・ 道 ・ ――3――

 



「利吉君!小松田君!」

半助がやっと2人を見つけたとき、意識のない秀作に利吉が必死に人工呼吸を施しているところだった。
しかし、何度やっても小松田は息を吹き返すことなく―――――利吉は青ざめる。



「小松田君!ダメだ、目を開けるんだ!!」



利吉が狂ったように秀作の体をがくがくと揺さぶり、叫ぶ。

「利吉君!?ダメだよ、そんな・・・」

驚いた半助が利吉を止めようとしたとき、不意に秀作が身じろぐ。
すると、とつぜん秀作の口から水があふれ、咳き込んだ。

「んっ・・・げほっ、ごほっ!」
「小松田君!」
「大丈夫か!」

利吉と半助が叫ぶと、秀作はその瞳をゆっくりと開いた。まだ頭がはっきりせず、ボーッと目の前にいる利吉を見る。

「・・・あれ?利吉さん、どうしてここに居るんですかぁ?」
「バカッ!!」
「ひゃっ?!」

突然大声で怒鳴られ、ビックリして上体を起こす。なんだかだるくて、あっちこっち痛い。

「子供たちを助けたのはえらいが、自分が落ちちゃ元も子もないだろっ!もう少しで君は・・・っ」

死ぬところだったんだ・・・そう言おうとして、言葉が出なかった。
『そうだ、もう少しで君を失うところだった・・・』
そう思ったとき、利吉の体は震えだした。己の震えを押さえつけるように、秀作の体を力いっぱい抱きしめる。

「利吉・・・さ・・ん?」

秀作はそんな利吉に戸惑いながら、その名を呼んだ。その声を聞き、利吉の中に少しずつ安堵が広がっていく。抱きしめた身体から伝わってくる、確かな鼓動。生きている証。


「・・・無事でよかった・・・」


利吉はそう呟き、もう一度しっかり秀作を抱きしめた。

その光景を、半助は唖然と見つめていた。
こんなに取乱した利吉を見たのは初めてである。・・・知り合いが死にかけていれば、誰でも慌てるだろう。自分だって取乱すかもしれない。でも、これは。
・・・いくら恋愛関係に鈍い自分でも気がつこうというものだ。
いつもクールであまり心のうちを晒さない彼の、激しい内面が見えた気がした。

『利吉君が小松田君をねぇ・・・』
いつもどこか張り詰めた彼が、秀作の中に安らぎを見つけたのだろうか?
『安らぐ・・・とは言えないか。この調子で手が掛かりそうだし』
愛しそうに秀作を抱きしめ、その髪に頬を寄せる利吉を見ながら半助はクスリと笑った。
少しくらい刺激があるほうが、利吉に合っているのかもしれない・・・。そんな勝手なこと思いながら二人に声をかける。

「・・・・・・邪魔して悪いけど、そのままじゃ風邪引いちゃうし、とりあえず学園に帰らないかい?今、子供たちを呼んでくるから。」
「!」

半助の存在をすっかり忘れていた利吉はハッとし、慌てて秀作を離して顔を赤らめた。

「小松田君、足を怪我してるみたいだから、見てあげてね」

半助は笑いをこらえながら、その場を離れる。
利吉は苦虫を噛み潰したような顔で、そのうしろ姿を見送った。

「・・・からかわれるネタ、提供しちゃったなぁ」
「ほへ?」
「なんでもない・・・足、痛むかい?見せてみて」

利吉はため息をつき、何かにぶつけたらしい腫上がった秀作の左足の治療を始めた。



******



帰り道。
柿を背負った乱太郎と、腕に布を巻いたきり丸が先頭を歩き、そのすぐ後ろをしんべヱをおぶった半助が続く。―――そして、少し離れて秀作を背負った利吉が後を追う。
秀作は『恥ずかしいですよう』と、おぶわれるのを嫌がったのだが、くじいた足ではどうにもならず、今はおとなしく背負われている。
もう、辺りはすっかり暗くなっていた。

秀作の重みを背中に感じながら、利吉は妙に晴れ晴れとした気分で学園への道を歩いていた。・・・ここ一ヶ月の悩みが、一瞬にして消えてしまったのだ。
秀作を失うかもしれないと思ったときの、あの感覚。
悲しみでも、喪失感でもなく―――――感じたのは、気が狂いそうなほどの恐怖。
・・・只只、その事実が恐ろしかった。耐えられないと思った。

『私は、彼が好きなんだ・・・』

自分の気持ちをしっかりと自覚し、一度それを認めてしまうと、心の中がすっかり落ち着いた。もう、迷いもない。
さあ、これからどうしようか?
そう考えた時、秀作がおずおずと声をかけてきた。

「あの、利吉さん。私、やっぱり重いんじゃないですか?歩きましょうか?」

どうやら、利吉が黙り込んでいた為、重いのじゃないかと気になったらしい。鍛えてある利吉にとっては、秀作を背負うくらいなんともないのだが・・・。

「え?そんなことないよ、気にしなくていい。・・・ちょっとね、考え事をしていたものだから」
「考え事?」
「うん。・・・君のこと」
「え?」

ぽけっとその言葉を聞いていた秀作だったが、少ししてボッと顔が朱に染まる。


「ど、どうせ、ドジだとか、子供達と変わらないとか、思っていたんでしょ?」


赤くなりながらすねたように言う秀作に、思わず笑みがこぼれる。

「わかったかい?」

わざと意地悪く肯定すると、秀作は頬を膨らませた。

「やっぱりっ!もう、利吉さんのイジワル〜!!」
「こらっ、背中で暴れるな!落ちちゃうだろ!」

背中でジタバタと暴れる秀作を叱ると、途端におとなしくなる。
「ごめんなさい」と―――しゅんと反省する秀作に苦笑しながら、ポツリと呟いた。


「・・・本当はね、君が無事で良かったって、そう考えていた所だったんだよ」


静かにそう言うと、秀作はハッとして、またほんのりと頬を染めた。

「・・・すみませんでした。助けていただいてありがとうございます」

顔を赤らめ嬉そうに答える秀作の姿に、頬が緩む。
『脈はありそう・・・かな?』
利吉はクスリと笑い、また考えにふけりはじめた。
『次の仕事はどうやって早く切り上げようか?』
学園に通う為の仕事のスケジュール調整を考えながら、弾む気持ちを抑えて、他の4人よりわざと遅れ気味で学園への道を歩いていった。



――――利吉が、その自分の選んだ道が思った以上に困難だということをおもい知ったのは、 もう少し後。






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