・ 鬼と花 ・ ――四――

 



転がってきたものを受けとめてみると・・・・若い娘だった。


「あいたたた・・・す、すみません。止めてくれてありがとうございました」
「いや・・・・・・」

利吉は受けとめた、華奢な体を起こしてやる。
――――顔をあげて一番先に目に入ったのは、大きな瞳。

「何故こんなところを転がってきた・・・・・?」

何故年若い娘が、こんな人気のない場所を訪れて・・・しかも、転がってきたのだ?
普段、自分に関係のないことにはあまり首を突っ込むタイプの利吉ではないのだが、あまりの不審さに、問いかけずにいられなかったのだ。

「はいー。それがぁ・・・あんまりいいお天気だから休憩時間に散歩してて、そしたらチョウチョを見つけてぇ、追いかけていたらきれいな景色が見えて。見ながら歩いてたら石につまづいて・・・それで、気がついたら転がってましたぁ」
「・・・・・・・・・そう」
「でも助かりましたぁ!このまま転がっていったら、『おむすびころりん』みたいに穴に入って―、ねずみの御殿にいっちゃうとこでした。あ、でも歌って踊って宝物もらえるんでしたっけー?それも楽しそうですねぇ」
「・・・・・・」


・・・・・少し、頭が弱いのかもしれない。


「じゃあ、私はこれで」

あまり深く関わる前に立ち去ろうと、利吉は立ちあがって歩き出す。
だが、後からがっしと腕を掴まれた。

「待ってください!!お名前教えてくださいませんか?助けていただいたお礼がしたいんです」
「・・・礼などいらないよ」
「助けていただいたのに、名前も知らずにお別れなんて出来ませんよぉ〜お願いします!!」

意外に頑固なのか・・・全く退かない娘。
諦めそうもない彼女に、利吉は眉を寄せて口を開いた。


「・・・利吉」


この様子なら、刺客という事はないだろう。
―――内心で考えを廻らせつつ、ぶっきらぼうに答える。
だが、娘はそれを気にした風もなく・・・花が咲いたように、笑った。

「利吉さんですか!あらためて、ありがとうございました!私、秀・・・えっと、秀子です」
「秀子?」

なぜか自分の名前を言いよどんだ娘に、利吉はスッと目を細める。
―――自分の名を間違う者等いない・・・間違いそうになるのは『偽名』だから。
大体、ここは一応忍術学園の敷地内。一般の者がめったに入りこむような所ではない。
柵などでしきられている訳ではないから迷い込む事はありえるかもしれないが―――― 一般の街道からは入れないようになっているし、山から迷い込むには道無き道を進まねば辿りつかない。
娘の格好は軽装で身奇麗で、とてもそんな所を分け入ってきたとは思えなかった。
汚れることなくここに辿りつくには、学園内からか・・・関係者だけが知っている秘密の抜け道を使うしかない筈だ。

「・・・君は、なぜここに?」
「え?ですからぁ、散歩してたら、チョウチョがぁ・・・」
「そうじゃなくて・・・いや、質問を変えよう。君は良くここには来るのかい?」
「はい!とはいっても、知ったのはこのごろなんですけど・・・ここの景色好きなんです♪」
「・・・そう」

迷い込んだのではない。となれば、忍術学園の関係者?―――それとも。


「君は、何者だ?」


偽名等使っているのだから、ただの学園関係者ということはあるまい。
利吉は、今度は殺気を込めて娘を見つめた―――――



******



「え・・・本気ですか?」
「本気も何も、もう既に手配済みでしてな」
「確かに有効な手ではあるかもしれませんが・・・でも」

困惑したような半助に、伝蔵は茶をずずっとすすりながら言った。

「利吉は、人の道を外れようとしておる。連れ戻すには仕事を断ち、休養をさせる。
・・・だけでは、足りないのですよ。―――人の、温もりを思い出させなくてはならん」


となれば手っ取り早いのは、女―――でしょうが?


―――伝蔵が打った、手。・・・それは、利吉に女性を近づける事。
人の心を忘れ鬼へと変わっていく利吉に、人の温もりを思い出させる為――まずは女の肌に触れさせようというのだ。
安直な手ではあるが、人肌を感じさせるというのは案外有効だ。
それは分かる。わかるのだが・・・どうにも賛成しずらい。
―――父親に女をあてがわれるなど、利吉からすれば不本意なことだろう。

「それは分かりますが・・・時間をかけて、子供達や私達が人の温かさを思い出させた方が・・・・・」
「あやつは短気な所があるからな。しかも、誰に似たのか・・・頑固だ。早く手を打った方がよい」
「・・・・・山田先生がそう仰るなら。・・・・・ですが、利吉君は気づきますよ?」

頑固なのは間違いなく貴方譲りでしょう・・・・・・・
そう内心でため息をつきながら、半助は進言する。
露骨にあてがうと言う訳ではなく、偶然を装わせてさりげなく近づける作戦らしいが・・・
勘のいい利吉の事だ。偶然の出会いか、仕組まれたものか・・・すぐに気がつきそうだ。


「気がついたのであれば、それでもよい。・・・わしが送った者とわかれば、今の利吉はあえて受け入れると思う」


今までの奴なら「余計なことをしないで下さい」と突っぱねるだろう。
だが―――今の利吉は、鬼に変わりつつありながらも、自分の状態を客観的に分かっている節がある。
この父の命を聞き入れ、苛立ちを感じながらもここに留まっているのが何よりの証拠。
人外に身を落としそうになりながら―――奴は奥底の方で『人でいたい』とあがいているのだ。


「だから、わしが打った手であると分かれば、なおさら甘んじて受けてみるだろう・・・それが今の状態から抜け出す道になるやもしれんと、気づくでしょうからな」


本当は愛を知るのが一番いい。
―――だが、都合良くそんな出会いはあるまい。
愛・・・まではいかずとも、奴が自ら遊郭にでも足を運ぶようであれば手を回す必要も無いのだが、ああいった場所の淫靡な空気は、ますます鬼気を強めてしまう可能性もあるし、今の利吉はそんな気にはなるまい。
だから、奴には不本意だろうがこちらで用意してでも、人肌に触れさせる。・・・さすれば人の肌の温かさ思い出し、人の道に未練ができ、戻ってこられるやもしれん。

伝蔵はそう言って、椀の中の茶を揺らし、その揺れる水面を見つめる。


「分かりました・・・ですが、その女性に危険が及ばないでしょうか?」


彼は表面上は己を保ってはいるが・・・実は、危うい状態だ。
只女性の肌の温もりを求めるだけなら良いのだが、血まで求めてしまわないだろうか?
半助は心配げに眉を寄せた。

「忍術の心得がある者だし、無理はせぬよう言い含めてあります。―――――それに、あの者に利吉は手をかけられんでしょう」
「は・・・どういうことです?」

首を傾げる半助に、伝蔵はもう一口茶をすすってから、答えた。



「わしはあやつの父親ですぞ?――――奴の好みは心得ておるわ」



伝蔵は、ふふんと自信ありげに笑って見せた。






やっとリキコマ突入!
父が何やら企んでますよ?(笑)


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