「ねぇ、今度イルカの家に行ってみたいなー?」
二人で飲みに行った居酒屋で、カカシはそう強請ってみた。
友達付き合いを始めて、早ひと月。
彼との仲も、もう一段階ステップアップしたいと考えた。
『自由にお互いの家を行き来する・・・親友って感じだーよね?』
想像に酔いしれながら『ふふっ』と笑うカカシを、イルカは胡散臭そうな顔で見つめた――
・ あなたを愛する夢を見た ・ ――11――
イルカ宅を訪問したい!
このところ湧き上がってきた欲求を晴らすべく、それとなーくアプローチを重ねているのだが・・・
鈍感なのか、それとも気がつかない振りをしているのか?繰り返すおねだりに、イルカが応えてくれることはなかった。
それでもやっぱりイルカ宅を訪問したくて、今日もカカシはその問いかけを繰り返した。
「は?俺んちなんて、来ても面白くもなんとも無いですよ?」
今日も、あっさりと断られてしまった。
そのまま話を勝手に切り上げて、『それより、三丁目に出来た新しい居酒屋、知ってます?珍しい地酒が揃ってるって評判で・・・』などと、語り出してしまった。
新しい居酒屋にも興味はあるけれど、今度こそ話を逸らされて終わりでたまるものかと、身をテーブルの上に乗り出して、彼の右手を両手でがしっと握りこんだ。
「新しい居酒屋もいいけど、それよりまず、アナタの家に行ってみたいの!!」
勢い込んで、鼻息荒くそう言った。
イルカは驚いたように目を丸くして・・・そして、困ったように笑った。
「・・・本当に、俺の家なんてなんにもないんですけどね?」
「いいです!」
「俺、大して料理も出来ませんし、来たっておもてなしも何にもできないですし・・・」
「別に何も出なくても構わないよ!必要だったら、茶と茶菓子どころか、弁当・酒・つまみも持参で行くから!」
そこまで言われて、イルカは少し迷ったようなそぶりをしたが。
「・・・やっぱ、ダメです。掃除すんの面倒くさいから」
笑顔で、そう切り捨てられた。
「ええっ、汚くても全然かまわないよ!?」
「カカシさんがかまわなくても、俺が嫌なんです」
その後粘ったが、どうしても彼は頷いてくれなかった―――
******
家へは招待してくれないものの・・・イルカとの『友情』は順調で、仕事にも力が入る。
だからその日も、五日かかると言われた任務を三日で終えて、カカシは里に帰ってきた。
早く帰れば、その分イルカと離れている時間が短くなる。
それを知っているから、この頃のカカシの任務処理スピードはどんどん早くなっていて、周囲を唸らせている。
報告書も、今までなら面倒で次の日にまわす事もよくあったが、今のカカシはそんなことはしない。
今日も、帰り着いたその足で受付所に向かう。
何故なら、運良くイルカが受付に入っていれば、そこで彼に会えるからだ。
受付所へと急ぎながら、呟く。
「もし定時上がりの日だったら帰っちゃってるかもだけど・・・」
でも・・・と、思う。
―――居なかったのなら、彼の家を訪ねる理由になる。
『居なかったら、強引に訪ねていっちゃおー♪パックンに頼めば、家なんてすぐに探せるもんねー』
そう思いつつ、カカシはウキウキと受付所へと足を踏み入れたのだが。
「なに?」
ザワザワとざわめく室内。
受付業務を担っている中忍達が、強張った顔でなにやら集まって話をしていた。
その中に見知った顔―――コハダを見つけて声をかけた。
「ねぇ、なにかあったの?」
「あ!はたけ上忍・・・」
声を掛けると彼はハッとしたように振り向いて、そしてこちらをじっと見つめた。
いつも人の顔を見ただけでビビッてる人なのに珍しいなと思っていると、彼は神妙な顔でこう告げた。
「・・・三日前に任務に出た中忍が一人、戻らないんです」
「へぇ?・・・帰還予定はいつだったの?」
「お使い程度の任務でしたので、当日には戻る予定だったんです。なのにその日戻らなくて・・・任務はその日のうちに果たしているのを先方に確認したので、帰還を待ってみましたがやはり戻らないので、火影様の許可を頂いて捜索に出たのですが、足取りが全くつかめないのです」
多分、帰還途中に何かあったのかと・・・。
そう顔を曇らせるコハダに、カカシは眉を寄せた。
「帰還ルート上に戦闘の跡は?」
「それと分かるようなハッキリとしたものは見当たりませんでした」
「その人の近況に不審な点は?」
「・・・・・・里抜けをお疑いなら、その可能性は全くありません」
―――――イルカは、誰よりもこの里が好きでしたから。
その言葉に、カカシは目を見開いた。
「消息を絶ったのって・・・イルカなの!?」
「はい・・・」
「何で早く言わないのよ!すぐに捜索に出る!!」
「はっ!・・・ですが、もうすでに捜索隊は出ていて・・・」
「人任せなんかに出来ない、俺も出る!報告しておいて!」
「は、はい!」
カカシはそのまま受付を飛び出し、アカデミーの職員室に向かう。
突然入ってきた上忍に、その場に居た教師はびっくりしていたが、かまわずイルカの机に駆け寄ると、引き出しを引っ掻き回し、無造作に丸まって入っていたタオルを掴んだ。
それを手に外へ飛び出し、口寄せの術を使う。
―――煙と共に現れたパグ犬・パックンは、カカシを見上げて首を傾げた。
「・・・カカシ、何かあったのか?珍しく取り乱しておるな」
「パックン、この人を探して!」
質問には答えずそう言って、先程イルカの机から失敬してきたタオルを差し出す。
それをクンクンと嗅いだパックンは、再び首を傾げた。
「・・・なんで今更これを嗅がせるんだ?名を言えば分かるのに」
「え?」
「探して欲しいとは・・・イルカになんぞあったのか?」
訝しげにこちらを見上げるパックンを、カカシは戸惑ったように見つめ返した。
「え・・・パックン、なんでイルカの事知ってるの?」
会った事、無いでしょう?
そう聞き返すと、パックンは呆れたような顔をした。
「何を言っとる。我等の前で散々ベタベタしておいてから・・・」
「え?」
「運命の恋人だとか、生涯の伴侶だとか・・・臆面も無く言っておったろうが?」
あの者は、お前の『つがい』なのだろう?
不思議そうな顔で聞かれた問いに、カカシは息を飲んだ―――