・ 癒 ・ 

 


「・・・だったんですよ♪・・・って、聞いてます?利吉さん」
「ああ、聞いてるよ。・・・それで、そのうさぎの置物がどうしたって?」

話の途中で自分を呼ぶ秀作の声にそう答えたのだが、目の前の彼は不満そうな顔だ。


「やっぱり聞いてないじゃないですか!!・・・うさぎじゃなくて猫です!」


それに置物じゃなくて、文鎮ですっ!
そういいながら、むうっと頬を膨らます。

「あ、ああ・・・そうだったかな?・・・ごめん」
「もう・・・・・なにか考え事ですか?」
「・・・・・・・・・」

言えない。
君の唇に見とれていて。
そこに触れたいなどと、そんな不埒な事を考えていたからうわの空だったなんて・・・


『言えないよなぁ』


黙り込んでため息を付く利吉に、秀作は顔を曇らせた。

「ごめんなさい・・・・・」

突然謝罪の言葉を言う秀作に、利吉は目を見開く。

「・・・どうして君が謝るんだい?」
「だって、お茶に誘っちゃったから・・・・」

そう言って俯く秀作に、利吉は訳がわからず首を傾げた。


近頃、利吉は頻繁に忍術学園を訪れるようになっていた。
それは、他でもない。目の前にいる秀作に会う為だ。
今のところ利吉の片思いであるが、思い成就すべく、せっせと通っているのである。
かなり鈍い彼に苦戦はしつつも、手変え・品変えアプローチを試みる利吉。
そのかいあってか、会えば必ずお茶に誘われ・・・・・・
彼の部屋で話をしながらお茶を飲むのが習慣。・・・というところまでは漕ぎ着けた。
そうなると、必然的に次のステップに進みたくなるのが、人情ってもので。
そんな思いが胸の奥にあるせいか・・・先ほどは、つい話をする彼の唇から目が離せなくなってしまったのだ。
そんな訳なので、秀作に謝ってもらう理由は全く無い。
かえって、こちらが謝らなくてはならないくらいだろう(汗)


「お茶?・・・どうして、お茶に誘ってもらった上に、謝られるんだい?」
「だって、利吉さん・・・お疲れなんじゃないですか?」
「え?」
「このところ利吉さんが学園に来られた時は、2人でここでお茶を飲むのが習慣になってますよね?」
「ああ、そうだね」
「だから、いつも通りにお誘いしちゃったんですけど・・・」

本当は、お疲れなのに、無理して付きあってくださってたんじゃないですか?
僕、気付かないでつまらないこと長々と喋ってたから・・・・・
そう言うと、しょんぼりしたように、秀作は肩を落とした。
―――そんな秀作を見て、利吉は内心自分に舌打ちをする。
我ながら、不覚だ。
折角狭まった距離を、自ら広げてどうする!!

「そんなことはない。君に誘ってもらえるのは嬉しいよ?」
「・・・・・そんなに無理しなくても」
「無理なんかしていない!!・・・君とお茶をするのは、ここに来る楽しみの一つなんだ」

本当は、『一つ』どころか『全部』である(笑)
そう思いながら力説するが、秀作の顔はまだ晴れない。
どうやら、気を使っていると思われているらしい。
マズイ。非常にマズイ!!これでは、次回から誘ってもらえなくなってしまう!
―――だが、自分の不覚さを呪いながらも、ふと考えた。


これは・・・逆手にとれば、一歩踏み出すチャンスになるかも知れない―――


起死回生。
災い転じて福と成す。
・・・・・自分は、得意なはずだ。
利吉は意を込め、秀作を見つめた。

「小松田くん」
「・・・・はい?」

いまだしょんぼりした様子で、こちらを向く秀作の手をとった。
両手で包むように、彼の手を握る。
ビックリしたように、秀作がこちらを見つめた。

「り、利吉さん?」
「・・・本当に、無理なんかしていない。むしろ、ここに呼んでもらえるのは嬉しいんだ」
「え・・・・・」
「だって、君に会えるのはすごく嬉しいことだから」
「本当に?・・・僕のお喋り、煩くないですか?」
「誓って、嘘は言っていないよ?・・・・・・君に会えて、君と話をして、君とお茶を飲む。
・・・私には特別な時間なんだ」
「特別?」
「そう、特別。君の声は私を癒してくれる」



好きなんだ・・・・・・・



握った手に力を込めて、そう言った。

秀作はきょとんとして、言葉の意味を考えていた様だったが、
少しして、やっと分かったように笑みを浮かべて口を開いた。

「・・・そうだったんですか」
「わかってくれたのかい?!」
「はいv」

秀作は、ニッコリと笑って自分の手を握る利吉の両手に、もう一方の手を添える。
思いがけない行動に、利吉の体温は上がる。

「そんな風に思ってくださってたなんて、嬉しいです・・・」
「小松田君・・・・・」

思わず腰をあげて膝立ちになり、少し進んで彼との距離をさらに縮めた。
手を握り合ったまま、上から見下ろす様な格好で彼を見つめる。
自分を見上げてくる、彼の頬はほんのりと色づいていて・・・・。
そんな彼に、先ほどの気持ちがまた首をもたげる。

