道すがら、あの4人のドジ話などを聞きながら山道を登る。
だが・・・かなり歩いたというのに、まだ4人には出会えなかった。
『やはり、道にでも迷っているのだろうか?』
そんな事を考えていた時、茂みの奥から子供の声が聞こえた。半助がすぐさま声の方へ呼びかける。
「乱太郎―!居るのかー?」
しばらくすると、茂みの奥から赤毛の少年が飛び出してきた。三人組の一人、乱太郎だ。
「土井先生―!!」
「乱太郎!どうした?」
慌てて走り寄ると、乱太郎は半助にしがみつき、涙目で見上げてきた。
「先生〜!きり丸が・・しんべヱが・・・小松田さんがぁ・・・」
「とにかく落ち着いて。慌てなくてもいいから説明しなさい。何があった?」
えぐえぐと泣きながら話す乱太郎を落ち着かせるように、半助は膝を折り目線を合わせて、彼の頭を撫でながら問い掛ける。
乱太郎はその手の感触に少し落ち着きを取り戻したようで・・・手の甲で涙を拭きながら、話し始めた。
******
乱太郎の話によると、お使い自体はスムーズにいったらしい。
だがその帰り道、きり丸が例のごとく小銭の音を聞きつけ、山道を横にそれて走っていってしまった。
いつものことなので、『やれやれ』とみんなで後を追おうとしたとき、きり丸の悲鳴が聞こえた。慌てて茂みを掻き分け進むと、目の前に突然開け、そこには切り立った崖が広がっていた。
「きり丸!」
乱太郎が悲鳴に近い声で呼びかけると、崖のしたから弱弱しい声が聞こえてきた。
「・・・乱太郎〜」
三人が急いで崖の下を覗き込むと、崖の途中から生えた木の枝に、きり丸が引っかかっている。だが、その下には流れの急な川が広がっていた。
落ちていなかった事にホッとしつつも、この状況ではいつ落っこちてしまうかわからない。すぐに引き上げてやらなければ。
「よし、鉤縄を投げて助けよう」
乱太郎が懐から鉤縄を取り出し、崖下のきり丸に向かって叫ぶ。
「きり丸〜!今縄投げるから、これにつかまって〜!」
「・・・だめだ。落ちた時、右腕を木に引っ掛けて切っちゃった。力が入らねえんだ」
「うわ〜!きり丸痛そう〜!」
すると、少し情けない声が返ってきた。慌ててきり丸の腕を見ると、袖が縦に裂け・・・そこから血が滴り落ちている。
それに息を呑んで、半泣きになったしんべヱがおろおろと乱太郎に振り返る。
振向かれた方の乱太郎も、どうしたらいいかわからず眉をよせた。
「どうしよう、小松田さん?」
困り果てた乱太郎が今度は秀作の方を振り向く。
すると、こんな時なのにかかわらず、いつものような・・・どこかのんびりした口調で秀作は答えた。
「これは、降りて助けに行くしかないなぁ。乱太郎君、この縄あの木に結び付けてくれる?私が降りていくから、合図したら二人で引っ張り上げてね。」
「あ・・・はい!」
乱太郎が近くの木に縄を結び付け、そのもう一方の端を秀作が体に巻きつけ、崖を降りていく。
程なく、きり丸が引っかかっている木にたどり着いた秀作は、その幹にまたがるときり丸の体を引っ張り上げ、自分に巻きつけていた縄をきり丸の体にしっかりと結びつけた。
「乱太郎君、しんべヱ君、ひっぱってー!」
「はーい!」
二人がきり丸を無事引っ張り上げ、もう一度秀作の元に縄を垂らす。秀作はその縄をつかみ、崖を攀じ登った。危なっかしいながらも、何とか崖上にたどり着き一同ほっと胸をなでおろした。
「小松田さんって、結構頼りになるんですね〜」
「いやぁ〜そんなことないけど・・・」
しんべヱが崖上に上ったばかりの秀作に駆け寄る。
普段あまり人に誉められることのない秀作は、照れて頭を掻いた。
「小松田さんたら、そんなに照れなくても!」
しんべヱがバンと秀作の胸を叩いた時、その衝撃で崖の端に立ったままの秀作がバランスを崩す。
