この頃、利吉がやたら面会に来る。
「なんじゃ、あいつ。仕事が減ったのか?」
しかし、話を聞くと相変わらずの多忙ぶり。学園にも、息子の評判は聞こえてきているので、別に嘘でもなさそうだ。
それなのに、以前は一月に一度来るか来ないか?程度の訪問だったのが、今では一週間に一度は必ずといっていいほど訪れる。
『何か相談事でもあるのか?』と思い、何度かそれとなく水を向けてみたが、『別にありませんが?』と返されるばかり。
『母上に手紙を』と毎回言われるので、『妻の命を受けての訪問か?』とも思ったが・・・忙しいとはぐらかせば、あっさりと引き下がる。
「さっぱりわからん」
「何が解らないのです?」
戸口の方から声がして、当の利吉が現れた。
「お前の事じゃよ、利吉」
チラ、と横目で利吉を見る。仕事帰りらしい息子は、忍装束は着ていないものの刀を携えていた。
「私が、何か?」
「お前この頃、よくわしのところに来るだろう?なぜだ?」
腰に挿していた忍刀を板の間に置き、自分の正面に座した息子に・・・
このごろ自分の胸にわだかまっていた質問をストレートにぶつける。
だが、利吉は無表情のまま、逆に質問してきた。
「父親に会いに来るのが、そんなにおかしいですか?」
「いや、別にそれ自体はおかしくないのだが・・・」
18にもなる息子が、父親の顔見たさだけにこんなに通うはずがないだろう?
そう続けようとするが―――それを言う前に、しれっと返されてしまった。
「なら、別にいいじゃありませんか?」
「・・・うむ・・・」
不満ながら頷くと、にっこりと笑顔をつくり、いつもの台詞を言ってくる。
「それより、母上への手紙、まだ書けませんか?」
「・・・・・・忙しくてな」
ため息をつきながらいつもの言い訳を言うと、利吉はスッと立ち上がった。
「私、今日は泊めていただくつもりなので、今夜にでもゆっくりと文面をお考えになって下さい」
自分に会いにきたという割には、あっさりと部屋を出ようとする息子の背中に声をかける。
「どこへ行く?」
「少し、その辺をブラブラしてきます」
そういい残すと、一礼して利吉は部屋を出て行った。
「はぐらかされたか・・・」
利吉が出て行った後、そう呟き書類を広げた伝蔵だったが・・・
倉庫に忘れ物をしたのを思い出し、ため息をつきつつ腰をあげた。
******
倉庫が並ぶ裏庭についた時ふと顔を上げると、並んだ建物と建物の間から人影が見えた。・・・息子の利吉と、事務員の小松田秀作である。
どうやら、薪の在庫調べをしている小松田と話をしているらしい。
「そういえば、あいつらこの頃仲いいな・・・」
まるで正反対な性格の二人に見えるが、あんなに仲良くなるとは。
なんだか意外な気がするが、正反対だからこそ、かえって馬が合ったのだろうか?
なんとなく興味が湧き、気配を消して近づき、様子を窺う。
もしかしてあやつの悩みが聞けるかもしれない。小松田君とはなんだかんだ言っても年が近いし、話しやすいのかも・・・そんな思いで、会話に聞き耳を立てる。
「小松田君。仕事が終わったら、団子でも食べに行かないか?少し歩くけど、おいしいところを見つけたんだ」
「いいですねー。ちょうど終わったところだったんです・・・少し待ってていただけますか?今、着替えてきますから!」
そう言って駆け出した秀作だったが、例のごとく、何もない所で躓いてコケる。
『ぶつかる!』―――秀作は思わず目を瞑るが、地面にぶつかる衝撃はなく。変わりに暖かいものが自分を支えてくれた感触。
目を開けると、利吉の逞しい腕に抱きとめられていた。
「す、すみません!」
礼を言って慌てて起き上がろうとするが、そのまま抱きしめられた。
驚いた秀作は利吉の腕の中で身じろぎ、顔を上げる。
―――そこには、真剣な目で自分を見つめる利吉の顔があった。
「・・・利吉さん?」
おずおずとその名を呼ぶと、利吉は一度目を伏せ、秀作を立ち上がらせて腕を放す。
「・・・気をつけてくれ。君、転びやすいんだから。そんなに急がなくもいい」
少しぶっきらぼうに言ってしまった利吉だったが、秀作が不安げな顔をしているのを見て微笑んでみせる。
その笑顔に安心したのか・・・秀作は『はい』と元気良く返事をし、さっきよりはゆっくりと、でも小走りで職員長屋の方に向かって走っていった。
秀作を見送った利吉の顔から笑顔が消え、切なげな表情に変わる。
そして一つため息をつくと、校門に向かって歩きさった。
・・・・・・一部始終を見ていた伝蔵は、しばらくその場から動けないでいた。
「まさか、利吉のやつ・・・!」
利吉のあんな顔は、見たことがなかった。
幼い頃から勝気で頭の回転が速かったせいか、同じ年頃の子供より少々大人びていて・・・父である自分にもあまり弱みを見せようとしなかった利吉――――父を目標とし、必死に背中を追いかけてきていた幼子は、いつの間にか背を追い抜きプロの忍となっていた。
近頃では、その顔に自信の色が窺えるようになり、その自信を裏付けるように聞こえてくる、息子の名声。・・・まだまだ、息子に追い抜かれたとは思わないが、肩を並べるようになったと、内心誇らしく思っていた。
しかし、今しがた見た息子の顔は、自信みなぎる売れっ子忍者の顔ではなく、ましてや背中を追いかけてきた幼子の顔でもない。
・・・・・・年相応の、恋に悩む青年の顔であった。
『あいつがなぁ・・・』
しかも、相手が小松田君とは・・・。
あやつとて年頃の男、これがどこぞの娘御ならこんなに驚きはしないのだが。
伝蔵はただ、呆然とその場に立ち尽くしていた。