・ 花微笑 ・ ――4――

 



外はいつの間にか暗くなっていた。
皆が思案に暮れる中、ふいに障子の外から「失礼します」と声がかかり、秀作がひょっこり顔を覗かせる。


「あの〜、学園長先生。お夕食お運びした方がよろしいでしょうか?」
「!」

その顔を見て、全員が顔を見合わせる。

「・・・忘れておったのう」
「小松田君なら、試験は関係ないし」
「利吉と年も近いし、背格好もつりあいますな」

矢継ぎ早に話を進める教師達に、日下は口を挟む。

「彼は?」
「ああ、事務員なのです。じゃが、一応忍術を習っておりますし女装ぐらい出来るでしょう。・・・利吉はよいかのう?」
「はい、父上以外ならどなたでも」
「どういう意味じゃ、利吉っ!」

青筋を立てて怒鳴る伝蔵を、半助が「まあまあ」となだめて話を元に戻す。

「そうと決まれば、早いほうがいいですよね?」
「そうじゃな。・・・日下殿、具体的にはどのように?」

学園長の言葉に日下は、うむと頷き、少し考えながら口を開いた。

「そうだのぅ・・・気分転換とでも言って、何とか姫を外にお連れしよう。
我が城下内にある牡丹園が見頃じゃ。そこに姫をお連れする故、2人はそこで待っており 姫に気づかぬ振りをしながら仲むつまじい様を見せる・・・というのはどうじゃ?」
「いいですな。しかし、姫君がますます寝込んだりしませんかな?」

なんたって、恋煩いで寝込む姫君である。ショックを与えて良いものだろうか?

「直後はそうかもしれぬが、頃合いを見て縁談の相手と引き合わせようと思っておる。
お相手の平茸の若君は、誠実でいてなかなかの男前じゃ。失恋して落ち込んでおるときに優しくされれば心も動くじゃろう。それでまとまれば、一石二鳥じゃ」
「なるほど・・・では、それで行きましょう」


学園長の言葉に、秀作以外の皆がうなずく。
一人、話の分からぬまま巻き込まれている秀作だけがキョトンとし、首を傾げていた。



******



「うわー。本当にきれいですねぇ♪」
「そうだね、秀子。・・・牡丹は好きかい?」
「はい〜!私、お花はみんな好きです」


利吉と秀子―――女装の秀作は、牡丹園に来ていた。
程なく、日下が例の姫を連れてくる手はずになっている。
しかし、秀作は当初の目的を忘れたように、花を見て無邪気にはしゃいでいた。

恋人役が秀作に決まった時、伝蔵以外なら誰でもいいと言った利吉だったが、少々不安でもあった。
秀作のドジっぷりは、学園部外者の利吉でも、よ〜く知っていたからである。
一緒に行動してひどい目にあったこともあるし、このごろでは親しく一緒に茶など飲む間柄になっていて、彼の失敗談は本人からも他の者からも良く聞いていたので、「大丈夫だろうか?」と、一抹の不安を覚えていたのである。
しかし、伝蔵直々に化粧を施された秀作を見て、そんな思いは吹っ飛んでしまった。
恥ずかしげにうつむき加減でこちらに振り返った秀作は、どこからみても可憐な乙女に見える。


けっこう・・・・・・・・・・・かなり、可愛い。


言葉を失う利吉を見て、伝蔵は得意げにフフンと鼻を鳴らした。

「どうだ、わしの腕は確かだろう?」
「本当にお見事です、父上。化粧がこんなにお上手とは知りませんでした。
・・・やはり父上の女装が恐ろしいのは化粧のせいではなく、元のお顔のせいだったのですねぇ。」
「り〜き〜ち〜!」

伝蔵の拳骨を間一髪でよけ、利吉は秀作の手を取った。

「じゃ、小松田君・・・いや、秀子と呼ぼうか。そろそろ行こう」
「はい。じゃ、山田先生行って来まーす!」
「避けるな、この親不孝者〜!!」

伝蔵の怒鳴り声を背に、二人は牡丹園に出発したのだった。



『あまり心配することはなかったな』

花の中ではしゃぐ秀作に、利吉は微笑んでいた。
元々、秀作は16歳とは思えぬほど無邪気で子供っぽい。
こうして女装すると、別段演技をしなくても充分愛らしい女性に見える。
利吉の腕を引っ張りほほえみながら花を愛でる様は、どこから見ても仲睦まじい恋人同士に見えることだろう。
秀作を眺めながらそんなことを考えていた利吉の顔を、ふいに秀作が覗き込む。
その仕草に、ドキンと利吉の心臓がひとつはねた。

「利吉さん?」
「な、なんだい?」

内心の動揺をを押し隠して、利吉は答えた。


「もうそろそろですよね?」


何が・・・?と言いかけて、当初の目的を思い出し、「ああ、そうだね」と続ける。

「私、なんだか緊張して来ちゃいましたぁ。私はどういう風にしたらいいんでしょう?」
「そのままで充分だよ 、さっきみたいに花を眺めていたらいい。
ただ、今の君は秀子という名の女性で私の恋人だということだけ、忘れないでね?」

不安げに眉を寄せる秀作の緊張を和らげるように、利吉は優しく微笑みかけると・・・
『恋人』と言う言葉に少し顔を赤らめながら、秀作はコクリと頷く。


「姫が来たら少し演技しなくちゃいけないから 、肩を抱いたり恋人らしい会話をすると思うけど。・・・・君は私の話に適当に相づちを打ってくれればいいから」


利吉はそういうと、秀作の肩を軽くたたいた。
するとやっと緊張がほぐれたのか、秀作は『はい』と頷き。
そして、いつものようにふわりと微笑んだ―――――






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