イルカがカカシと同居して数日が過ぎた。
戸惑いながらもイルカは彼の家で過ごし、彼の家から出勤している。

与えられた部屋で寝起きし、別に制限されることも無く自由に外出もしている。
古いが過ごしやすい家だし・・・特に不自由はない。
最初は慣れない家で戸惑っていたが、カカシはとても優しいし・・・もともと階級をひけらかす人ではないので気さくに接してくれるから、段々馴染んできた。
―――というか、結構居心地がいいかもしれない。

「イルカ先生、いってきますね」
「はい、いってらっしゃい」

自分は一人暮らしが長いが、実は結構寂しがり屋だ。
だから、自ら望んで住んでいるわけではないが・・・こうして「いってきます」「いってらっしゃい」などと挨拶する人がいるのは、なかなかいいなぁと思ったりする。

「・・・今日は夕食、家で食べられそうですか?」
「ええ。今日も任務ですけど、夜には帰ってこれますから。・・・夕飯、なんですか?」
「まだ決めてないけど・・・秋刀魚にしますか?」
「やった!お願いします!!」

子供のような笑みを浮かべるカカシに、イルカは苦笑する。
とりあえず一緒に住むことに決まってしまったのだから、生活費を入れようと思ったイルカだったが・・・カカシがガンとして受け取ってくれなかったため、せめてもと率先して食事の支度を担当していた。
料理は好きだし、手料理を作ってやるとカカシがすごく喜んでくれるからだ。

『なんか、思ったより同居生活も上手くいってんだよな・・・』

最初は不安だったが・・・宣言した通り、カカシは無理やり手を出してくるようなことは無かった。
そんなことさえ無ければカカシは良い人だし、同居には特に問題がない。

『今は問題ない。・・・ないんだけど』

玄関から出て行こうしたカカシが、チラチラとこちらを窺っている。

「あの・・・イルカ先生?」
「はい?」
「いってきますのキスなんかは・・・」
「しません」
「デスヨネ・・・」

カカシは確かに手を出しては来ないが、出したい気持ちは大ありのようで・・・ちょこちょこお伺いをたててくるのだ。
肩を落として出て行く姿を見送ってから、一人になった室内で呟く。

「今は問題ないけど・・・やっぱり、この生活を続けるのはマズイんじゃねぇか?」

彼は約束を破るような人には見えないけれど・・・万が一、彼がその気になったら俺には敵わないだろう。
やられちゃうこと、請け合いだ。(汗)

「やっぱ、今のうちに何とかした方がいいんじゃ・・・?」

俺が男だって事をカカシさんが分かってくれれば、話は簡単に終わりそうなんだけど。
そう思いつつ、イルカは溜息を吐いた―――




・ この腕に花を ・ <16 >




その日の午後―――アカデミーへと続く廊下に、向かい合う二組の女達の姿があった。
双方5・6人づつのその集団は、廊下を塞いでいるのにも関わらず、それを気にする様子もなく睨みあっている。
バチバチと火花でも散りそうな視線で対峙しているその二組は、共に木の葉の忍ではあるが・・・組織の中での位置は少し違っていた。

一組は上忍。
もう一組は中忍のアカデミー職員。

もともと大して仲がいいとはいえないが・・・同胞なので、普段はこんな風に火花を散らす事などない。
そんな二組が、今日は何故かあからさまに『敵対ムード』で対峙していた。

そんな場面に偶然通りかかってしまった忍(男性)が、『触らぬ神にたたりなし』とばかりに、回れ右をしてそそくさと去っていった―――。



そんな風に周りに迷惑をかけつつ対峙していた二組だが。
―――最初に口火を切ったのは、上忍側だった。

「はたけ上忍の家に上がりこんでるんですってねぇ?」

リーダー格の女の問いに、中忍の中の一人が答える。

「ええ。はたけ上忍に『どうしても』と求められまして」
「・・・言葉に気をつけたらどう?気まぐれで拾われただけでしょう?」
「そうですね・・・『気まぐれ』で、最高級の料亭に連れて行っていただいたり、家に迎えられた時は真紅の薔薇を両腕に抱えきれないほどいただきましたけど?」

『気まぐれ』でこんなに良くしていただいているんですから、貴方が『本命』としてお付き合いされていた時は、さぞかし大事にされていたのでしょうねぇ?・・・失礼、お付き合いされていたのではなくて、『これからお付き合いされるご予定』なんでしたっけ?
―――しれっとそう返す中忍に、上忍女の表情が怒りに変わる。

