・ 花微笑 ・ ――5――

 



「あっ、利吉さんみて下さい!これ、珍しい色ですよね?」
「そうなのかい?私は詳しくないので良くわからないが・・・」
「珍しいですよう。私、初めて見ました!きれいですねぇ、母にも見せてあげたいです」

園内を散策しながら、秀作は利吉に笑いかける。
彼の話にいちいち頷いて見せながら、利吉はふと問い掛けた。

「お母上も、牡丹がお好きなのかい?」
「はい。私が花を好きになったのも、母が小さい頃から色々と教えてくれたからなんです。実家が扇屋なので、物の美しさが解るようにと・・・花や絵をよく見せてくれました。」
「そう・・・・・・」

だからこの子は、美しいものに素直に感動する心を持っているのか。
そういえば、母上も花がお好きだったな・・・小さい頃は母上と花見に行ったりもしたが、近頃では忙しすぎて花を見る余裕もなかった。
花を見るだけじゃなく、こんなにのんびりした気分になるのは久しぶりかもしれない・・・。

そんなことを考えているとき人の気配を感じ―――――利吉は視線をはしらせる。
前方の花影から日下が顔を覗かせ、利吉と目が合うと無言で利吉達の左横の茂みを指さし、すぐ姿を隠す。
利吉は日下が指した方向に人が近づくのを感じると、全く気づいてない秀作を自分の方に向かせた。
――――――――耳元に口を寄せ、小声で囁く。

「小松田君、始めるよ」
「え?」

秀作の肩に手をかけ、もう片方の手を頬に添え・・・瞳を見つめながら、甘く囁く。

「ここ、気に入ったかい。秀子?」
「はい。とってもきれいなところですね!」
「気に入ってくれたのなら、良かった。いつもなかなか会いに行けず、寂しい思いをさせてすまない・・・」
「え?・・・いえ、お仕事忙しいのわかっていますから。それに、今日こうして会えたじゃないですか?私、すごく嬉しいです」

そう言うと、秀作はにっこりほほえみ、頬にあてられた利吉の手に自分の手を重ねた。
その愛らしい仕草に、利吉は思わず秀作の手を取り引き寄せて胸にかき抱いた。

「・・・好きだよ、秀子――」
「私もです。利吉さん・・・」

自分の腕の中でほんのり頬を染め、ふわりと微笑む秀作に利吉の心臓が再びはねる。
『可愛い・・・』
利吉は演技も忘れ、しばし秀作に見とれていたが・・・ふいに彼を腕から解放した。
きょとんと利吉を見る秀作の顎に手をかけ少し上を向かせると、ゆっくり顔を近づける。

「り、利吉さっ・・・?」
「しっ・・・黙って・・・」

秀作の言葉を遮ると、その唇にゆっくりと自分の唇を重ねる。
秀作は驚き目を見開くが、やがて静かに瞳を閉じた。

『がさっ』

二人の左横の茂みから音がして、人の走り去る音が続く――――
利吉は、秀作の唇を少し名残惜しげに離すと、前方の花影に視線を送る。
そこから、日下がカサカサと花をかき分け、現れた。

「二人とも、なかなか名演技じゃったぞ!これで、姫も諦めるであろう。
私はすぐに姫の元に戻らねばならん。・・・首尾は、後で学園の方に使いを出そう。
本当に良くやってくれた、では!」

そう言うと、姫の消えた方へ慌てて向かっていった。
そんな日下を見送るってから、口づけの余韻でまだボーっとしている小松田に声をかける。


「じゃ、帰ろうか?小松田君」


秀作は突然声をかけられ、びっくりしたように利吉を見つめ。
その後カーッと耳まで赤くなると、視線を逸らすようにうつむき、「ハイ」と小さく頷いた。






back     next    忍部屋へ