少し開かれた、艶やかな唇。

利吉は目を少し細めると、顔をゆっくり下していく。
だが次の瞬間、彼の言葉にそれは止まってしまった。

「僕もね、母に話をしてもらうのが好きだったんです!」
「・・・・は?」
「声を聞いていると安心するって言うか。寝る前に話を聞かせてもらうと、いつの間にか眠くなって」
「・・・・・・・」

なんか、嫌な方向に話が進んでいる気がする・・・・・

「・・・・小松田君、いったい何の話を・・・?」
「え?利吉さんが『僕の声が好き』だって話ですよね?だから、話を聞いていると、
寝物語を聞いているみたいに、つい眠くなっちゃって、ぼーっとしちゃった・・・と?」

違うんですか?
そう、小首を傾げる彼に、脱力する。

違うんだ。
好きなのは声だけじゃなくって!!
そう、言いたいのに、彼は嬉しそうな顔で言うのだ。

「その人によって、心地いい声ってありますよね!利吉さんにとってのそれが、僕の声だなんて・・・」

――――すごくすごく嬉しいです!!――――

本当に、本当に素直にそう嬉々としていうものだから・・・・・・
だから、つい意味を正そうと口の先まで出た言葉が、引っ込んでしまうんだ。
でも・・・・これはいつものことで。


にこにこにこにこ・・・・・


無邪気に笑う彼に太刀打ちできる術は、ハッキリ言って・・・・・・・無い。
力ない微笑を返して、利吉はまた座り込む。
だが、折角握った手・・・このまま離してしまうのは辛い!!
思いは伝わらなかったが、このまま何の進展もなしに引くのは情けなさ過ぎる!
一度萎えた気力をまた奮い立たせて、利吉は顔を上げた。

「実はそうなんだ、君の声は心地いい。・・・・・そこでお願いがあるんだけれど?」
「はい?僕で出来ることなら、喜んで!」

何の疑いも無くそう返す彼に、ちょっとは良心が咎めるけれど。
そんなことはおくびにも出さず、こちらもニコリと笑顔を返す。


「あのね・・・・・・」


そして、利吉は『お願い』を切りだした・・・・



******



「あ、利吉さん!!いらっしゃいませv」
「やぁ、小松田君。元気だったかい?」
「はい!今日はゆっくりしていかれるんですか?」
「ああ、そのつもりなんだけど・・・・・今回も、酷く疲れてしまってね・・・・・」

わざと辛そうな表情を作ると、途端に彼も心配そうに顔を歪める。

「大丈夫ですか?」
「ああ、怪我とかはないよ。ただ単純に疲れただけで」


――――だから、また『アレ』をやってもらってもいいかな?――――


そうお願いしてみると、彼はこくんと頷いた。
少し顔が赤い気がするのは、気のせいじゃない・・・・・と思いたい。

「丁度、仕事が終わった所なんです。お茶をお持ちしますので、僕の部屋で待っていてくださいますか?」
「ああ、すまないね。じゃあ勝手に上がらせてもらってるよ」

そう言いながら、『疲れていたはず』の利吉は、足取りも軽く長屋に向かう。
秀作はそれには気付くことなく、箒を片付けるべく走っていった。



「あ、この前すごくおいしいお団子屋さん見つけたんですよ!」
「へぇ、それは是非食べてみたいな。今度案内してくれないか?ご馳走するよ」
「わぁ、いいんですか?じゃ、今度利吉さんが来てくれた時にでも!」

約束ですよ?そう首を傾げて自分を見下ろす秀作。
利吉は腕を上に伸ばして、その頬にそっと触れる。


「うん。約束だ・・・」


そう言って微笑むと、少し間があってから、秀作は『ハイ』と小さく呟いて微笑んだ。
その顔を見て幸せを感じながら、利吉はついウトウトと意識がまどろんで来る。
最初こそドキドキして眠るどころではなかったのだが・・・やはり仕事帰り、体は疲れている。 そんな気だるい体に感じる、温かい体温。
・・・・・・心地よい、誘惑。
さすがの利吉も、襲ってくる睡魔に抗えなくなってきた。

「それでですね、その時の乱太郎君達と言ったら・・・・・・」

いまだお喋りを続けている秀作の声が徐々に遠のき・・・とうとう利吉は意識を手放した。
意識が途切れる寸前、秀作が微笑んだ気がして、ますます幸せな気分になった―――




利吉が秀作に言った『お願い』
それは・・・・・・


『疲れた時、君の癒しの声を聞きながら眠りたい・・・・膝枕、してくれるかい?』





私にとっての癒し・・・・・それは、『君という存在』――――





花微笑シリーズ、第五章 『癒』 完。 秀作サイドのおまけがあります→ 『癒・・・の後に。』


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