・ 花微笑 ・ ――3――

 



学園長室に呼ばれ、事の一部始終の説明を受けた利吉は、気まずそうに身をすくめた。
・・・心当たりがあったのである。


「そうですか、あのときの姫君が・・・その・・・」
「そうじゃ、そなたに懸想して、寝込んでおるのじゃ」
「・・・申し訳ありません」

『・・・これは、女が放っておかんだろうなあ・・・』
困ったように頭を下げる利吉を、日下はゆっくりと観察するように眺める。
呼ばれて現れた青年は、姫のいった通り美しく、凛とした空気をまとっていた。
細身に見えてその実、鍛え上げられていると感じる肉体は、この青年の忍としての技量を物語っている。
こんな男に会いしかも命を助けられたとあっては、姫でなくとも女なら夢中になってしまうだろう・・・そう苦笑しながら、恐縮しているその青年に声をかけた。

「いや、そなたが悪いわけではない。むしろ姫を助けてもらって感謝しておる・・・
礼が遅くなったが、本当によく助けてくれ申した」
「いえ、とんでもない!頭をお上げ下さい!偶然通りががっただけなのですから」

高い身分にあろうその老人に頭を下げられ、利吉は慌てた。
利吉の言葉に日下は姿勢を戻すと、改めてここを訪れた趣旨を伝える。

「また迷惑をかけるが、何とか姫をあきらめさせてくれまいか?」

頭を上げた日下に利吉はホッとしつつ、内心ため息をついていた。
・・・まさかこんなことになるとは。
しかし、自分が原因であれば断る訳にもいかない。
利吉は日下の言葉に、頷いた。

「わかりました。それでは、姫が私に失望なさるような態度でもう一度お会いすれば・・・」
「それはまずい!」
「は?」

日下の制止に、利吉は顔を上げる。

「姫にはすぐに縁談が控えておる。姫は一途な性格でいらっしゃって・・・ 平たく言えば、少々思いこみが激しいのじゃ。男性全体に失望されては困る! なんとか、物語のように美しく終わらせてはもらえぬか?」
「美しく・・・ですか・・・・・・・・」

・・・あの姫、夢見る少女だったのか・・・
利吉は軽い頭痛を覚えた。
頭痛を耐える利吉の横で―――そこまで聞いていた半助が口を挟む。

「つまり、女性が好みそうな悲恋物語にすればいいわけですか?『私と貴女では身分が違う、許してください』とかなんとか・・・・・」
「・・・土井先生、楽しんでませんか?」
「利吉くん、勘違いだよ!私は協力しようとしているだけなんだから・・・でも、色男はつらいねえ」

ジトッと睨む利吉に半助は慌てて弁解するが、口元には明らかに笑いがにじんでいる。

『絶対、楽しんでる・・・』
この年若い父の同僚は、兄弟のいない利吉にとって兄のような存在であり、仲がいい。
色々と相談に乗ってもらったり、時には仕事を手伝ってもらったりもするが、たまに年下の自分をからかったりもするである。
憮然としてもう一度睨む利吉の視線を、半助はクスクスと笑って受け流した。
だが・・・半助の提案に、日下はまたもや首を横に振る。


「いや、それもどうかと思う。『身分を捨ててついていく』などと、いいかねん」


姫ならあり得る・・・と、肩を落とす日下に、今度は伝蔵が提案する。

「やはり、心に決めた相手がいるというのが一番でしょう。利吉、お前いないのか?」
「仕事が忙しくて、そんなの作る暇がありません」

チラッと、探るように問う伝蔵の視線を受け流して、利吉はそっぽを向いた。
そんなやり取りの中、今まで黙って話を聞いていた学園長が口を開いた。

「ならば、こちらで用意するしかないじゃろう。話が外に漏れるのは日下殿が困るじゃろうから、学園内の誰かじゃな。しかし、困ったのう。くの一クラスは野外演習で一週間ほど山に籠もっておるし。・・・・・・・この際、女装の男でもかまわんか」

『女装』という言葉に利吉は慌てた。
なぜなら、その言葉に異様に張り切る父を知っているからである。
それだけは阻止しなければ!と、先手を打って叫んだ。


「ち、父上!私は親子で恋人のフリなんて、絶対嫌ですからね!」


利吉の慌てぶりに、伝蔵は憮然と答えた。

「何を慌てとる。わしだって、お前相手にシナなど作りたくないわ!」

その言葉にホッとしつつ・・・・・
今度はさっきからかわれた仕返しとばかりに、半助に視線を向ける。

「土井先生なら教師の中で一番お若いし、女装もなかなかおきれいでしたよねぇ?」

利吉の言葉に、今度は半助が慌てる。
土井の女装はなかなか美しく評判もよいのだが、本人がとても嫌がっており、やりたがらないのだ。

「いやでも、その・・・そう!明日から、試験期間が始まるんだよ!忙しいんだ!!」

切羽詰ったようにそう叫んだ半助だったが・・・
この言葉に、学園長は「おお」と声を上げた。


「そういえばそうじゃった!忘れておったわい。じゃあ、教師はもちろん生徒も試験中ではないか!はて、困ったのう・・・」


思い出した予定に、学園長は眉を寄せて唸った。





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