「中忍風情が・・・いい気になるのも大概にしたら?不敬罪で罰を与えてやってもいいのよ?」
「不敬罪?問われた事にお答えしただけなのに・・・ずいぶんと狭量ですね?階級をカサにきての暴挙・・・はたけ上忍が一番嫌う事ですよね」
「彼に目をかけられてると思って・・・虎の威を借る狐ってとこかしら?お里がしれるわ」
「そんな風に聞こえました?でも、別にはたけ上忍の威を借りての発言じゃありませんけど。確かに忍術ではあなた方が上ですからまともに対峙したら敵いませんけど・・・本気でやり合うとあなた方にも不都合があるんじゃないですか?」
「・・・なんのことよ?」
「私たち事務職は里の色々な書類の処理をしています。皆さんの経費報告も扱ってますけど・・・ずいぶんと使途不明金があるんですよね?本当に『経費』なのか疑問で、上に報告すべきか迷っていた所ですよ」
「・・・脅しのつもり?」
「まさか?だいたい、絡んでるのはそちらでしょう?」

まさに、一発触発。
そんな女達の後方から、戸惑ったような声が聞こえてきた。


「・・・あのぉ」


おずおずと進み出た女は、鼻の上にはしる一文字の傷をかきながら、困惑したように言った。

「なんで、当人のいないところでそんなに盛り上がってるんですか・・・?」

イルカはそう言って顔をひきつらせる。
とどのつまりは・・・当事者であるイルカのいないところで、偶然出くわしたカカシファンの上忍達と、イルカの同僚の中忍達が火花を散らしていただけだったのだ。
イルカとしては本当はそんな所に近づきたくはなかったのだが、廊下を通りかかった複数の知り合いから、『なんか、女達がお前がらみのネタでもめてたぞ?』と次々報告されたら、駆けつけない訳にはいかなかった。
それが、他人に迷惑をかけているならなおさらだ。

「あの〜、私ごとでお騒がせして申し訳ないとは思っておりますが、ここを通る方々からクレームがきてるので、できればこの辺で解散していただけると・・・」

なんとかこの場を収めようとそう進言したイルカだったが。

「イルカ先生、いいところにきたわ!」
「は?いいところ・・・?」
「この人達に、あなたがどれだけはたけ上忍に愛されているか教えてやって!」
「え・・・えええっ!?」

同僚達に詰め寄られてチラリと上忍達を見ると、眼光だけで人が殺せそうな視線を寄越された。

『こ、こええ〜〜〜』

何でこんなに睨まれなきゃならないんだ・・・っていうか先生方、良くこんなの相手にしてたなぁ?
ビビりつつ同僚を見上げると、上忍達に負けず劣らずの眼光でギンギンに睨み返している。

『女の人って・・・・・・強い』

思わず感嘆していると、上忍がずいっとイルカの前に進み出てきた。

「そうね・・・こんな女達相手にしても仕方ないわ。―――本当の相手は、アンタだもの」
『・・・ひいっ!』

矛先が自分に完全に向いたのを見て、イルカは心の中で悲鳴を上げた。
とても、先生方のようにこの人達に対抗する自信は無い。
相手が男なら、脅しに屈しず自分を通すこともできそうなのだが・・・イルカは基本、女性に弱い。
しかも、こんな風に『強い女』はどうにも亡き母を思い出してしまう。
もちろんとても愛してくれて大好きな母親だったが・・・とにかく『強い女性』だった母に、幼い時からフェミニスト精神を叩き込まれて育ったので、敵ならともかく、同胞である彼女達と争う気にはなれない。
・・・対峙する前に心が折られているのだから、到底敵う訳もない。
戦々恐々としていると、イルカのビビり具合が伝わったのか、ピリピリしていた上忍達の顔に余裕が戻ってきた。
尊大な態度で見下すように、イルカを見つめる。

「アンタ、はたけ上忍の家に転がりこんでいるのよね?」
「は、はぁ・・・その、なりゆきで」
「今は毛色の変わったアンタに興味をもっているかもしれないけど・・・それがいつまでも続くとは思わないことね?」

んなこと思ってない。
つーか、できればとっとと自分の家に帰りたいんだよ、俺は!
・・・と、言ってしまえれば、どんなにいいか。
イルカは心の中でさめざめと涙を流しながら、『はぁ』と曖昧に返事を返した。

「それにねぇ・・・私たち、アナタの秘密を知ってるのよ?」

うなだれながら気のない返事を返していたイルカだったが、ふふんと笑う上忍の言葉に顔を上げる。

「秘密?」
「アンタ、ついこの間まで男だったんですってねぇ?」

中忍達が苦々しい顔をする。
それに、気を良くして上忍は声高に言った。

「しかも、はたけ上忍はそれを未だ知らないっていうじゃない?・・・まぁ、無理もないわ。彼、ずっと長期任務に出ていたし・・・うだつの上がらない中忍男の事なんか、会ったとしてもいちいち覚えているわけないものね?」

