その日の放課後―――イルカはアカデミーの敷地内を歩いていた。

校舎の裏手へと回り込んでしばらく進み、大きな欅の木の下を通りかかった時・・・突然人の気配が複数現れる。
それに気づいて立ち止まると、立ち並ぶ木々の影からくの一達が姿を現し、イルカをぐるりと取り囲んだ。

数人のくの一上忍に囲まれたイルカ。
―――だが、何故か彼女は慌てもせず、その中の一人に話しかけた。

「・・・首尾は?」

話しかけられた女はイルカに近づくと、重々しく首を横に振った。

「残念ながら・・・」
「・・・そうですか」

イルカは、深く溜息を吐いた―――




・ この腕に花を ・ <17 >




うなだれるイルカの肩に手を掛け、くの一・緋桐は彼女の顔を覗き込んだ。


「ごめんね、イルカちゃん・・・」


その言葉に、イルカはハッとして顔を上げる。

「い、いえ!貴女の所為じゃないですよ、緋桐上忍!!」

慌ててそう言ってみるが、緋桐は表情を曇らせたままだ。

「一応食い下がってはみたんだけど、聞き耳持たずな感じで・・・しつこくすると私自身が嫌われちゃいそうで、それ以上言えなくなっちゃったのよね」
「やっぱりですか・・・」
「イルカちゃんの苦労が少し分かった気がしたわ・・・なんで、あんなに頑ななのかしら?」

仕事の時は、はたけ上忍って下の者の意見だって良く聞いてくれる方よ?
なのに、この件については『そういう冗談は嫌いなんだけど』とか、『これ以上は聞きたくないな』とか?

「ホント、聞く耳を全く持ってくれないのよねぇ・・・」
「・・・家でも、万事その調子なんですよね」

はぁ・・・と、二人揃って溜息を吐く。
他のくの一達も、イルカに同情的な視線を向けながら、口々に話しかける。

「あの調子じゃあ・・・誤解を解くのって、かなり難しいかもね?」
「ですよね・・・」
「忍者登録って、もう直しちゃったんだっけ?」
「はい。火影様から元に戻る術が無いと言われて。悩みましたけど、もう過去を振り返るのはやめようと決意して・・・過去の記録は全消去してもらっちゃったんですよね、俺」
「・・・そう言うとこ、イルカちゃんって男前よねぇ」

感心したように、一人がそう言う。
その言葉に、イルカは照れたように頭を掻いた。

「そ、そんなこと無いですよ・・・あ、また作ってきたんですけど、食べませんか?」

紙袋を軽く持ち上げてそう言ってみると、女達は顔をほころばせて歓声を上げた。

「きゃー、また持ってきてくれたの?」
「じゃ、あそこで食べましょうよ〜♪」

女達に手を引かれ、背中を押されて・・・ベンチが置いてある場所に向かう。
皆がベンチに座ってから、イルカは紙袋の中身を取り出した。
取り出したのは、以前に土産で頂いた菓子の空き箱。
蓋を開けると、その中には旨そうな色に焼けたカステラが入っていた。

「どうぞ」

差し出すと、きゃあきゃあと騒ぎながら、女達が次々と手を伸ばしてくる。
一口食べてから、それぞれが感想を言ってきた。

「う〜ん、今日のもおいしv」
「ふわふわで、しっとり・・・お店で買ったみたい〜」
「蜂蜜の香りがいいわ〜vでも、甘さは控えめで、いくらでも食べられそう」
「そ、そうですか?そう言っていただけると、作った甲斐があります!あ、お茶もどうぞ?」

紙袋の中から今度は水筒を取り出して、アカデミーで入れてきたばかりの温かいお茶を紙コップに注いで配った。
お茶を受け取り喉を潤した緋桐が、感嘆したようにしみじみと言う。

「イルカちゃんて、本当にお料理上手よねぇ」
「そんな風に言ってもらえると・・・お世辞でも嬉しいです」
「あら、お世辞じゃないわよ?本当においしいんですもの。この前の水羊羹も良かったわ〜、栗入りの!」
「気に入ってもらえたなら良かったです。―――本当は、女の人にあげるんだから、ケーキとかクッキーとか・・・もっとこじゃれたモノを作れればいいんですけどね?俺、自分が食いたいもんしか作ってこなかったから、そういうのは作り方わかんないんですよね」

