストを脱いだ腹の辺りを撫でて、首を傾げるイルカだった―――。