優越感たっぷりに高笑いした後、イルカを見つめて言った。

「このこと・・・はたけ上忍が知ったら、どうするかしらねぇ?」
「ちょっと!卑怯よ・・・っ」

上忍達の言いぐさに、思わず中忍達が前に出ようとする。
だが、そんな彼女達の肩を掴んで止めたのは、他ならぬイルカだった。

「イルカ先生・・・?」

止められて不満そうに振り向いた中忍は、ハッとしように息を呑んだ。
なぜなら、先ほどまで言いたい放題言われても怒るでもなく気のない返事をしていたイルカが、険しい顔をしていたからだ。
その表情のまま同僚達を下がらせると、イルカはずいっと上忍の前に出た。

「あら・・・怒ったの?」

女はニヤリと笑う。

「知ったら、さすがにはたけ上忍も愛想尽かすこと間違いなしだものねぇ?」
「・・・あなた方、カカシさんにそれを言うつもりなんですか?」
「もちろんよ。騙されているって教えて差し上げなきゃ?」

ふふんと笑う上忍をじっと見つめたイルカは、不意に彼女の両手を取ってぎゅっと握った。

「ちょっ!?何すんのよ!」

仲間の女達が一斉に手裏剣ホルダーに手を掛け、それを見た同僚達が同じくホルダーに手を掛ける中―――イルカは、彼女の両手を自分の胸の辺りまで持ち上げ、握ったまま叫ぶように言った。



「ありがとうございますっ!!」



はい・・・?

敵も味方もすべて、呆けたようにイルカを見つめる。
一同の注目を集める中・・・イルカは瞳を潤ませて言った。

「よかった〜!!これで、誤解が解ける!」
「え・・・?」
「俺、何度もカカシさんに『俺は男です』って言ったのに、信じてくれなくて・・・挙げ句の果てに『もうそんな嘘聞きたくありません』とか言われて、聞く耳さえもってもらえなくなっちゃって・・・ホント、途方に暮れてたんですよ!」
「そ、そうなの・・・?」

あっけに取られたように、しどろもどろに返事をする上忍の手を、イルカは嬉しげにブンブンと上下に振りながら言った。

「ええ!どうしたら信じてくれるかと頭を悩ませていたんですが、第三者に言ってもらえればいいだけのことですよね!ああ、何でそんな簡単なこと気がつかなかったんだろう!」
「え・・・と、アナタ、彼のこと好きなんじゃないの?」
「そりゃカカシさんは素晴らしい方ですから、人間的には好きですよ?けど、俺はこんな体になっちまいましたが、心はまだ男なんですよ!いくら良い男でも、とてもそんな気になれませんて」
「そ、そうだったの・・・」

未だ戸惑ったように答えた上忍だったが・・・気を取り直したように咳払いをしてからイルカを見つめた。

「本当に、はたけ上忍に言ってもいいのね?」

確認する彼女の手を再びぎゅっと握り締めて、イルカはキリリとした顔で答えた。


「よろしくお願いいたします!」


そう言ってふかぶかと頭を下げるイルカを、上忍達は困惑の表情で見つめたのだった―――



******



「「「「「イ〜ル〜カ〜せんせい〜〜〜!」」」」」

上忍達が去った後。
掛けられたおどろおどろしい声にビクリ飛び上がると、振り返ってガバリと頭を下げた。

「先生方、本当にすみません!!」

泣きを入れつつ、必死に謝罪する。

「先生方には応援していただきましたが・・・やっぱり俺、男は無理ですよぉ。それに本当の事を知らせないで付き合うのは、はたけ上忍にも失礼ですよ。騙してることになりますし・・・」

そう言うと、同僚達の表情が少し和らいだ。

「・・・まぁ、そうかしらね。いずれ、止めてもあの女達がバラすでしょうし・・・遅かれ早かれ耳には入るわね?」
「そうですよ!それに、俺の事なんかであんなふうに上忍とイガミあったりしないでください・・・本当に危険な目に合わないとも限りませんから」

今回は睨み合うだけで済んだが、忍の世界は基本、縦社会。・・・上忍に睨まれて良い事などあるわけがない。
本当に皆のことが心配になってきて必死で説得していると、背中から声を掛けられた。

「みんな、何してるの?」
「カンナ先生・・・」
「あ、カンナ!実はねぇ・・・」

事情を同僚から聞いたカンナは、ふうんと言って考え込むように首を傾げた。

「・・・まぁ、表立って上忍とやりあうのは良くないと思うから、これ以上事を荒立てるのは私もやめたほうがいいと思うけど」
「ですよね!」

同僚から慕われているカンナ先生がそう言ってくれるなら、この件はこれで収まるだろうと、イルカはホッと胸を撫で下ろす。
だが、話はそこで終わらず・・・カンナはイルカを見つめて確認するように聞いてきた。

