忍術学園の裏手にある見晴らしのいい、丘。
利吉は、そのなだらかな斜面の中ほどに腰を下ろし、眼下の景色を眺めていた。
変わらぬのどかな風景、小鳥の囀り、柔らかく注ぐ日の光。
その上、学園の敷地の一部である為関係者以外人が立ち寄らぬ・・・いや、校舎から距離が離れているので、関係者さえめったに訪れない、静かな場所。
――――そこは時折こっそり訪れる、利吉の心休まる場所であった。
確かに、そうであった筈なのだが・・・・・・・・・・。
「こんな場所でも見える・・・・・・・か」
利吉は、己の足元を見つめる―――
すると、一匹の鬼が気がついてこちらを見上げ・・・・・・・ニィと笑った。
『うっとおしい・・・』
利吉は足を振り上げ、踏み潰す。
ギィとひしゃげた声をあげ潰れた、鬼。
だが、利吉が瞬きしてから目を開けると・・・また何事もなかったようにそれは、いた。
『ふりはらえない・・・・・』
確か二月前は、踏
み潰せばしばらくは消えていた。
仕事の時以外、片時も消えなくなったのは・・・・・・・・いったい、いつからだったか?
******
最初に見えたのは、やはり戦場だった。
返り血をぬぐい・・・・・何気なく足元を見た時、あれはいた。
初めて目にした時、私は怖れ慄いた。
慌てて踏み潰し、忘れたくて仕事に打ち込んだ。
その後しばらくは現れず・・・内心で酷くホッとしたのだが。
・・・・・・・・・・だが、ホッと息をついた次の日、あれは再び現れた。
再び姿を現した『鬼』は、時が立つほど現れる頻度を増していく―――
たびたび現れる異形のものに恐怖するものの、それに震えて仕事を投げ出すなどプライドが許さず・・・消し去りたくて、余計に仕事にのめり込む。
・・・・・・・・なぜなら、異形のものは仕事中にはピタリと姿を消していたから。
だが・・・仕事に打ち込めば打ち込むほど、今度は己の心が変化していった。
初めは怖れ慄いた『鬼』
だが・・・現れる回数が増えるほど、気にならなくなっていく。
最初は躍起になってふみつけたりしていたのだが・・・だんだんどうでも良くなって。
―――――――いるのが当たり前だと言うような、そんな気持ちにさえなった。
あれ程に恐ろしいと感じた異形のものに―――私は何も感じなくなっていった。
私の心が変化していくたび、『鬼』達も変化していく。
最初は、どこか輪郭がぼやけていて・・・目をこらさねばそうとは知れぬ、もやのようなものだった。
それが、現れるたびに明確な姿へと変化を遂げる。
――――それを見るたび、私の心は冷えていく。
私の心が冷える度、『鬼』の数は一匹から二匹、二匹から三匹と・・・数を増す。
そして―――先日。忍術学園を訪れる少し前の事。
戦場に立つ私の足元で、『鬼』は更に変化した。
――――戦闘が終わって、静まり返ったその地の真中に私は立っていた。
『惨状』とはこういうことをいうのだろう。敵も味方も入り混じり倒れ伏している。
その中で、私は無傷で立っていた・・・・・自分のものではない血を浴びて。
どのくらいそうしていただろうか?―――――ふと、足元を見ると・・・『鬼』
それも、今まで見たことがない数の鬼が、纏わりついていた。
――――まともな思考なら、気が狂いそうな光景。
だが、私は何も感じなかった。
何も感じず、只それを見下ろしていると・・・・・不意に、一匹がこちらを見上げた。
いつもは只纏わりつき、私の足を地に沈めようと躍起になっているだけ。
こちらを気にする風もなかったそれが―――こちらを見上げ、しっかりと私を見つめた。
ニィ・・・と、口元に赤い亀裂が入る。
『・・・・・・・・・笑っている?』
だが、私はそれに何も感じない。恐怖すら、微塵も感じられない。
じっと『鬼』を見返す。『鬼』もこちらを見つめている。
――――――そして、私はふと・・・気がついたのだ。
私の顔は―――――――――その『鬼』と同じく、笑っていた。
******
『父上は、私に休養せよとおっしゃった』
だが・・・・・休んだからといって、これが消えるのか?
鬼を見る前に後戻りできるのか・・・・・?
まだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・間に合うの・・・・か?
ピクリ―――
利吉はめぐらせていた思考を一時断ち切って、意識を後に走らせると同時に懐のクナイを握る。
何者かが近づく気配・・・・・ここではほとんど人にあったことなどないのに?
『誰だ?』――――利吉は用心をしつつ、うしろを振向いた・・・・・・・が。
次の瞬間、利吉は大きく瞳を見開いた。
「きゃああああっ!?」
「!?」
派手な叫び声をあげて、『それ』は斜面を転がってきた―――――