パックンの言葉に、ドキドキと心拍数が上がっていく。
口内が乾いていくのを感じながら、声を絞り出した。
「なに、言って・・・・・?」
「何って・・・ああ、言い方が悪かったか?人間風に言うなら・・・夫婦か?」
まぁ、なんと表現しようが・・・お前達は雄同士だから、しっくりこんが。
・・・人間とはおかしな生き物だな?なぜ、子孫を残す可能性の全く無い者をつがいの相手に選んだりするのか、拙者には理解できん。
パックンは首を傾げながら、そう言った。
「呼び方じゃなくて!!なんで、オレとイルカが・・・夫婦?」
「なんでって、お前が拙者にそう言ったんじゃないか、カカシ」
「俺が・・・?」
「ああ。まるで子供に戻ったような満面の笑みで、わざわざ呼び出した拙者たち忍犬の前にイルカを連れてきて、言ったじゃないか?」
『俺の嫁さん』だと。
その言葉に、カカシは目を見開いた―――。
・ あなたを愛する夢を見た ・ ――12――
ゴクリと喉を鳴らしてから、聞き返した。
「よ、よめ・・・?」
「まぁ、そのすぐ後にイルカにぶん殴られとったがな?」
さもあらん、イルカとて雄。嫁扱いは嫌じゃろ?
イルカの気持ちはよく分かると、パックンは溜息をつく。だが、カカシが未だショックを受けたかのように固まっているのを見て、慰めるように言った。
「確かに殴られとったが・・・それは『嫁』という言葉に対してじゃよ。お前とそんな関係だと言うのを否定した訳じゃないから、そんなに落ち込まずとも・・・」
「パックン!」
落ち込んだようにうなだれていたカカシが飛び掛らんばかりに迫ってきて、パックは驚いてどもりつつ返事をした。
「な、なんじゃ?」
「それ・・・本当の事なの?」
「・・・?なぜ、拙者がそんな嘘を吐く必要があるんじゃ?」
不思議そうに答えるパックンに、カカシは息を飲む。
『そうだ・・・パックンが俺にそんな嘘なんか吐くわけない』
そして・・・彼は自分と契約を交わした忍犬。誰かの命令でという事もありえない。
―――つまり、これは本当の事なのだ。でも・・・。
『でも、おかしい・・・俺、あの人と夫婦どころか、この前知り合うまで会った事さえ・・・』
彼と初めて会ったのは、夢の中だ。
現実に出会ったのは、一ヶ月前に受付で。
出会ってから彼と友達にはなったけれど―――そんな風に情を交わした覚えなど、全く無い。
『それに、夫婦ってありえないでしょ・・・』
たしかにイルカと一緒にいると、ものすごく幸せだけど。
触れていると心地よいし・・・だから、ついつい抱きしめたりしちゃうけど、俺と彼が『恋人』だの『夫婦』だのっていうのは、おかしい。
―――ありえないことだ。
そこまで考えた時―――酷く頭痛がした。
「う・・・」
「カカシ!?大丈夫か?」
頭を抑えながら、呻く。
嘔吐感まで感じて―――口布を下ろして、先ほどから持ったままだったイルカのタオルで口を覆う。
深呼吸すると、何故か徐々に頭痛が治まってきて、嘔吐感も消えて楽になってきた。
ホッとした時―――――――唐突に、気がついた。
『・・・なんで、ありえないんだ?』
言われてみれば、この感情は友情より恋愛に近い。
確かに今まで男色嗜好はなかったが・・・改めて、イルカへ向けた己の感情を考えるとおかしい。
彼の膝枕は最高に幸せで、彼に触れていると夢の中を漂っているように心地いい。
彼と片時も離れたくなくて、彼の家に行きたいと強請った・・・できれば、一緒に暮らしたいくらいだった。
ベッタベタにくっつき、甘え・・・他の奴が側に居るのは許せない。自分だけのものにしたかった。
―――これを『友情』という方が、おかしい。
それなのに、今まで『友情にしてはおかしい』なんて、思わなかった。
