・ 鬼と花 ・ ――壱――

 



「やぁ、利吉君!久しぶりだね?」
「土井先生・・・・・お久しぶりです」


半助は二ヶ月ぶりに姿を見せた同僚教師の息子の姿を見つけて、声をかけた。
その半助の声を聞きつけて、後ろからバタバタと子供達がかけてくる。
半助の教え子、乱太郎・キリ丸・しんべヱだ。

「あー、利吉さんだ―!こんにちは」
「・・・やぁ。三人組も元気そうだね」

利吉はそう言って子供達に笑いかけた。
・・・・・が、いつも元気に返事を返す三人組は、なぜか押し黙ったまま固まった。
それに気づき、利吉は眉を寄せる。
利吉がもう一言言葉を発しようとした時――スッと前に出た半助が利吉の肩を叩いた。

「本当に『お久しぶり』だよ。・・・だいぶ忙しいようだね?」
「あ・・・・・はい。このところ戦場にでていましたから」
「ああ、西の方の小競り合いが長引いていたからな」
「ええ。でもやっとそれが沈静化しまして・・・・・」
「だから久しぶりに姿を見せてくれたんだね?・・・これからお父上のところへかい?」
「はい。寄るつもりはなかったのですが、母がうるさくて・・・」
「ははは!それも親孝行だよ。確か、山田先生は自室におられたはずだよ?」

『ありがとうございます』と頭を下げて去っていく利吉の背を見送っていると、何やら袖口が引っ張られる感触。視線を向けると、三人組が不安そうな顔で立っていた。

「どうした?」

半助の問いかけに、乱太郎としんべヱは顔を見合わせる。
そして、歯切れ悪く喋りだした。

「ええと・・・なんていったらいいかわからないんですけど・・・」
「うん、なんかわかんないよねぇ・・・でも」
「乱?しん?」
「・・・・・ねぇ、先生。利吉さん、笑ってたよね?」
「あ・・・ああ、そうだな」
「だよね?僕達にも声を掛けてくれたし、いつもどうりだよね?」

でも・・・と乱太郎は、顔をしかめた。


「でも・・・笑っているのに、なんだかすごく・・・・・・・・怖かった」
「!!」


半助は目を見開く。
だが、すぐにいつもの優しい微笑みを浮かべ、二人の頭を撫でた。

「心配はいらないよ。利吉君は利吉君だ・・・変わらないよ?仕事帰りで少しやつれていたようだから、そう見えただけだ」
「そっか・・・そうですよね!」

半助の言葉に、やっと二人はホッとしたように笑った。

「さぁ、お前達掃除当番だろう?早く行きなさい!」
「はーい!!」

明るく返事を返してバタバタと走り出した三人組だったが・・・
数歩すすんだところで、キリ丸だけが足を止めた。

「キリ丸?」

訝しげに名を呼ぶと、キリ丸はゆっくりと振り返った。


「俺・・・あんな感じの人、見たことあるよ」


振りかえったキリ丸の顔は、いつものやんちゃな彼ではなく。
―――――――――――――――――どこか鋭い、大人びた顔。

「キリ・・・・・・」
「俺の村を焼いた奴らと、似てる」
「!!」

言葉を失う半助を見つめて、キリ丸は呟く。



「今の利吉さん・・・・・・・・・あいつらと同じ匂いがする」



そう言い捨てると、キリ丸は乱太郎達の後を追ってバタバタと走り去っていった。
キリ丸が走り去った後も、半助は呆然としばしそこに佇んだままで。
―――しばしの間の後、重いため息をつくと、がりがりと乱暴に頭を掻いた。


「・・・子供は、案外鋭いものだ・・・・・な」


そう呟いて、自分も校舎に向かって歩き出したのだった。



******



職員室で仕事をし、半助が自室に戻ったのは利吉と会って小一時間経った辺りだった。
一声かけてから入室すると、そこにいたのは伝蔵のみ―――半助は立ったまま室内を見回す。

「・・・土井先生?」
「・・・利吉君は、もう帰ったのですか?」
「ああ。泊まっていけといったのだが、断られてしもうた」

書ものをしながらそう答える伝蔵の傍らに、半助は無言のまま腰を下ろした。
・・・・・伝蔵が動かす筆の先を見つめながら、口を開く。

「山田先生」
「・・・なんですかな?」
「・・・・・・利吉君、このままじゃ不味くないですか?」

その言葉に伝蔵はやっと筆を止め――――筆を置いて、ため息をついた。


「わかっとるよ・・・・・」


その一言に父親の憂いを感じて、半助も顔を曇らせる。
やはり、あのままじゃいけない。
子供が無意識に怯えるほど・・・彼の状態は危うい所に来ているのだ。

「三人組も感じているようです」
「そうか・・・子供とは案外聡いものよな?・・・・・・あやつらはなんと?」
「乱・しんは、漠然と 『怖い』 と」
「なるほど・・・・・」
「キリ丸は・・・・・・・・・・・・自分の村を焼き討ちした奴らと同じ匂いがする、と」
「・・・・・辛い事を思い出させてしもうたな」

ふう、と・・・伝蔵はため息をついて天井を見上げた。



「なんとか、せんとな・・・・・」



息子が纏い出したのは、火薬と鉄と・・・血の匂い。
そして・・・それらの匂いを好み、口元を笑いの形に歪める―――――鬼の気配だった。






鬼利吉話開始!
・・・血生ぐさい表現は余り出さないつもりですが(書きたくないし;)回想部分で少し出てくることもあるかも?
その辺ご留意の上、平気だと思われる方のみ・・・この後の話もお付き合いくださいませ。


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