「でも・・・イルカ先生、本当にいいのね?」
「え?」
「バレちゃったら、彼と気まずくなるかもしれないじゃない?・・・もしかして、別れなきゃいけないかもしれないし」
「それでいいんですって!」
「でも・・・イルカ先生、はたけ上忍との生活を話す時、楽しそうに話すじゃない?」
「・・・は?」
「意外に子供っぽいとか、なんか健気だ・・・とか?一緒に暮らし始めてから彼の事を知って、イルカ先生自身も惹かれてきたのかなって私は思ってたんだけど・・・?」

カンナの言葉に、面食らったように瞬きをする。
そりゃあ、たった数日暮らしただけでも、彼が良い人なのは分かった。
エリート上忍なのにそれを鼻にかけることもなく、俺には高価なプレゼントを買おうとしたりもするが、普段の生活は割と質素でごく普通の感覚を持っている人だと知った。
そう分かったら肩から力が抜けて、同居生活もそんなに苦痛ではなくなったが・・・。

でも、それとこれとは違うと思う。

「なに言ってんですか!そりゃ、カカシさんは良い人ですから生活もそれなりに楽しいですけど、それは男同士としてってことです。まぁ、友情が芽生えたっていうか・・・恋愛とは違いますよ」


―――だって俺、心はまだ完全に『男』なんですから。


そう苦笑するが、カンナは腑に落ちない様子だ。

「男同士だって、恋愛は出来ると思うけど?」
「カンナ先生だって知ってるでしょうが・・・俺、丸っきりノーマルですよ?」
「・・・そういえば、木の葉書店でこそこそエロ本買ってるの見たことあるわね」
「ええっ・・・い、いつ!?」

恥ずかしい場面を見られていたのを知って、慌てていると・・・他の同僚達もつぎつぎと話に入ってきた。

「私も、セクシーな格好で歩いてるくの一を見送って鼻の下伸ばしているの見たことある!イルカ先生、太もも好きでしょう?」
「・・・す、好きです・・・・・・」
「あら、おっぱいの方が好きなんじゃない?グラビア雑誌見てた時、胸の大きな子のページばかり見てたもの・・・巨乳が好きなのよね?」
「は、あの・・・だ、大好きです(涙)・・・っていうか、皆さんいつ・・・?」

赤くなったり青くなったりしてから、最後には独り言のように小さく呟いてうなだれた。
自分も健康な男子―――もちろん女の子大好きで、太腿も大好きで、巨乳はもっと大好きだ!
エッチな本も当然嗜むが・・・小心者の俺は、平気でエロ小説を持ち歩くカカシさんの境地には到底達することなどできないから、彼と違って極力他人には見られないようにしていた筈なのに。

『恐るべしくの一・・・・・・俺、くの一登録なんてして良かったのかな?』

さっきの争いといい、情報収集能力といい・・・いくら見てくれは女になったとはいえ、自分には荷が重い気がしてきた。
凹んでいると、ポンと肩を叩かれた。

「ま、イルカ先生がそれでいいというなら、私達が口出すことじゃないわ・・・ね、皆?」
「う〜ん。まぁ、確かに本人が乗り気じゃないとどうしようもないものね?」
「惜しいなぁ。二人がカップルになれば、上忍の良い男とお近づきのチャンスも増えそうだったのにぃ」
「・・・いつの間にそんな計画が」

丸っきりのボランティアでは無かったようなのを知ってちょっと黄昏ていると・・・カンナが苦笑しながら慰めてきた。

「まぁまぁ・・・とりあえず、イルカ先生の今の気持ちは分かったし、私達も余計な手出しはしないから?上忍達ともなるべく穏便にするし」
「はい、よろしくお願いします・・・」

やっと解散となって同僚達はそれぞれに散っていく。
イルカも業務に戻ろうして、踵を返したのだが・・・。

「イルカ先生!最後に・・・いいかしら?」
「カンナ先生?」
「イルカ先生自身のことだから、イルカ先生が決めたらいいけど・・・後悔はしないようにね?」
「え・・・?」
「意地を張って自分の心と向き合わないでいて後で後悔するってこともあるのよ・・・」
「はぁ・・・」
「自分に素直にね?・・・じゃあね」

カンナはそう言って背を向けると、ひらひらと背を向けて去って行った。

「カンナ先生・・・?」

意味が分からず困惑の表情で彼女を見送って。 しばらくしてから、業務に戻るべくイルカも歩き出した。


『とにかく、これでとりあえず誤解は解けるんだ・・・よな?』


なにかもやもやとしたものを胸に抱えつつ、廊下を進むイルカだった―――






イルカ先生はフェミニスト設定です(笑)
でもって、鼻血体質でも何とか写真程度なら見ても大丈夫なようです。(笑)


back     next    花部屋へ