そう言って苦笑いするイルカに、緋桐は首を横に振った。

「あらぁ、別にケーキじゃなくてもかまわないわよ、おいしいから。それに、そんなところが素朴っていうか・・・イルカちゃんらしくていいわ」

クスリと笑いながらそんな事を言う緋桐に、イルカも嬉しくなって微笑んだ。


―――あの険悪だったくの一上忍達との関係が一転、今はすこぶる良好なのが嬉しい。


廊下でのバトルの翌日、イルカはリーダー格の女・緋桐に会いに行った。
図らずしもカカシの誤解を解いてくれることになった彼女にお礼と・・・そして、自分の所為で険悪になってしまった同僚へこれ以上怒りの矛先が行かぬよう、ちゃんと話をした方がいいかもしれないと思ったからだ。
手ぶらで行くのもアレなので、何か持っていこうと考えて・・・簡単に作れて友人達に好評だった水羊羹を作って持っていった。

訪ねてみると、彼女はいつもの取り巻きの女達数人と雑談をしていた。
手土産を差し出しながら『昨日はどうも』と挨拶をすると、最初は胡散臭げな目で見られたが・・・。
毒に精通した仲間のくの一が調べて『毒の類は入ってないみたい』と言ったので、やっと手にとってくれて・・・食べるなり、彼女達の表情が変わった。
『美味しい!』と口々に言って喜ぶ女達。
場がなごんだところで、改めて自分はカカシと恋人関係なるつもりはないこと、そちらへの敵意がないこと、同僚達もカカシとの仲を応援してやろうと突っ走っていただけで悪気は無かったし、今は自分に彼の恋人になる意思が無いことを分かってくれたと説明した。

誠実なイルカの物言いと、なによりイルカに『カカシの恋人になる気はない』ということで、彼女達はイルカへの敵意を収めた。
そして、その後も度々カステラやらかぼちゃの蒸しまんじゅうやらを作って持って話に行き・・・イルカの人柄もあって、すっかり仲良しになった。
今では、親しみを込めて『イルカちゃん』と呼ばれるほどだ。

だだ・・・くの一達とは仲良くなれたが、肝心の『誤解』は今も解けないままだ。

すっかりイルカに気を許した彼女達は、自分が恋人になる為というより、イルカの手助けをしてやると言った気持ちで、かわるがわるカカシに進言してくれたのだが、彼はどのくの一の話も全く聞く様子を見せず・・・。
今日、二度目の進言をしにいった緋桐に、かなりイラついた様子を見せたという。

「どうしたもんかな・・・」

溜息をつくイルカを、カステラを食べ終えた緋桐が見つめて言った。

「・・・イルカちゃん、この際付き合っちゃえば?」
「え・・・ええっ!?」
「だって、はたけ上忍の誤解、解けそうにないじゃない」
「そ、そんな無茶な!・・・っていうか、貴女、カカシさんとお付き合いしたいんでしょう!?」
「う〜ん、そうだったんだけど、ちょっと気持ちが変わってきたの」
「へ?」
「皆とも話してたんだけどね・・・ねぇ?」

他の女達に水を向けると、彼女達も口々に話し出す。

「はたけ上忍、こっちに全く関心をもってくれないしねぇ」
「あんなに頑な感じじゃ、これからも望み薄っていうか?」
「そ、最初はそんなところもストイックな感じでカッコイイって思ってたんだけど・・・だんだん、面倒くさくなってきたっていうか」
「ええ〜〜〜っ」

そんなぁ!と、声を上げるイルカに、緋桐は笑った。

「イルカちゃんなら、いいお嫁さんになれるわよ?お料理上手だし、気配り上手だし・・・」
「他人事だと思って・・・(涙)」
「だって、本当にそうなんだもの・・・これじゃあ、はたけ上忍手放さないわよ、きっと。―――っていうか、私がお嫁にもらいたいくらいよ?」
「ええっ!?か、からかわないでくださいよ、緋桐上忍!」

赤くなって慌てるイルカに、くすくすと笑いながら緋桐は言った。

「あら、結構本気なんだけど?ま、『嫁』は冗談だけど、元の男に戻れば問題ナシなんだけどなぁ・・・イルカちゃん、頑張って男に戻ってよ?」
「戻れるもんならとっくに戻って・・・はい!?」

