・ 鬼と花 ・ ――弐――

 



「は?今・・・なんと仰いましたか?」
「聞こえなんだか?」

伝蔵は息子の顔を見つめて、もう一度先ほど言ったばかりの言葉を繰り返した。


「しばらくここに居よ、と言ったのだ」


利吉は、しばし父の顔を見つめた――――



******



先日学園を訪れてから、たった三日しかたたぬ今日。
父から『学園に戻れ』と指示が来た。何事かと仕事の合間を縫って掛けつけて見れば、開口一番に先ほどと同じ科白を言われたのだ。
―――利吉は眉を寄せ、父にもう一度問いかけた。


「何故です」
「ここに居るのは、いやか?」
「・・・良いとか嫌とかではありません。私には仕事があります」
「それは、全て白紙に戻せ」
「・・・・・・・・・・は?」

まだ分からんのか?・・・伝蔵は呆れたようにそう言って。
そして、利吉の顔を見据えた。

「仕事全てを断れと言っているのだ」
「・・・何を仰っているのです!この仕事は信用も大事、そんな勝手が許される訳が・・・」
「何を取り乱しておる?予定が変わることなど良くある事。仕事まで日数があるものは、断るのもそんな難しい事ではあるまい?」
「っ・・・それはそうですが、すぐに取りかからねばならぬものもあるのです。それは今更断ることなどかないません」
「まぁ・・・それはそうだな」

イライラとしだした息子をあしらうように、伝蔵はのんびりとした口調で続けた。

「だから、それには代役を立てよう」
「代役・・・?」
「断れぬものは、わしが行く」
「なっ・・・!」
「なんだその不服そうな顔は?まだまだお前などに負けはせんぞ?」

ギロリと睨まれ、利吉は一度言葉を呑みこみ・・・なるべく平静に答えを返す。

「・・・父上を侮っているわけではありません。だが、授業はどうなさるつもりですか!?」
「わしが行けぬものは土井先生が行ってくださるそうだ」
「え・・・・・」
「土井先生も行けぬ時は、他の学園教師が行く・・・音に聞こえた『忍術学園の教師達』がいくのだ。依頼主も文句は言うまい」
「しかし・・・」
「これは学園長先生も了承済みの事だ」

決定事項だとの父の言い方に、利吉は唇を噛む。


「もう一度お聞きします――――――何故です?」


だが、伝蔵はまたそれには答える事は無く・・・・・逆に息子に問いかける。

「お前こそ、何故にそんなに仕事をしたがる?金か?名声か?」



―――――――――それとも、血が恋しいか?



父の低い声に・・・利吉はビクリと肩を揺らした。
伝蔵は音も無くたちあがると、そのまま固まったようにじっと床板の目を見つめる息子を見下ろして、言った。

「今日より、この父の許しが出るまで忍仕事を禁じる。学園に留まり、しばらくここで暮すように」

そう言い置いて、伝蔵は部屋を出るべく歩き出す。
―――戸を開けてから、父は息子に背を向けたまま、ポツリと呟いた。


「お前には、休養が必要なのだ」


その言葉を残して、戸は閉じられた。



******



夜半、半助は月見亭に佇む利吉の姿を見かけた。

近寄って見ると、利吉は空を見上げるでもなく、池を見つめるでもなく・・・・・只、自分の足元をじっと見つめていた。
・・・もっとも、今日は曇り空。たとえ空を見上げても月などはでていないだが。
―――――それでも、その光景は異様に見えた。

「利吉君」
「・・・・・土井先生」

返って来た返事に少しホッとしつつ、半助は利吉の側までいき、月見亭の手すりに寄りかかった。

「今夜はだいぶ暖かいね・・・・・だが、いつまでもこんなところにいると風邪を引くよ?」
「・・・・・・」

答えぬ利吉に小さなため息をついてから、彼の頭の中をしめているだろうことに、触れた。

「・・・・利吉君、山田先生は君のことが心配なんだよ」

なんてったって、自慢の一人息子だものな?
わざと茶化すようにそういったのだが、利吉は表情を崩すことなく、半助を見つめた。


「貴方から見ても・・・・・私は『心配』ですか?」


気持ちの読み取れぬ表情で、そう淡々と聞く利吉に―――半助は笑いを引っ込め、彼を見つめる。

「そうだね・・・・・・・・・・『心配』だよ」
「そうですか・・・・・」

利吉は、また足元に視線を落として、呟くように言った。

「・・・・・早く、父に追いつきたかった」
「・・・・・・」
「それには、実戦をこなす事が一番の早道だと・・・そう思い、がむしゃらに仕事をこなしてきました。休む時間も惜しかった、少しでも前に進みたかった。それが、いつの間にか・・・」
「利吉君・・・・・・」

利吉は瞳を閉じる。そして、ゆっくりともう一度瞳を開き、半助を見つめた。

「貴方にも迷惑をかけることになってしまった・・・・・すみません」
「そんな事は気にしなくていい。・・・君は優秀だ。優秀ゆえ、人より何歩も先に進み過ぎてしまったんだ。―――少しくらい休んだ方が、丁度世間と釣り合いがとれるんだよ」

だから、今は何も考えず――――ゆっくりとやすみなさい。

半助はそう優しく言うと、利吉の肩をポンと叩いて去っていった。
利吉は半助の後ろ姿を見送り・・・・・・そして、もう一度自分の足元を見つめる。
―――そして、ポツリと呟いた。



「心配されるのも仕方ないか・・・・・・・こんなものが見えるようじゃ・・・な」



利吉の視線の先には、自分の足。

・・・・・そして、その足に纏わり付く、身の丈三寸ほどの醜悪な顔をした――『鬼』。

己の足を地中に引きずり込もうと躍起になっている数匹のそれを、利吉は只無表情のまま見つめていた。





な、なんか、おどろおどろしくてすみません(汗)
別にホラーではないので・・・・・(苦笑)


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