帰り道、一言も話さずに付いてくる秀作を見て、利吉はさすがに『まずかったかなぁ』と、反省した。
秀作のあまりの可愛さに、つい手が出てしまったのだが、
あのおしゃべりな秀作が一言も話さないところを見ると、かなりショックだったのだろう。
うぶな秀作のことである。もしかして、初めてだったのかもしれない。
・・・そこまで考えが及んで、罪悪感が胸に広がる。
「小松田君・・・」
「―――はい?」
声をかけられ、ハッとしたように秀作は顔を上げた。
「その、すまなかったね」
「え?」
「そんな格好させて、あまつさえあんな事手伝わせちゃって・・・」
利吉の言葉に、秀作はびっくりしたように頭を振り、答えた。
「いえ、女装するのは初めてじゃありませんし、利吉さんのお手伝いが出来るのは嬉しいです」
「でも、ちょっとやりすぎちゃったね」
その言葉に、秀作はみるみる赤くなる。口づけのことを思い出したらしい。
「いえ、あの・・・こっ、恋人なら口づけくらい当たり前でしょうから・・・・・・・・恋人役だったんだし」
「でも、驚いていただろう?・・・初めてだった?」
「・・・はい・・・」
「ごめん・・・」
「あ、いいえ!私、利吉さん大好きですし、別に嫌じゃなかったし。女の子じゃないんだから、初めてとかそういうのはいいんです」
『大好き・・・?嫌じゃなかった・・?』
秀作の、さりげない問題発言に、利吉はドギマギする。そんな利吉の気持ちなど知らずに、秀作は話を続けた。
「私がお喋りしなかったのは、ちょっと考え事をしていて・・・」
「考え事?」
「あのお姫様、ちょっと可哀想かなって・・・」
「・・・・」
「あ!別に利吉さんが悪い訳じゃないんですよ?」
黙り込んだ利吉に、秀作は慌てて手をバタバタと横に振り、否定した。
「ただ、騙されて諦めなきゃなんて、可哀想かなって・・・」
そう言うと、俯いた。姫を騙したことに、罪悪感を感じているのだろう。
人を欺くのは忍なら当然のことで、利吉は姫に対して何も感じなかった。
だが、この青年は忍の修行をしていながらも、人を騙すなど考えたこともなく暮らしてきたのかもしれない。
そう思うと、ますます利吉は罪悪感を感じた。
何も知らない子供に、知らなくてもいいことを教えてしまったような気分になる。
せめて、少しでも気持ちが軽くなるように・・・・・優しく声をかける。
「でもね、小松田君。こうすることが一番、姫のためだと思うよ?
・・・例えば、姫と私が一緒になったとして、私が家に帰れるのは月に数度。しかも家族にだって行き先を告げるわけにはいかないし・・・帰ってくる保証だってないだろう?
そんな生活に、お姫様育ちの人が耐えられるとは思えない。どうせ傷つく結果になるのだから、傷が浅いうちに早く忘れた方がいいんだよ」
たぶんそうだろう・・・普通の女の人でも耐えられるかわからない。姫君ならなおさら・・・。
秀作は、改めて忍の厳しさを、思い知らされるように気がした。
『帰る保証もない』という利吉の言葉に、胸が締め付けられそうになる。
『そんなの・・・嫌だ・・・・・・』
泣きそうにな顔をしている秀作に気づいて、利吉はわざと茶化すように言った。
「それに、私好みじゃなかったしね」
え?・・・と、秀作が顔をあげる。
「美人だってお聞きしましたけど?」
「美しい姫君だったよ。・・・でも、私の好みじゃない。身分違いじゃなくても断ってたよ、たぶん」
『美人のお姫様なんて、利吉さんにぴったりな気がするけど?じゃあ・・』
利吉の言葉に、秀作は意外そうに首を傾げた。
「じゃあ、どんな方が利吉さんの理想の人なんですか?」
興味がわいてきたらしく・・・・・
泣きそうな顔から一変、わくわくした表情になった秀作に利吉は苦笑した。
・・・本当に、百面相な人だなぁ・・・
そう思いつつ、悪戯っぽく笑って見せる。
「んー、そうだな。君が女の子だったら、迷わず口説いてたかな?」
「ええっ??り、利吉さんったら、からかわないでくださいよぅ!」
真っ赤になって、わあわあと慌てる秀作に、利吉はクスクス笑いながら続ける。
「本当だよ。だからつい、手が出ちゃった」
人差し指で、自分の唇を軽くたたいて答える利吉に、秀作はますます赤くなる。
「あ、あれは演技でしょっ?!・・・もう、利吉さんってば、人のことからかってばっかり・・・」
ぷうっと、頬を膨らませ拗ねる秀作を見て、利吉は声をあげて笑った。
「演技といえば、君こそあんなに演技がうまいとは知らなかったよ。会話もまさに、『寂しい思いを隠して、恋人の為に笑ってみせる』っと言った風情で。
――――こう、男心にグッと来るというか」
「はぁ、演技ですか?・・・私、なんて言いましたっけ?姫がいらしたのもよくわかんなくて、ただ利吉さんの質問に答えてただけなんですけど・・・?」
「えっ?じゃあ、どの辺りから姫が来たって、気づいたの?」
驚いて聞き返す利吉に、秀作は少し考えて・・・・・ちょっと赤くなりながら言った。
「えっと、利吉さんが・・・くっ・・・・・・口づけしてきた辺りから。
びっくりして、それから『ああ、お姫様がいらしたんだな』っておもったんです」
―――――じゃあ、あれは全部・・・素・・・?
あの時の、会話や仕草を思い出して、利吉は混乱した。
『好き・・とかいってなかったか?会えてうれしいとか・・・?』
考え込んでいると、不思議そうに秀作が覗き込んでくる。
『・・・と、とにかく、帰ろう・・・』
そう思い秀作を促そうとしたとき、秀作がまた口を開いた。
「・・・でもさっきのがもし本当だったとしたら、女の子に産まれてれば、私、
利吉さんの恋人になれたかもしれないんですねぇ。何か、ちょっと残念です」
言ってる意味がわかってるのか、いないのか?
いつものようにおっとりと微笑む秀作に、利吉は思わず赤面してしまう。
確実に上がった己の体温に―――――珍しく、狼狽。
が、これ以上追求する勇気は今は無く・・・・・妙な気分をを振り払うように軽く頭を一度振って、秀作に背を向けた。
「・・・・・・・・・帰ろう。学園長に報告しなければ」
「はい♪」
そして。たった一日だけの恋人達は、学園に向かってゆっくりと歩き出したのだった。