緋桐の言葉の意味を咀嚼して・・・イルカは驚いたように聞き返した。
―――まるで、『男に戻れたらお付き合いしたい』と言っているように聞こえる。

「なんかね・・・イルカちゃんと話をするようになってから、ちょっと価値観変わってきたのよね」
「価値感?」
「私ね・・・上忍になってから、必死に虚勢を張って生きてきた気がする。上忍になったからには一流を目指さなきゃ、もっと上に進まなきゃってね。かなり自分でも無理してた気がするの」

緋桐は、空をぼんやり見つめて、そう言った。

「だから、一流のくの一の男はやっぱり一流じゃなきゃって思ってて。・・・もちろんはたけ上忍は素晴らしい人だから惹かれたのは間違いないんだけど、彼自身をちゃんと見つめてって言うより、ブランド品を欲しがるような気持ちが大きかった気がするの―――気づけたのイルカちゃんのお陰なんだけどね?」
「俺の・・・?」
「イルカちゃんと居ると、和むのよ。もちろん超一流の男ってのも捨てがたいんだけどね?・・・居心地が良い男ってのもいいなぁとおもっちゃった」

今までなら、『中忍』ってだけで見向きもしなかったと思うんだけどね?
苦笑する緋桐の言葉に賛同するように、他の女達も話しに加わる。

「あたしもこのごろそう思うー!恋人までならいいけどね?もし結婚なんてなった時には、忍としては一流だけど、家では何もしない男といても疲れるかもって」
「だよねー。うちら、結婚しても仕事を捨てる気ないし。だったら、かえって内勤の男の方が色々協力してもらえるし、仕事も続けられるでしょ?」
「イルカちゃんみたいに、料理も近所づきあいも・・・ついでにアカデミー勤務だから子供の相手も上手なんでしょう?そんな旦那だったら、最高よねぇ」

『俺・・・もしかして、モテてる?』

彼女達の言葉を聞きながら、イルカは唖然とその光景を見つめた。
今までモテたことなどない。・・・特別女子に嫌われるタイプではなかったが、友達どまりの事が多かった自分。
周りの女性たちはやはり『強い男・稼ぎのいい男』に惹かれる人が多かったからだ。

―――だが、上忍の女達からみると、少々事情が違ったらしい。

彼女達もまた、自分より強い者・稼ぎの良い者に憧れはあるものの、考え方を変えれば、イルカのような男も良いのでは・・・と思い始めたようだ。
なにせ、自分自身が『強い忍』であり『稼ぎがいい者』である彼女達。
自分自身を極めようと思えば、憧れの男より自分をサポートしてくれる男に価値を感じるのかもしれない。

『俺・・・なんで女になっちゃったんだ!?』

人生初、モテモテ体験が出来るときだったのに・・・。
がっくりと肩を落としたイルカに、緋桐は首を傾げた。

「イルカちゃん?どうしたの?」
「あ、いえ・・・何でもありません」
「?・・・とにかく、やっぱり私達じゃ誤解を解けそうもないわ。ごめんね・・・」
「あ、いえ、そんな!・・・皆さん、ありがとうございました」

慌てて頭を下げると、緋桐はクスリと笑って。

「さっきの話だけど・・・『女』として生きて行くつもりなら、はたけ上忍の気持ちを受け入れるのって、良い選択だと思うわよ?」

―――イルカちゃんになら、譲ってもいいわ。
そう言って緋桐は微笑む。

「緋桐上忍・・・」
「さて・・・と、私今夜任務が入っているから、もう行くわ。ごちそうさま」
「あ、はい!ありがとうございました」

席を立つ緋桐を追いかけるように立ち上がると、『またね』と手を振ってイルカに背を向けた彼女だったが・・・すぐに何かを思い出したように振り返った。

「あ!もし男に戻れる事があったら、私にも声をかけてねー!アタックするから♡」

本気とも冗談ともつかない言葉を、ウインクと共に寄越して、彼女は去っていった。
―――それを真っ赤な顔で見送ったイルカは、しばらくして俯きながらポツリと呟く。


「・・・あーあ、男に戻りてぇなぁ」


男に戻りたいけど、戻れる当てはないし。
女になれと言われても、簡単に気持ちは切り替わらない。
―――これから俺、どうしたらいいんだろう?

呟くイルカの後ろで、欅の葉が風に揺れていた―――



なんとなく、モテモテイルカ。いつの間にか上忍達と仲良くなってました(笑)


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