親しくなりたいと思った時だって、一度は『恋人』という関係も頭に浮かんだのに、何故だか違和感を感じてわざわざ否定して。
その後おさまった『友達』という位置に、酷く安心感を覚えて・・・その後は、友達以外の関係なんて考えもしなかった。
―――不自然なくらいに。
「いったいどうしたんじゃ、カカシ・・・」
さっきから様子のおかしいカカシに、パックンが訊ねる。
「パックン。俺がイルカを紹介したのって、いつ頃か覚えてる?」
「たしか、一年ぐらい前じゃな」
「一年も・・・」
「そうじゃ・・・お前がぱったりとイルカのことを言わなくなったから、振られたんじゃないかとビスケが言ってた事があったなぁ・・・」
でも、お前は今まで色んな雌をとっかえひっかえだったから、後は拙者たちも忘れとった・・・。
そんな事をいうパックンに顔を顰めつつ、さらに聞いた。
「どこで知り合ったか、知ってる?」
「一年前、お前一ヶ月潜入任務に出たろう?あの時だといっておったな・・・ほら、あの時先行して入り込んでいた忍がイルカで、そこでお前達は一ヶ月ほど一緒に暮らしただろう?そこで見初めたんじゃな」
「潜入・・・?」
その言葉に、また愕然とする。
一年前も確かに自分は任務三昧だったが、一ヶ月の潜入任務なんて、記憶にない。
「カカシ?」
「パックン・・・その任務、俺の記憶にない」
「なに?」
「イルカと知り合ったのも、つい一月前。里の受付でだよ」
「どういうことじゃ・・・?」
「誰か、俺の記憶を変えた奴がいる・・・」
考え込むようにじっと足下を見つめていたカカシだったが、やがて、パックンを見つめて言った。
「パックン、イルカの家分かる?」
******
「ここじゃ」
「ここ?」
イルカの家は、古びた中忍寮だった。
二階角のその部屋は、きちんと鍵がかかっていたけれど、カカシはそれを難なくはずし、中に入る。
外観と同じく、年数を感じさせる古びた室内。
部屋の真ん中には小さなコタツ。天板の上にはかごに入ったみかんと、テレビのリモコン。鴨居にかけられたハンガーには忍服の替え。
部屋のいたるところに生活の跡が見え、そしてなにより・・・部屋のいたるところから彼の匂いがした。
「ここに住んでるんだーね」
遊びに行きたいと何度ねだっても連れてきてくれなかったこの部屋。
そこに今、自分は勝手に入り込んでいる。
イルカに見つかったらきっとこっぴどく怒られるな・・・そう思いながら室内を見回して。
部屋の隅に置かれた小さな箪笥で視線を止める。
引き出しをひとつひとつ開けていくが、特に気になるようなものは入っていない。
けれど、最後に一番下の引き出しを開けたところで、カカシは手を止めた。
引き出しの奥に入っていた箱。開けてみると、中には手甲が入っていた。
見慣れた形のそれに、手を伸ばす。
「俺が使っているのと同じだ・・・」
「そりゃ、そうじゃろう・・・それ、お前のだ」
クンと鼻をひくつかせて、パックンがそう言った。
「俺の・・・?」
パックンが言うんだから、間違いない。これは俺の手甲だ。
何枚も持っているから、無くした事を気にもとめていなかったが・・・それでも、これは俺のもの。
その俺の手甲を、箪笥の奥にひっそりと隠し持っていたイルカ。
手甲を見つめながら―――彼と、受付で初めて会った日の事を思い出す。
『アンタと何所かであった気がするんだけど』―――俺が聞くと。
『・・・初対面だと思いますが?』―――俺を見つめて、イルカはそう答えた。
「嘘つき・・・」
俺はイルカを忘れてしまっている。
だけど―――イルカは、俺を忘れてなんていないじゃないか!
なのに、何故・・・!?
大切そうに箪笥の隅にしまわれていた手甲を、カカシはぎゅっと握り締めた―――。