「わあっ?!」
「小松田さん!」
三人は声をそろえて叫び、近くに居たしんべヱが秀作の手を掴む。
しかし、支えきれずに2人そろって崖から落ちていった。
「しんべヱ!小松田さん!」
乱太郎ときり丸が慌てて下を覗き込むと、二人がしぶきを上げて川に落ちるのが見えた。
******
「それで、二人はどうしたんだ!?」
半助は乱太郎の腕を掴み早口で問い詰める。・・・まさかそんなことになっていたとは思いもよらなかった。
「急いできり丸と崖下に降りる道を探して下りたんです。そしたら、しんべヱはすぐ近くの岩にしがみついていたから、私が助けて。その後小松田さんを探そうと走り出した時、先生の声が聞こえたんです」
「わかった。乱太郎その場所に案内しなさい。すぐ助けに行こう」
そう言って立ち上がると、乱太郎を先導に三人は走り出した。
「あの崖から、ここに落ちたんです!」
事件のあった崖下にたどり着くと、腕から血を流したきり丸と、ずぶぬれのしんべヱが居た。半助の顔を見ると、泣きながらしがみ付いてくる。
「先生、ごめんなさい〜!!」
「先生、小松田さんがぁ、どうしよう〜!」
泣きじゃくる二人をなだめ、半助は二人の怪我の状況を見る。
「落ち着きなさい。きり丸、傷を見せろ・・・うん、思ったほど深くないようだ。しんべヱはどこか打ったか?」
「ボク、小松田さんと一緒に落ちたけど、水に沈まないからすぐ近くの岩につかまったの。でも、足くじいちゃって・・・・・小松田さんだけ流されて行っちゃって。僕のせいで、溺れちゃたのかなぁ?」
顔をぐちゃぐちゃにして、鼻水をたらしたしんべヱが説明する。
「いや、小松田君は確か泳げたはずだ。どこかに泳ぎ着いているかもしれん」
「でも、小松田さんもどこか怪我したみたいだったよ?なんかうまく泳げないみたいだった!」
きり丸が心配そうに、無事な方の手で半助の腕を掴んで揺さぶった。
「何?ならば、急がなくては・・・・・利吉君?!」
話を聞き終わる前に、利吉は走り出していた。怪我をしているなら溺れてしまっているかもしれない、
早く助けなければ!
その一心で、川べりの足場の悪い岩場を下流に向かって駆け下りていく。
『小松田君、無事でいてくれ!』
祈るような気持ちで、利吉は走り続けた。
利吉が秀作を探しに行ったと知って、半助はとりあえずきり丸の腕の止血をし、しんべヱの足の骨に異常がないのを確かめると、自分も立ち上がった。
「私も小松田君を探してくる。3人は私がもどってくるまでここを動かないように!・・・乱太郎、二人についていていてくれ」
「はい!わかりました!」
先生か来た事で安心した乱太郎が、元気よく返事をする。
「頼んだぞ!」
半助はそういい残し、利吉の後を追った。
******
どのくらい走っただろうか?
下流にきて、流れが穏やかになってきている。
目を凝らして川を探しながら走る中、その川の中ほどにある岩に何かが引っかかっているのを見つけた。急いで近づいてみると―――――それは、人の形をしていた。
「小松田君!」
それは確かに小松田であったが、返事がない。急いで川に飛び込み岸まで引き上げると、秀作は青白い顔をしてぴくりともしない。口元に顔を近づけてみると、息をしていなかった。
「・・・!!」
利吉は全身の血の気が、一瞬にして引くのを感じた―――――
人の死は今までたくさん見てきた。
この手で殺めたことさえも。
だが、冷たい秀作の体を抱いた時、利吉は肌が総毛立つような恐怖を感じた。
頭が、真っ白になる・・・・・・・・・・・・・
『小松田君!』
利吉は秀作の体を横たえると、白くなった唇に自分の息を何度も何度も吹き込みつづけた。