台所で、コトコトとコンロの上の鍋が音を立てている。
蓋を開けると、立ち上る湯気。
お玉で汁をすくい、味見をして、呟く。

「うん、上出来。後は、味噌汁に味噌を・・・あれ?味噌、あるのかな?」

慣れぬ台所で、味噌を求めてあちこち探し回っていると、後ろから声が掛けられた。

「イルカ先生、ただいま」
「あ、カカシさん。おかえりなさい」

その声にイルカは振り向いて。・・・そして、目を丸くした。
なぜなら、眼前を真っ赤なものが埋め尽くしていたからだ。

「・・・・・カカシさん?」
「はい」
「これは?」

いや、これの名前が分からない訳ではないが、何故にこれがここに大量にあるのかが分からない。
イルカの質問の意図を察したように、カカシはそれの名をいう事はなく、代わりににこりと微笑んで、それを差し出した。


「あなたに―――」


そう言って差し出されたのは、真っ赤な薔薇の花束だった―――




・ この腕に花を ・ <15 >




胸に押し付けられたそれを反射的に受け取ってしまってから、イルカは困惑の顔でカカシを見上げた。

「えっと・・・なぜに、薔薇?」

俺・・・別に誕生日でもなんでもないですけど?
―――イルカはそう言って眉を寄せる。
誕生日でもないし、何かの記念日でもない。
第一・・・例えそんな日だったとしても、自分がこんなものを贈られるに相応しい人物だとは思えないのだが?
どう考えてもこれを贈られた意図が分からず、困ったように見上げて彼の答えを待つ。
すると、見上げてくるイルカを、カカシは何処か眩しそうに見つめ返しながら答えた。

「花屋で『花を贈りたい』と言ったら、それを勧められたので」
「・・・これを、ですか?」
「どんな花がいいかと言われて、俺は花の名前なんかそれほど詳しくないし、あなたが好きな花も知らないし・・・困っていたら、どんな人に贈るのか聞かれて」

花を贈りたいと花屋に入ったものの、何を買えばよいのか分からない。
困って店番の女の子に聞いてみると、送り先の人はどんな人なのかを聞かれた。

「あなたがどんな人なのか説明したら、薔薇はどうですか?と勧められて・・・」

その言葉に、イルカは頬を赤くした。
店員がどう思って薔薇を勧めたのかイルカは知る訳もないが・・・でも、男の頃よく言われていた『もっさい』や『年のわりにオヤジくさい』などの言葉じゃ、薔薇など勧めないだろう。
たぶんカカシさんは、『とても俺を指しての言葉とは思えない』ような、キラキラしい言葉を並べたに違いない。
それを想像すると、居た堪れない・・・。

「そして、あなたへの俺の想いを伝えられるような花がいいと付け足したら、赤いのを勧められました」

恥ずかしさで居た堪れなくなっているところに、とどめを刺すようにそう続けられて・・・ 頭を掻き毟しって喚きたい気分になりながら、彼から視線を外す。

『一体何を言ったんだ、この人・・・?いや、聞いちゃいけない!』

聞いたら、憤死しそうな気がする―――。
羞恥に顔を赤く染めながら、イルカは心の中で呟く。

『おかしい・・・この人、絶対におかしい』

何がって、審美眼がおかしい。
確実に一般人より大幅にズレている。
心の中でそう叫びながら、俯いた。

『確かに男の頃よりはいくらか華が加わったかも知れないが・・・客観的に見ても、俺は美人じゃないと思うんだけど』

女性へと変化した体。
忍として鍛えていた所為か、プロポーションは割といいセンいっているかもしれない。
だが・・・顔はというと、十人並だ。
別に自分の顔が嫌いな訳じゃないし、卑下する訳でもないが・・・
不細工と後ろ指差される程ではないが、紅先生のように明らかに『美人』と評される顔ではないのだ。

『顔の傷もそのまんまだしなぁ・・・』

顔の真ん中を横切る傷跡もそのまんま。
まぁ、引きつれがあるわけでもないから、それほど醜い傷痕とは自分でも思ってはいないが・・・こんな『美形』の人にここまで惚れられる顔とは思えないんだけど。
そう顔を顰めて・・・ああ、と思い当たる。

『この人が俺に惚れたのって、匂いだっけ?』

つーか、匂いで惚れるなんて、犬かよ?
なんとも言えぬ気分で肩を落としていると、少しトーンを落とした声が聞いてくる。

「あの・・・花、嫌いでした?」

その言葉に、ハッとして顔を上げた。

「俺、あまり女の人にプレゼントなんてしたことなかったから・・・ハズしちゃいましたかね?」

弱ったように、彼は頭を掻く。
俺を『女』と信じているこの人は、『女性が喜ぶプレゼント』を考えてくれたのだろう。
俺が贈られるプレゼントとしてはしてはどうかなと思うけど、女性に贈る物としては最上級の品物ではないだろうか・・・?
眉を下げて聞くその人は、喜ばせようとこの花を買ってきてくれたのだ。
―――そう思い当たり、罪悪感に駆られて慌てて否定する。

「い、いえ、そんな事は・・・」
「・・・昨日、俺の我侭を押し通してここにアナタを連れて来ちゃったでしょう?」

慌てたように否定するイルカに、カカシは困ったような笑みを浮かべて、話し出す。
居酒屋でのやり取りの後―――。
連れ去るようにしてここに連れてきたから、カカシはイルカを迎える用意などしていなかった。

「折角アナタがここにきてくれたのに、何も用意できなかったから。それで、一日遅れちゃったけど、せめて花でもと思ったんですが・・・」

本当は、アナタを家に招き入れる日は、特別な日にしたかったんですけどね。
何処かしょんぼりした様子で、肩を落とすカカシにイルカは唖然として・・・次に、苦笑した。

『この人、姿も中身もちゃんと男だけど・・・俺よりよっぽど乙女思考なんじゃねぇか?』

もしや、普通に付き合ってて・・・自然の流れで一緒に住むことに決まったのだったら、この家に初めて足を踏み入れる時、赤い絨毯の上に薔薇の花びらでも敷き詰めてあったのではないだろうか?

『そんで、奥に進むと、真紅の薔薇の花束を抱えた白いタキシードのカカシさんが・・・』

そこまで想像して、イルカは小さく噴出した。
カカシさんの白タキシードも薔薇を抱える姿もサマになりそうではあるが、この純日本家屋に赤い絨毯はないだろ?と、自分にツッコミを入れる。

「い、イルカ先生・・・?」

突然笑い出したイルカに、カカシは面食らったように瞬きをして、首を傾げている。
その様子を見ながら、イルカは慌てて謝罪した。

「す、すみません・・・妙な想像しちゃって」
「妙な・・・??」
「あの!・・・これ、ありがとうございます。いただきます」
「迷惑だったんじゃ・・・?」
「いえ・・・あの、さっきはちょっとビックリしちゃって・・・」

でも、あなたの気持ちは嬉しいです。
そう言うと、カカシはやっと笑った。

「良かった・・・喜んでもらえて」

微笑んだカカシにホッとしながら、昨日彼が言った言葉を思い出した。
『アナタに好きになってもらえるように努力をする』と言った彼。この花束も、その一つかもしれない・・・。

『なんか・・・強引なくせに、どこか健気なんだよなぁ』

もらった花束に視線を落とし、抱えなおすと・・・途端に香る、薔薇の香り。
その香りは優美で高貴で―――やはり、自分には相応しくない気がする。
それでも、これは彼が俺の為に選んでくれたのだから・・・やっぱり、俺のものなのだ。


『不釣合いでも・・・贈った本人が喜んでるなら、いいよな』


そう思いつつ、イルカは花を見つめて微笑んだ。

「ところで、なんだかいい匂いがしてますけど」
「あ、そうだ!カカシさん、味噌ありますか?」
「味噌ですか?それならこっちの・・・」
「あ!それと花瓶あります!?」
「花瓶・・・あったかなぁ?」



そして、この家で始めての二人の晩餐が始まる―――。

メニューは、煮魚やお浸しのごく普通の和食お惣菜。
でも・・・茶箪笥の上には、やたら豪華な薔薇の花が和風の花生けに活けられていて、初めての晩餐に華を添えていた。






イルカ先生にはもっと似合う花があると思いますが、ここはあえて薔薇にしてみました(笑)
でも、純日本建築に、薔薇に真っ赤な薔薇の花束は似合わなそうですよね〜(笑)


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